巨人がセ・リーグ全5球団との対戦を終えて10勝4敗1分で首位、負け越しはなしでまずは上々のスタートを切った。

 原辰徳監督は4日の中日戦の白星で監督通算勝利数を「1034」とし、球団歴代2位の長嶋(茂雄)さんに並んだ。3度目の登板で監督は14年目になる。川上(哲治)さんの「1066」勝を抜くのは確実だ。

 原監督の手腕もさることながら、球団の戦力面へのバックアップも大きい。長嶋さん以降歴代監督の中では原監督には一番力を入れている。要するに最もお金を使っている。

 プロ野球史上最多勝監督といえば、「1773」の鶴岡一人さんだが、私、その鶴岡さんにこう言われたことがある。

「柴田、お前、監督をやるのなら強いチームの監督をやれ。弱いチームの監督をやってはいけない」

 極端な話、いい選手がいれば、だれが監督をやっても勝てるということなのだろうが、そのためには監督たる器が必要だろうし、なによりもいい選手を集めようとするフロントの力が大事になる。

 前にも記したが、巨人は原監督が持つ人生の強運、それは「野球運」と言ってもいいのだが、それを買っており、必要としているのだと思う。

 ドラフトで4球団競合の末に巨人に入団し現役時代はON後の巨人を支えた。監督として8度のリーグ優勝と3度の日本一を成し遂げている。過渡期にあったチームを立て直し、2009年はWBCで日本代表監督として采配を執り連覇に導い
ている。

 前述した通り、そんな原監督には球団も補強を惜しまないし、また原監督も要請している。

 勝負事はどう転ぶか分からない。采配に何が正解なのかは分からない。でも、大事なのは勝負の流れを見抜くことだ。いい流れの時はそれに乗っていけばいいし、無理に変える必要はない。

 開幕の阪神戦で阪神・矢野燿大監督は好投していた西勇輝を6回1失点で早々と降板させた。先制本塁打に勝ち越し打も放っており乗りに乗っていた。だけど、この交代で流れを巨人に渡した。

 原監督はこの勝負の流れをしっかりと見ている。だから攻める時は攻め、守る時は守るを徹底している。

 3日の中日戦は菅野智之が抜群の投球で1安打の完封勝利を挙げた。菅野以上の投手はいない。いける時にいかせるのは当然の流れだろう。

 余談になるが、V9時代は先発が終盤にきて1、2点リードで代えられそうになると、「もっと投げさせてほしい」と抵抗したものだ。後から出てきた投手がオレの勝ちを消したらどうするというワケだ。

 5日は先発のエンジェル・サンチェスが2点ビハインドの3回、先頭の福田永将に二塁打を浴びると36球でなんの躊躇もなく代えた。捕手の炭谷銀仁朗も同時に交代となった。

 最終的に対中日3連勝とはならなかったものの、一時は1点差に追い上げた。リリーフを7人使ったが、総力戦でいくとの意思を示した結果だろう。

 それに1、2度失敗しても、次の機会を与えることを忘れない。4日に澤村拓一を最後に起用したが、1日のDeNA戦では1点リードの8回に2四球で降板し敗戦投手になっている。

 私だったら、「ファームで再調整してきなさい」と言い渡すところだが、原監督は黙ってマウンドに送り出した。

 5日にはファームから上げた堀岡隼人投手を起用した。2回を1安打無失点、2奪三振の好投だった。7日の阪神戦から堀岡に代わり大竹寛が昇格する。1日限定となったが、本人には自信になったし、また呼ばれる。こう考えれば、ファームでも励みになる。

 調子がいいうちにすぐに使う。セ・リーグでこのように思い切って動くのは原監督とDeNAのアレックス・ラミレス監督くらいなものか。

 両球団ともに戦力がある。DeNAが2位に付けているのもわかる。

 坂本勇人、丸佳浩、岡本和真の3人はキッチリと働いている。多少不調に陥っても修正できる能力がある。あとの野手陣はそれほどの差はない。

 原監督はベテランと若手をうまくかみ合わせて、各選手の調子を見極めながら、「適材適所」で乗り切っていく構えだろう。

 7日から9試合は西日本遠征となる。セ・リーグ5球団との対戦を終えて、原監督は今後にさまざまな青写真を描いているに違いない。

 これからも1勝1勝を着実に積み上げていってほしい。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月7日 掲載