「オリンピックに出たいと本気で憧れを抱いたのは小学校4年、9歳のときです。バルセロナで林享(あきら)さんが100メートル平泳ぎ、予選1番残りで決勝は4番だった。めちゃめちゃ格好良かった」

 8年後、高校3年になった北島は憧れの林を日本新記録で破り、シドニー五輪代表の座をつかむ。

「享さんと一緒に出場できたのが大きかったと思います。享さんは僕に負けたくなかっただろうし、僕も負けるつもりはなかった」

 初めての五輪で、奇しくも北島は100メートル平泳ぎで4位、あの時の林に並ぶ。

「4位に入ってうれしい気持ちもあった。でも『オレ、世界と勝負できるわ』、そう思ったらすごく悔しい気持ちが湧いてきた。平井コーチと悔しさを共有しました。“4年後は絶対にふたりで金メダルを獲る”って」

 北島の開花を触発したのは平井伯昌コーチだ。

「僕は目立つ選手ではありませんでした。中2の全国中学大会は予選で負けています。中2の終わり頃、平井コーチが指導する選手コースに選んでもらって、それから速くなったのです」

 中3で全国中学大会優勝。高校では1年生ながらインターハイで優勝した。

「平井コーチの練習は、負荷のかけ方ひとつにしてもバリエーションが豊富で、きつい練習を飽きさせない。その練習をやれば必ず強くなれるプログラムです。やれば結果が出るから、信頼も増しましたし、平井コーチには“がんばり癖”をつけてもらいました」

 北島が面白い言い方をした。

「水泳は地ベタのタイルと闘わなければいけない。毎日4時間以上、プールの底のタイルと睨めっこです。それに負けない、練習メニューが来て、嫌だと思うか、自分の意志で前向きにやれるか。10代の頃はやらされていた部分もありますが、平井コーチは僕の意見を大事にしてくれました。“今の泳ぎ、どう思う?”という問いかけで、自己分析ができるようにしてくれました」

アテネはパワーで

 シドニー後、北島は熱心に筋トレに取り組んだ。が、答えは単純ではなかった。

「ウエイトの代償は大きかった。水の感覚が変わりました。体重が10キロ近く増えたので、関節とか肘や膝に負担がかかる。水中は重力の世界とは違うので筋力を水に伝えるのが難しい」

 チーム北島と呼ばれる、多分野のスペシャリストたちが北島を支えていた。科学の粋を集めた心強い存在によってアテネ五輪で金メダル獲得を実現する。

「2004年のアテネ五輪は荒い泳ぎで勝った。パワーで押し切った感じでした」

 五輪連覇を狙う北島の中に、言葉にできない、漠然とした戸惑いが渦巻いていた。それは科学でも解明しきれない、身体で感じている微妙な核心だった。私はちょうどその時期、少しだけ北島と一緒に過ごした。

「ゆっくりストロークした方が速く進む感覚がある」、北島はそうつぶやいた。

平泳ぎの宿命

 つい最近、東京都水泳協会会長に就任したばかりの北島に確かめると、「その表現は少し違うかな」と言って、詳しく話してくれた。

「身体が強くなって力むと、抵抗が生まれて泳ぎが硬くなる。身体も沈みます。逆にトップスピードに乗れた時は力感がなく、水当たりが心地よく感じられます。この繊細な皮膚の感覚がすごく重要な水泳の技術だと感じています。だけど1回できてもなかなか続かない」

 この微妙な技術の核心がどこにあるのか? 北島は探しあぐねていたのだ。

「平泳ぎは、0と100の繰り返しです。バーッと両手でストロークした後、必ず一度止まる。足を引き寄せる時、どうしても一定の停止時間が生まれます。それが平泳ぎの宿命です」

 止まる? でも水の中で進んでいるわけですよね?

「いえ、止まるんです」

 北島は強く主張した。

「できるだけ、止まる瞬間を短くしたい。だけどこの“抜け感”が、速く泳ぐにはどうしても必要なのです」

 一瞬でも早くゴールしたい。なのに、ストロークの数だけブレーキをかける必要がある。水泳選手にとって、究極のジレンマ。

「金メダルはもちろん目標です。でも、相手との勝負は二の次で、自分の記録を追求する面白さが先です。水の抵抗を減らして、自分の力を水にどう活かしていくかの探究心。水に入ると音が聞こえなくなる。無になる、自然と集中に入っていける世界です」

 そんな水中で北島は、人知れず自分との闘いを懸命に繰り返していた。そして、

「綺麗なストリームラインで身体を一直線にするのが大事だと気づきました。2008年の北京五輪ではやわらかい泳ぎができました。真っすぐなストリームラインで水の抵抗を最小限にして100メートルを泳ぎ切った。理想の泳ぎができました」

 レース直後、4年前は「超気持ちいい!」と叫んだ北島が、その日は涙をこらえ、「何も言えねぇ」とつぶやいた。感無量。それは、0と100のジレンマを乗り越えた感慨だった。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

「週刊新潮」2020年9月3日号 掲載