「画期的な薬の登場」——と期待を集めるアルツハイマー病の治療薬が先頃、アメリカで承認を受けた。日本でも近く承認申請される見通しで、患者や関係団体からは早くも歓迎の声が上がっている。「患者数700万人」時代を迎える認知症のうち約7割を占めるアルツハイマー治療の“福音”となるか。

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 1月6日、エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」が米FDA(食品医薬品局)によって迅速承認され、日米で話題となっている。

「迅速承認とは、社会的に影響の大きい病気の治療薬を早く実用化するための制度で、承認後も有効性を検証した追加の臨床試験が必要になります。エーザイはすでに追加の治験データを昨年秋にまとめており、正式承認に向けた申請もFDAに提出済み。9日には欧州医薬品庁(EMA)にも販売承認申請が提出され、近く日本でも申請予定です。日米欧それぞれで早ければ年内にも承認されるとの観測が浮上しています」(全国紙厚労省担当記者)

 レカネマブが注目を集めるのには理由がある。アルツハイマー病は、脳内に「アミロイドβ(ベータ)」というタンパク質が蓄積されることで神経細胞が傷つき、記憶や判断力の低下を招くことで発症するとされる。

 従来の治療薬は、損傷した脳内の神経伝達を活発化させることで一時的な症状の改善を図るものだったが、レカネマブは脳内のアミロイドβを取り除くことで、長期的に症状の進行を抑えることを狙った新しいタイプの薬となる。「治療の新時代を開く」との声が上がっているのは、そのためだ。

先行薬では「有効性の判断は困難」との評価

 現在、世界で認知症患者は5000万人を超え、厚労省研究班によれば2025年に日本の認知症患者は675万人に達すると推計。認知症にはいくつかのタイプがあるが、患者の7割前後を占めるのがアルツハイマー病である。

 レカネマブへの期待が先行するなか、新潟大学名誉教授で水野介護老人保健施設長の岡田正彦氏(医学博士)は「評価を下すのは時期尚早」だとして、冷静な対応を呼びかける。

「レカネマブの“マブ(MAB)”とはモノクローナル抗体のことを指し、要は特定の抗原に対して中和作用などをもたらす人工的な抗体を意味します。レカネマブを投与すると、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβ(抗原)に働きかけ、“無毒化”する効果があるという。実はエーザイとバイオジェン社は以前にも『アデュカヌマブ』というアルツハイマー病治療薬を開発し、21年6月にFDAに迅速承認された。しかし同薬の臨床試験の結果に専門家たちから疑義の声が上がり、日本でも同年12月、“有効性の判断が困難”として承認が見送られた経緯があります」

 エーザイによれば、アデュカヌマブとレカネマブでは「標的とするアミロイドベータ分子種に違いがある」(同社PR部)などするため、アプローチは異なる薬だと説明する。

副作用の脳内出血で死亡事例も

 レカネマブは軽症(早期)のアルツハイマー病患者を対象としたものだが、エーザイは最終段階の臨床試験で得られたデータから「27%の抑制効果」が認められたと発表した。

「同臨床試験では約1800人を対象に18か月間、2週に1回の頻度でレカネマブを投与したグループと、偽薬を投与したグループに分けて検証。その結果、1年半後の重症度がレカネマブのグループで1.21ポイント、偽薬では1.66ポイント悪化した。これが“27%の抑制効果に相当”するとされましたが、両数値の差異の臨床的意義については米国内の専門家の間でも意見が分かれています」(岡田氏)

 効果を否定するものではないものの、「明確にどれほどの抑制効果があると考えればいいのか」について評価が揺れているという。同様に議論の対象となっているのが副作用の問題だ。

「レカネマブは脳内の血管に蓄積されたタンパク質(アミロイドβ)に結合するため、血管の壁などを傷つける可能性が以前から指摘されていました。それに起因する同薬の副作用として脳内出血17%、脳の腫れが13%発生し、いずれも偽薬を投与したグループより高い数値となりました。脳内出血では死亡事例も報告されています」(岡田氏)

「年350万円」の販売価格

 副作用に対する評価検証が続くなか、普及の最大のネックとなるのはむしろ「高額な価格」にあるとの声も少なくない。

 レカネマブの米国での販売価格は1人あたり年間2万6500ドル(約350万円)に設定。日本では仮に承認されたとしても米国より低く抑えられる見込みだが、「年間100万円単位」(前出・厚労省担当記者)になると見られている。

「かなり高額であるにもかかわらず、効果について議論の余地があり、副作用の問題も軽視できない。費用対効果の面から考えると、現段階では慎重な検討を要する新薬と考えます」(岡田氏)

 エーザイにレカネマブの安全性などについて訊ねると、

「引き続き、データの検証を行い(中略)得られた科学的知見を医学学会においてサイエンティフィックコミュニティ(科学界)に向けて発表してまいります」(同)

 と回答した。新薬の評価が定まるのはこれからだ。

デイリー新潮編集部