今年の日本プロ野球ドラフト会議で今から上位指名確実、いや1位指名確実とされているのが市立和歌山の右腕・小園健太である。この春の選抜では2回戦で敗退したものの、その最速は152キロを誇り、変化球では2種類のツーシームとカットボールを操る。投球術も高校生離れしており、プロ側からは高評価の声しか聞こえてこない状況だ。高校野球雑誌でも軒並み表紙を飾っており、まさに今年度の高校生No.1の投手といってもいいだろう。

 そんな小園が通う市立和歌山は公立高校である。そして今年2021年は干支でいうと丑年に当たる。実は丑年のドラフトでは公立校出身の高卒投手たちが上位指名され、プロでもツメ痕を残す活躍をみせている。

 たとえば、ドラフト制度が導入されて最初の丑年だった1973年のドラフトで、南海(現・福岡ソフトバンク)に1位指名された南宇和(愛媛)の藤田学。高校3年間、甲子園とは無縁であったが、屈指の本格派右腕として県内では名が通る存在であった。

 特に高3時の夏の県予選では準決勝で、直後の夏の甲子園でベスト4に進出する今治西の前に惜敗したものの、準々決勝では松山商の西本聖(元・読売など)と投手戦を演じ、完封勝利を飾っている。

 南海入団後は、プロ3年目の76年シーズンで初めて1軍に昇格し、先発ローテーション入りすると、11勝3敗、防御率もリーグ2位となる1・98をマークし、新人王を獲得した。その後は77〜78年と2年連続で自己最多となる16勝を記録し、81年にも13勝を挙げている。

 86年に引退するまで南海一筋だったが、在籍中、チームはぼぼ5位か最下位かという万年Bクラスの球団であった。そんな弱小球団にあって、プロ生活実働11年で213試合に登板して72勝65敗、防御率3・88という数字は立派だといえよう。

85年の丑年

 次の丑年となった85年は、ドラフト全体の高卒組で15名もの公立校出身投手が指名されている。3位までの上位指名組だけを見ても10人という大豊作の年となった。

 その中で最も活躍したのが横浜大洋(現・横浜DeNA)に1位指名された中山裕章だろう。土佐の名門・高知商のエースとして君臨し、チームを夏の甲子園ベスト8にまで導いた。準々決勝では桑田真澄・清原和博のKKコンビ(ともに元・読売など)を擁するPL学園(大阪)と対戦。KKコンビにアベック弾を浴び、3-6で敗退したものの、最速150キロ右腕はプロ側からすれば魅力的な素材であった。プロ入り後は先発にリリーフにと、主力投手として活躍。特に88年にはリーグ最多となる70試合に登板し、10勝6敗24セーブ、防御率2.28という好成績を収めている。ところが、91年オフにわいせつ事件を起こし、球界から追放されてしまった。

 その後、2年間の浪人時代を経て、93年オフに中日での球界復帰が決まった。リリーフとして活躍し、97年には復帰後最多となる53試合に登板して、7勝6敗、防御率4・34をマークした。

 01年オフに中日を退団。その後2年間を台湾でプレーし、現役を引退している。NPB通算では14年間で423試合に登板し、51勝71敗62セーブ、防御率3.83という成績であった。

 中山以外にも、85年ドラフト組は大垣工(岐阜)からドラ5でヤクルト(現・東京ヤクルト)に入団した山田勉や、那賀(和歌山)からドラ6で西武(現・埼玉西武)に入団した横田久則らも、まずまずの成績を残している。山田はプロ11年間で208試合に登板して30勝20敗14セーブで防御率は4.30。横田もプロ11年間で130試合に登板し、26勝43敗、防御率は3.57であった。

97年の丑年

 97年の丑年ドラフトでは、阪神が2位指名した水戸商(茨城)の井川慶の名が挙げられるだろう。全国の舞台とは無縁だったが、この年のドラフトでは平安(現・龍谷大平安=京都)の川口知哉(元・オリックス)や鳥取城北の能見篤史(現・オリックス)と並んで“高校生左腕三羽烏”として期待された逸材であった。

 プロ4年目の01年に先発ローテーションに定着して9勝を挙げると03年にはエースとして20勝をマークし、阪神18年ぶりのセ・リーグ優勝の立役者の一人となった。05年にも13勝し、再びチームをリーグ優勝に導いている。07年にメジャーへ移籍。12年にオリックスに入団し、日本球界に復帰した。引退を明言してはいないが、現在はチームに未所属の状態である。それでも日米通算95勝、1332奪三振という成績は大成功の部類といえよう。

09年の丑年

 最後は、12年前の09年ドラフトである。この年は清峰(長崎)のエース・今村猛が春の選抜で躍動した。全5試合に先発し、4完投、3完封。44回を投げて被安打32、奪三振47、失点自責点各1で防御率0.20と抜群の安定感をみせ、チームをけん引。見事優勝投手に輝いている。ドラフトでは広島東洋から単独1位指名され、プロ2年目から主にセットアッパーとして現在も活躍中だ。

 特に16年は67試合に登板と、中継ぎの柱としてフル回転。22ホールドをマークするなど、チームの25年ぶりのセ・リーグ優勝に大きく貢献している。日本シリーズでも6試合すべてに登板し、シリーズ最多となる4ホールドを記録したのであった。翌17年も68試合に登板し、セットアッパーやクローザーを務めるなど、勝利の方程式の一角を担った。23セーブ、17ホールドを挙げ、2年連続のリーグ制覇に一役買っている。ところが18年以降は成績が下降。昨シーズンに至っては、1軍定着後としては自己最低の6試合登板に終わり、防御率も12.46と最悪の数字となってしまった。

 それでも昨シーズンまでで計431試合に登板し、21勝30敗、36セーブ、115ホールド、防御率3.46は期待通りの働きぶりといっていい。今季の完全復活に期待したい。

 さて、市立和歌山の小園である。この先人たちに続く逸材であることはもはや間違いなく、夏の県予選に向けて再びその動向に注目が集まるはずだ。また、彼以外の公立校の好投手の成長にも期待したいところでもある。春の選抜組なら、小園と投げ合った県岐阜商の左腕・野崎慎裕や21世紀枠で出場した八戸西(青森)の右腕・福島蓮、ベスト4進出校の天理(奈良)相手に7回9奪三振をマークした宮崎商の右腕・日高大空あたりに注目だ。

 さらに、現段階では全国的にはまったく無名の逸材が彗星のように現れる可能性もある。公立校出身の好投手たちに今から要注目である。

上杉純也

デイリー新潮取材班編集

2021年4月15日 掲載