日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。一昨年『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、尾行したロシア外交官の驚くべき行動について聞いた。

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 2005年、勝丸氏は警視庁でロシアを担当していた。ロシアに関する情報を収集し、怪しい外交官を監視するのが主な任務だったという。

「私は当時、駐日ロシア大使館に勤務する、30代の外交官をマークしていました」

 と語るのは、勝丸氏。

「その外交官は諜報員で、日本企業の社員と頻繁に会食していました。いずれ機密情報を入手しようとするのではないかと思い、彼の行動を監視していたんです」

「どこへ消えたんだ!」

 ある日の夕方、外交官は車で大使館を出た。

「私はすぐに尾行を開始。しばらく車を走らせると、美人の金髪女性を自分の車に乗せました。女性は20代後半で、ロシア大使館の職員でした。夫もロシア人でロシア系企業の日本支店に勤務していました」

 外交官の車は、霞が関から首都高速に乗った。

「4号線を走り、代々木方面に向かいました。外交官の車の後ろを走り続けると、尾行だとバレてしまうので、他の捜査員に連絡してバイクで代々木付近に待機してもらいました。ところが、外交官の車は現れません。『どこへ消えたんだ!』と騒ぎになりました」

 そこで勝丸氏はもう一度霞が関から首都高速に乗って4号線を走った。

「外交官の車が代々木近くの非常駐車帯に停まっているのを発見しました。もっとも、横を通り過ぎただけですから、何のために停まっていたかはわかりませんでした」

 後日、勝丸氏はこの外交官を再び尾行することになった。するとまた美人職員を乗せ、霞が関から首都高速へ。そして同じ非常駐車帯に車を停めたことを確認した。

「一体、あんな所に車を停めて何をやっているのかと思い、非常駐車帯を見下ろせるビルを探しました。そして代々木署の外事警察に依頼して、ビルの屋上から外交官の車を望遠カメラで撮影してもらうようお願いしたのです。ビルのオーナーにも事情を説明すると、すぐに承諾してくれました」

非常駐車帯で不倫

 外交官の3回目の尾行でもまたも美人秘書が搭乗。勝丸氏は代々木署に連絡して、警察官をビルの屋上に待機させた。

「外交官は、同じ非常駐車帯に車を停めました。代々木署の警察官が望遠カメラで見ていると、外交官は運転席と助手席のシートを倒し、驚いたことに女性と行為に及んだのです。外交官が非常駐車帯で不倫するなんて聞いたことがありません。もう、唖然としましたね。外交官でなければ、公然わいせつ罪で現行犯逮捕されてもおかしくありません」

 2人とも上半身は服を着たままだった。

「警視庁の高速隊(交通の取り締まりや被疑者の追跡を行う)が通りかかった時まずいでしょう。外から見えないように、後部座席の道路側の窓をスーツで塞いでいました。運転席の窓は塞いでなかったので、中の様子が見えてしまったわけです」

 その後、3度尾行を行ったが、3回とも車の中で行為に及んでいたという。

 それにしても、何故首都高速の非常駐車帯でそんなことをしていたのだろうか。

「ロシアの外交官は、西側諸国と違って給与が安いのです。情報収集の活動経費は出ますが、私生活はみんな質素です。美人職員とホテルに行くお金がなかったのかもしれません。一般道だと歩行者に見られてしまいますが、首都高なら大丈夫だと思ったのでしょう」

 その外交官は任期を終え、約2年後に帰国した。

「結局、外交官は特に法に触れるようなことは行わなかったので、不倫についても本人に聞く機会はありませんでした。美人職員の方は、夫とはうまくいってなかったようで、離婚したと聞いています」

勝丸円覚
1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/

デイリー新潮編集部