ミスター新自由主義こと「竹中平蔵氏」を自身の政策の司令塔に据えて…

「国民のために働く内閣」を掲げ、デジタル庁創設、不妊治療に保険適用、携帯電話料金値下げも、地銀の統合再編など、具体的な政策に言及する菅義偉首相(71)。国民もそれを好意的に受け止め、内閣支持率は高いレベルにある。

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「最初、『国民のために働く内閣』って聞いたとき、例えば公文書の改ざんなど、当たり前のことができないというか、国民を小バカにしてきた安倍さん(晋三前首相)への当てつけかと思いました」

 と笑うのは、ある永田町関係者。

「そもそも、国会議員にしろ大臣にしろ公務員なんだから国民のために働くのは当たり前。でも当然のことが履行されなかったり、国民が政治に期待していなかったりすることが久しくなって、“当たり前を丁寧に”というやり方は明らかに国民に受けていますね」

 そんな菅首相は、組閣後も専門家などと面会、会食し、自ら率先して働き、有識者との意見交換を重ねていた。

「選挙プランナーの三浦博史氏はもともと約束があったということでしたが、このタイミングで会うところがいかにも菅さんらしく、野党への大きな牽制球になったでしょう」

「あとは『日本のインターネットの父』と呼ばれる慶応大の村井純教授、不妊治療に詳しい杉山力一医師、元財務官僚の高橋洋一嘉悦大教授、そして竹中平蔵パソナ会長らと会っています」

「竹中さんが総務相のときの副大臣が菅さん。2人は気脈を通じていて、菅内閣の司令塔は竹中さんであることは間違いない」

「小泉政権の時と違って、竹中さんが国会議員や大臣になることはありませんが、裏方や影武者的に竹中さんが動くことになるでしょう」

菅首相の身体にも流れる新自由主義の血

 竹中氏と言えば「新自由主義」。実は菅首相の身体にも新自由主義の血が流れている。キャッチフレーズ「自助、公助、共助」の自助に力点を置くあたり、その片鱗が窺える。

 もう少し具体的にそれを指摘するのは、平嶋彰英・立教大特任教授。菅氏が官房長官時代に旗振り役となった「ふるさと納税」に異を唱え、左遷されたとされる人物だ。

「菅さんがこだわる政策の根底には、新自由主義的な発想があると感じます。ふるさと納税は、菅さんの当初の『古里への恩返し』という説明と異なり、結果的に各自治体が返礼品の魅力を競い合うという、いびつな競争を招きました」(朝日新聞2020年9月12日、以下同)

「総務省にハッパをかける携帯電話料金値下げも、地銀の統合再編も、事業者間の競争を促します。『オレだって秋田から上京し、競争を勝ち抜いてここまで来た』というご本人の来歴や自負が関係しているようにも思えます」

「競争を重視しすぎるあまり、弱者へのまなざしが感じられないのです。ふるさと納税には、特産品のない自治体もあること、一律控除で高額所得者が潤う弊害の問題もありました。実際、自治体の現場では混乱が生じ、結果的に国を訴えた大阪・泉佐野市が勝訴する最高裁判決も6月に出ました」

「菅さんは都市部の横浜市選出であり、最初から地方重視だったとは思いません。もし地方重視なら、地方交付税制度の重要性はご存じのはずですが、交付税の見直しを主張されていました」

「自治体間の財政力格差を平準化する交付税は、各自治体の収入見込み額と支出見込み額の差に応じ、額が決まります」

「例えば自治体が多くの企業を誘致し、自前で地方法人税収を増やしても、そのぶん国からの地方交付税は減る仕組みです。菅さんは『競争して頑張った自治体が報われないこの制度はおかしい』と主張しておられました」

二階幹事長の迷言事件「デジタルってなんだ?」

 その一方で、自民党総裁選でいち早く「菅支持」を表明し、「菅首相・総裁」への道筋を作った二階俊博幹事長(81)。

「自身の幹事長留任はもちろん、連帯する森山裕自民党国対委員長もポストに留まり、さらに『万年大臣待機組』と揶揄されていた平沢勝栄さんが復興相として入閣し、武田良太前国家公安委員長も総務相に横滑りと、わが世の春を謳歌しています」

 当然、菅首相の政策に大いに賛同していると思われるが、別の永田町関係者は、

「二階派関係者の集まる席で、二階さんが“デジタルってなんだ?” と言い始めて周囲が驚いたことがありました」

 と、珍場面を明かす。

 さらにこの関係者によると、

「ある会合で、安倍さんはいつまで政治家をやるんだろうという話になって、キングメーカーとして引き続き政界に影響力を及ぼし続けたいタイプだから……とか、再登板を狙ってるから……などといった話が出たことがありました」

「その場にいた菅さんにも出席者が、“いつまで政治家をやるんですか?”と聞いたところ、“首相を辞める時だ”と短く答えたそうです」

「7年8カ月に亘って官房長官をやって、本当に多くの政策課題とか突発的なテロ事件・事故、スキャンダルに遭遇し、それらを解決する中で、“自分はやれる”と自信を深めていったようです」

 確かに色々あった。「モリカケ」のみならず、ISISによる日本人拘束事件、希望の党の突然の結成……。

「もちろん、それに慢心するわけではなく、うまくいかなったことも少なからずあり、今度やった時はこうすれば間違えずに済むという風にも考えてきた。それを首相在任中に全てぶつけて悔いなく官邸を去って政界引退するというのが、現時点での心境ということなんでしょう」

週刊新潮WEB取材班

2020年9月29日 掲載