猛虎期待の若手左腕がようやく“覚醒の時”を迎えている。2017年のドラフト2位で亜細亜大から阪神タイガースに入団した高橋遥人投手(24)のことである。

 プロ3年目となる高橋は、今季の序盤は左肩のコンディション不足に陥っていた。そのため、1軍初登板は8月6日の読売ジャイアンツ戦と出遅れていた。

 だがそこから9月1日までの東京ヤクルトスワローズ戦まで4試合に先発すると、防御率は0・93と抜群の安定感を発揮しているのだ。

 特筆すべきはその4度の先発すべてで7回以上を投げ、相手に与えた得点はすべて1点以下だということ。29回を投げ、被安打14、30奪三振、与四死球7、3失点、3自責点という見事なまでの“無双ぶり”を見せつけているのである。ここまでの勝ち負けは不運にも2勝1敗に留まっているが、打線がしっかりと援護していれば、4連勝していた可能性大だったのだ。

 その最大の武器は身長181センチ、体重80キロと長身細身の体格ながら、しなやかな腕の振りから繰り出される伸びのあるストレートである、しかも打者にとってはリリースする瞬間に球の出所が見づらいフォームなのが実にやっかいだ。

 と、何から何まで高評価の高橋だが、ここで気になるのがその球歴だ。大卒投手のドラ2入団だと、当然“即戦力扱い”で、しかもそれなりにアマ時代に活躍しているイメージがあるからだ。

 だが、高橋に関してはそのキャリアがあまりにも謎なのである。

 高橋は95年11月7日生まれの静岡県静岡市出身である。11年に高校は地元の強豪・常葉橘(現・常葉大橘)に進学すると、いきなり1年夏からベンチ入りメンバーに選ばれている。すでに投手としてキラリと光る才能を垣間見せていたワケだ。

 このときはチームは2回戦で敗退し、さらにこの直後に結成された新チームも秋の県大会では準決勝で敗れ、甲子園出場はならなかった。

 だが、翌12年夏は県予選を勝ち抜きチームは甲子園行きを決めるのである。この年の予選では準決勝・決勝と共に登板機会はなかったものの、迎えた大舞台の初戦でいきなり高橋は全国デビューを飾ることとなる。

 その試合は、なんと開会式直後の第1試合であった。福井工大福井との一戦で、高橋は0-4と劣勢の展開で5回表途中から登板し、4回1/3を投げて被安打3、与四死球1、無失点という見事な好投をみせている。

 当時、直球の最速は136キロだったものの、そのキレは抜群で、相手打線から4三振を奪っている点は注目に値しよう。

 結果的にチームは高橋の好投虚しく2-4で敗戦を喫するのだが、高橋が最上級生となったチームには大いなる期待が寄せられることとなったのである。

 だが、高橋にとってこれが高校時代唯一の甲子園晴れ舞台となってしまった。
 
 晴れてエースとなって挑んだ秋の県予選は飛龍相手に3-4でまさかの初戦敗退を喫し、3年夏の県予選は4回戦で涙を飲んでいる。しかも東海大翔洋(現・東海大静岡翔洋)打線につかまり、5失点KOという有り様だった(結果的には2-5のスコア)。

 ただ、それでもすでにこの時点で、高橋がプロ注目の投手だったことは事実である。2年秋の県大会で初戦敗退したあとの12月に静岡県選抜の台湾遠征メンバーに選ばれているのだが、その台湾での試合で142キロを計測したことで一躍注目されるようになったのだ。

 さらに3年春の県大会でベスト4進出を果たし、プロ側のスカウト複数からの評価がさらに沸騰した。なかでも千葉ロッテマリーンズのあるスカウトは「長い目で見れば、絶対に良くなる」「左腕が体に隠れて打ちづらいと思う」と評したほどだ。

 4回戦で敗退した最後の夏の予選も3回戦の城南静岡戦では被安打3、与四死球3、12三振を奪って、2-1の1失点完投勝利を収めている。まさにプロ注目の142キロ左腕として真価が発揮された試合だったワケだ。

 こうして複数のプロ球団スカウトから好評価されたことで、プロ志望届を提出することに。しかし、ドラフト指名漏れとなってしまう。

 無念の高橋は高校卒業後の14年春に東都大学野球連盟に所属する亜細亜大学へと進学する。

 リーグ戦での初登板は1年秋と意外と早く、このときは1回2/3を投げ、被安打0、奪三振3、与四死球0、自責点0、防御率0・00で勝敗つかずという成績であった。

 2年春からの3シーズンでは12試合に登板しているが、そのうちリリーフでの起用が10試合あり、計20回を投げ、被安打24、奪三振19、与四死球12、自責点11で防御率は4・95という記録が残っている。

 なお、この間の勝敗は1勝1敗だが、リーグ戦初勝利を挙げたのは3年春の対中央大との1回戦まで待たなければならなかった。

 救援から一転、3年秋は先発に回るも、勝ち星は対東洋大3回戦でのリリーフ勝利の1勝のみに終わっている。

 それでもこのシーズンは56回2/3を投げ、被安打41、50奪三振、1勝4敗ながら防御率2・38で、初のリーグ戦投手ベストテン入り(4位)を果たしている。

 続く4年春のリーグ戦でも先発の柱として期待され、最初のカードとなる専修大との1回戦では7回を投げ、被安打8、与四死球3、4奪三振、自責点1とゲームをまとめ、5-1でのチームの勝利に貢献している(なんと高橋にとってはこれがリーグ戦での先発投手としての初勝利であった)。

 ところが、続く東洋大との1回戦では6回を投げ、被安打8、与四死球8、5奪三振、自責点8と散々な結果に。チームも3-13で敗れ、敗戦投手となっている。

 さらに中央大との3回戦でも5回を投げ、被安打5、与四死球5、5奪三振、自責点2と微妙な投球内容となってしまった。高橋自身に勝ち負けはつかなかったものの、チームは2-8で負けてしまったのであった。

 こうした不安定な投球が続いたことで、リーグ戦最終カードの対国学院大戦はリリーフのみの登板で終わっている。

 最後となった4年秋もリリーフ起用専門となり、5試合に登板している。計16回1/3を投げ、被安打10、与四死球13、14奪三振、自責点7で、防御率は3・86を記録した。勝敗は2勝1敗であった。

 結局、高橋の大学4年間のリーグ戦の成績は通算31試合に登板し、113回1/3を投げ、被安打96、100奪三振、与四死球66、自責点45で防御率は3・57となっている。勝ち負けは5勝7敗で、完投した試合は0であった。

 この成績を見る限り、特筆すべきものはないどころか、とてもドラフト2位の投手とは思えない。プロを目指すうえで重要となる大学時代の後半の成績もパッとしない。最大の原因は制球力と言ってもいいほどだ。さらに、ヒジと肩の不安も囁かれていた。

 それでも、その秘めた素質が高評価されたのである。その球歴は派手ではないが、阪神以外にも複数の球団が上位指名を検討したと噂されるほどの隠れた逸材だった。特に在学中、唯一の全国大会出場となった3年春の全日本大学野球選手権での準々決勝の中京学院大戦のこと。

 チームは1-5で敗退したものの、4番手で救援登板した高橋は2回2/3を3奪三振無失点に抑えたのだ。

 しかもそのときのストレートは最速148キロを計測した。そこから最終的には最速151キロにまで上げている。

 つまり、左腕で最速140キロ台後半〜150キロ台前半というその直球の速さが魅力だったワケである。常時でも140キロ〜145キロ前後をマークし、球速以上にキレがいいという特徴があった。

 そしてこの素質にホレ込んだ阪神がドラフト2位で獲得したのである。球団のとあるスカウトはドラフト当日に「最速150キロの力強いストレートが投げられる左腕。スライダーやチェンジアップなど、空振りを奪える球種も持ち合わせる。プロのレベルに慣れてくれば、先発ローテーションの一角を担うことが期待される選手」というコメントを残しているほどだ。

 こうして阪神に入団した高橋は、プロ1年目となる18年はキャンプこそ2軍スタートだったものの、オープン戦から1軍に合流すると、4月11日に甲子園球場で行われた対広島東洋カープ戦で先発し、1軍初登板デビューを飾った。

 しかも7回を投げ、二塁も踏ませなかった。結果、2安打無失点に抑える快投でプロ初勝利を挙げたのである。

 阪神の新人投手が甲子園での一軍公式戦において先発でデビューして、初勝利を飾ったというのは、59年の村山実以来、59年ぶりの快挙でもあった。

 この後も先発投手として前半戦では6試合に登板し、2勝3敗、防御率3・63という成績を残した。ところが6月中旬に左肩をケガしてしまい、戦線を離脱するとそのままシーズンを終えることとなったのであった。

 また、プロ2年目となる昨季は5月下旬からローテーションに定着し、7月には月間MVPの候補にも名が挙がる好投をみせつけた。

 その一方で、味方打線の援護になかなか恵まれず、結果的には3勝止まり。防御率3・78ながら、9敗も喫するハメになってしまった。それでもチームトップの奪三振数125をマークしている点は注目に値しよう。

 過去2年で足掛かりを掴んだ高橋は迎えたプロ3年目の今シーズン、ついに本格的にブレークする気配が漂い始めた。実は在学時には不調が続くと「俺が悪い。もう野球辞めようかな」という弱音を繰り返していたという。ドラフト直後に「俺なんか通用しねえよ。打たれるに決まってる」と大学の同期たちに漏らしていたとも。そんなネガティブキャラが一転、今や熱烈な虎党に向けて光りを放ちつつある存在になろうとしている。

上杉純也

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月21日 掲載