政府は2月3日、2023年度税制改正の関連法案を国会に提出、3月末までの成立を目指すという。今回は、防衛費増額に向けた法人税、所得税などの増税とともに「贈与と相続」でも“異変”があった。大増税時代のただ中、円滑に資産を移行するための方策をお伝えする。

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 昨年12月23日に閣議決定された「税制改正大綱」に基づく税制法案は、国会での審議・可決を経て施行される運びである。が、「NISA(少額投資非課税制度)の拡充」「エコカー減税」など耳心地のよい政策に交じって、きたるべき新制度では「贈与税」が着実に“負担増”の足音を響かせている──。

 折から政府は「贈与と相続」の一体化を目指しているとされる。その経緯をあらためて遡ると、まず2015年に相続税の基礎控除が「5千万円+1千万円×相続人数」から「3千万円+600万円×相続人数」に変更されている。これによって従来の富裕層から対象が広がり、多くの人が相続税納付の当事者となった。あわせて「節税」も身近なものとなり、ここで重用されてきたのが生前贈与である。

節税目的での利用に歯止めをかける意図

 その手法は「暦年贈与」と「相続時精算課税制度」に大別(併用は不可)され、前者は1人あたり年間110万円までの非課税枠が設けられている。後者は計2500万円まで贈与税が課されず、相続時に一括納税。不動産や有価証券などは贈与時の評価額で課税されるため、相続時に評価額が上昇すれば節税効果をもたらすこともある。

 すでに、20年末に公表された「令和3年度税制改正大綱」では、

〈相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する〉

 との観点から、これら二つの制度を見直すと記されていた。すなわち、節税目的での利用に歯止めをかける意図が明らかに見てとれたのである。

基礎控除は存続するが…

 こうしたこともあり、

「近年、広く活用されてきた暦年の『110万贈与』が使えなくなるのでは、といった懸念の声が出ていました」

 そう話すのは、税理士の深代勝美・深代会計事務所理事長である。

「『令和3年度税制改正大綱』で与党は、『資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築』に向けて検討を進めるとしていました。つまり生前贈与の仕組みを使った節税をやめさせようということですが、実際に110万円贈与を廃止するとなれば、納税者の金銭的負担増だけでは済まず、税務署も税額数千円程度のやり取りを逐一チェックしなければならない。膨大な作業を考えれば、基礎控除の撤廃は現実的ではなかったのでしょう」

 それもあって今回の改正では、ひとまず110万円の基礎控除は存続することになったが、その代わりに、

「相続財産への加算、いわゆる『持ち戻し』期間が変更されました。現行制度では、贈与者が亡くなって相続が始まる時点から遡って3年以内の贈与については相続財産に加算し、相続税を計算することになっています。死期を悟ってからの“駆け込み贈与”を防ぐためでもありますが、これが拡大され、加算期間が『7年以内』へと大幅に延長されることになったのです」(同)

米国では生前贈与での節税が不可能

 ちなみにこの「持ち戻し」は、英国の制度では7年とされており、フランスは15年、ドイツは10年。米国に至っては無期限、すなわち生前贈与による節税が不可能となっている。

「税理士会としても、余りに急な改正は実務的にも問題が生じるとして、3年以内から『5年以内』ないし『7年以内』程度の延長が良いのではと提言してきましたが、政府はやはり、欧米並みの税制にしていきたいのだと思われます」(同)

 今後は、相続開始3年以内に加え、延長された4年間の贈与分も加算される。その際、7年前〜4年前の贈与額から総額100万円が控除されることにはなったが、かりに毎年110万円の枠を利用して7年間贈与を続けていれば、670万円が相続財産に加算されてしまう計算だ(掲載の図)。

 もっとも、いきなり7年に延びるわけではなく、

「2027年1月1日以降に相続が開始される分から、加算期間が順次延長されていきます。従って、実際に『7年以内』となるのは31年1月以降となります」(同)

 とのこと。相続実務士で「夢相続」代表の曽根惠子氏が言う。

「このたびの『持ち戻し』期間の延長は、多くの方に影響が出るだろうと予想されます。一般的に贈与を始めるタイミングは、リタイア後しばらくしてから。大体70代から始める方が多いのですが、改正を受けて60代から始められるように準備をしておくことが大事だと思います」

不動産贈与のリスクが低減

 男性の平均寿命は現在、81.47歳。後期高齢者となる75歳から生前贈与を始めたとすると、非課税範囲で現金を贈与しても、死亡時の相続財産に加算しなくてはならないことが大いにあり得るのだ。

 また、暦年贈与に比べて利用者が少なかった相続時精算課税制度についても、改正がなされている。曽根氏によれば、

「この制度は2500万円以内の財産を分割で贈与する場合、少額でもそのつど税務署への申告が義務付けられており、手続きが大変でした。これまでおもに利用されてきたのは相続時にもめそうなケース。遺言書とセットにするなどして財産の分け方を明確にして先渡ししておく。そんな“争続”対策で用いられることが多かったといえます」

 それが24年1月以降は、

「合計2500万円までの贈与税非課税枠とは別に、毎年110万円までは基礎控除で税務署への申告も不要になります。この控除分は相続財産に加算されることもありません。申告のわずらわしさが軽減され、多くの人にとって暦年贈与と同じように使いやすくなったといえるでしょう」(同)

 同制度を用いて不動産を受贈した場合、後々の天災などで価値が大幅に毀損されるケースがままみられたのだが、これも前出の深代理事長によれば、

「今回の改正では、のちの災害により一定の被害を受けた不動産の場合、減額して計算することになりました。減額範囲や証明方法などは今後の議論が待たれますが、不動産贈与におけるリスクがある程度、回避できることになったのです」

「特例」は延長でも…

 さらに、贈与の特例に関しても“動き”がみられた。深代理事長が続ける。

「祖父母や親から30歳未満の子や孫に教育資金を贈る際、1人あたり1500万円までは非課税となる『教育資金の一括贈与特例』という制度があります。その資金は学校の入学金や授業料などに使え、うち500万円までは学校以外の塾や習い事などの月謝にも用いることができます」

 この特例が始まったのは13年度。もう一つ、その2年後に始まった特例が、

「18歳以上50歳未満の子や孫に対し、1千万円まで結婚・子育て資金を非課税で贈れる『結婚・子育て資金の一括贈与』です。こちらは不妊治療費からベビーシッター代まで賄うこともできるのです」(同)

 が、最近はともに利用件数の落ち込みが激しい。「教育」特例は22年9月末の時点で累計25万5千件超ではあるが、その前の半年間では3360件の利用にとどまっている。また「結婚・子育て」特例は累計で7443件。直近半年間はわずか80件だった。

「これら二つの特例は、世代を超えた格差の固定化につながりかねず、創設当初と比べて適用件数が大きく減少していることもあり、もっぱら廃止されるのではとささやかれていました。ですが、蓋を開けてみれば『教育』は3年延長して26年3月末まで、『結婚・子育て』は2年延びて25年3月末まで、それぞれ適用されることとなったのです」(同)

ちぐはぐな印象

 実際に、昨年11月には政府税制調査会の専門家会合が、二つの特例について、おもに富裕層を利する制度であることから「廃止する方向で検討することが適当」との意見を公表。税制改正大綱の方向性に大いに影響するとみられていたのだが、一転、存続が決まった格好となっている。

「岸田政権は“異次元の少子化対策”を掲げ、現役世代の中でも子育てにあたっている世代への重点的な支援を謳っています。そんな最中に特例をなくせば、政策としてちぐはぐな印象を与えかねません。二つの特例の延長は、政権の看板政策への配慮ともいえるでしょう。ただし『3年』『2年』と差をつけていることから、あるいは『結婚・子育て』は2年後にそのまま廃止となる可能性もあります」(同)

矛盾する“二つの目標”

 深代理事長が続けて、

「今回の税制改正大綱をひもとくと、高齢化に伴って相続のタイミングがどんどん遅くなり、若年・中高年への財産移転が進まなくなっている現状を踏まえながら、高齢者の財産をより早く移転させて経済の活性化を図りたいといった狙いが透けて見えます」

 ところがその一方で、

「相続税と贈与税の一体化を念頭に、(先述した)令和3年度の大綱を引き継ぐ形で、資産移転の時期の選択により中立的な税制を作りたいと謳ってもいます。高齢者の財産を早く移転させるためには、相続よりも贈与の方が“お得”だと思わせなければならないはず。それが『移転の時期に中立な税制』を推し進めていけば、結局相続しても贈与しても納税額は変わらないという結論になってしまう。つまり、大綱の中で矛盾するような“二つの目標”が、同時に掲げられているというわけです」

 これでは納税者からの不満が募るのもむべなるかなである。それでも、新制度には不承不承従わざるを得ないのが辛いところ。我々は、あとに残される家族に資産を託す時、いかに振る舞うべきなのか。

“見返りは期待しない”

「生前贈与にあたって肝に銘じておくべきは、“お金に色はつけられない”ということです」

 とは、行政書士の露木幸彦氏である。

「例えば関係が良好な子どもに対し、将来的に面倒を見てもらおうと考え“介護費”のような意味合いを込めてお金を渡したとしても、実際に面倒を見てくれるケースは意外と少ないものです。子どもからすれば、受贈したお金はいわば“あぶく銭”。汗水流して手にしたものではないので、あっさり使い込んでしまうことも珍しくありません」

 贈与があだとなり、かえって関係に亀裂が入るおそれもあるというのだ。親子とはいえ、まとまった金を手にした途端に態度を一変させてしまうのもまた、人間の性(さが)には違いない。

「“この子は優しいから老後は世話になろう”と生前贈与したら急に冷たくなって放っておかれることもありますし、それほど関係が良くなかった子が面倒を見てくれることもある。甘言を弄した長女と次女に財産を渡したものの、あっさり裏切られてしまい、最後に寄り添ってくれたのはけんかして追放したはずの三女だった──。そんな『リア王』のようなケースも、多く見受けられます。“贈与したお金はあげたもの。見返りは期待しない”。生前贈与に際しては、そのように割り切ることが肝要だと思います」(同)

 いかに税制が改められようとも、その心構えはおいそれと揺り動かしてはならないというのだ。

「週刊新潮」2023年3月2日号 掲載