阪神タイガースのゴールデンルーキー・佐藤輝明の奮闘が続いている。4月27日現在で全試合に出場、打率は2割5分ながら18打点、7本塁打をマークしている。この7本というのは、ドラフト制後の新人で4月までの最多本塁打(2003年の横浜ベイスターズ・村田修一が記録)に並ぶ状況なのだ。

 だが、忘れてはいけないのが、佐藤は即戦力であること以上に将来性やスケールの大きさを評価されていた点である。1年目から過度な期待は禁物だろう。

 そこで考えてみたいのが、佐藤の1年目の適正な打撃成績だ。阪神に大卒ドラ1で入団し、レギュラーとして活躍した7人の虎戦士たちのプロ1年目の成績を検証。最後に全数字を平均化して、佐藤が今年目指すべき成績をはじき出してみたいと思う。

 まずは3人の新人王受賞者からみていこう。1人目は1968年ドラフト1位入団の田淵幸一である。法政大時代は強肩強打の捕手として東京六大学野球で活躍し、当時のリーグ新記録となる通算22本塁打をマークした。華々しい実績をひっさげプロ入りすると、1年目からレギュラー捕手の座をつかみ、117試合に出場。359打数81安打で打率2割2分6厘、56打点ながら、22本塁打を放ち、新人王に輝いている。捕手の新人王獲得は日本プロ野球史上初の快挙でもあった。

 2人目は79年ドラ1の岡田彰布だ。早稲田大に入学すると、2年時秋から5季連続で三塁手のベストナインに選出。3年時には春の東京大学戦で史上2人目のサイクル安打を達成し、秋には三冠王も獲得している。

 特にリーグ戦通算成績の打率3割7分9厘と81打点は現在でも東京六大学野球のリーグ記録として燦然と輝いているのだ。まさに即戦力野手といった実績であったが、プロ1年目の阪神の内野手陣は盤石の布陣を誇り、新人の岡田はつけ入るスキがなかった。それでも開幕直後の4月下旬に主力の掛布雅之が負傷離脱したことにより、ようやく三塁手として起用されることに。さらに掛布が復帰した5月中旬以降は二塁手に回り、打順も前半の8番から始まり、終盤戦では5番にまで上がった。

 結局、108試合に出場し、376打数109安打で打率2割9分、18本塁打、54打点をマークし、新人王に輝いている。掛布復帰後の二塁手起用が見事、新人王につながる形となったといえよう。

 3人目は15年のドラ1・高山俊だ。12年春に明治大に入学すると1年春から3番・外野のレギュラーの座を確保するなど早くから頭角を現した。4年間でベストナインを6回受賞しているが、際立つのが4年間で積み上げたヒット数だ。計131安打は東京六大学野球における通算最多安打記録となっているのである。

 そのため、入団時から大きく期待されていたが、オープン戦で結果を残すと、いきなり開幕戦で1番・レフトで起用される。しかも球団史上初となる新人選手による開幕戦でのプロ初打席初安打をマーク。これ以降、打ちまくり、プロ1年目で放ったヒットは球団新人記録を更新する136本、猛打賞も新人選手としては日本プロ野球史上2位となる通算13回を記録した。

 プロ1年目は134試合に出場し、494打数136安打で打率2割7分5厘、8本塁打、65打点をマークし、セ・リーグの新人王に選ばれる大活躍ぶり。しかし、2年目から徐々に成績を落としている点が気になるところだろう。

チーム主力4人の成績は

 ここからは新人王は取れなかったものの、のちにチームの主力打者として活躍した4人である。最初の1人目はあの85年の“バース・掛布・岡田”の強力クリーンアップの後の6番を打っていた選手として、古くからの虎党にはおなじみの佐野仙好だ。

 主に左翼手として活躍した。中央大時代は1年春から三塁手のレギュラーとして起用され、東都大学野球デビュー。在学中はリーグ全試合出場を果たし、70年秋にはリーグ4人目となる1年生での首位打者を獲得。ベストナインも2回受賞した。

 73年ドラフト1位で入団すると、プロ1年目は本職の三塁手以外に一塁手を兼ね、61試合に出場し、うち43試合に先発出場を果たしている。143打数34安打で打率2割3分8厘、11打点、2本塁打という成績であった。

 次は96年のドラフトで球団史上初めて逆指名で入団した大卒野手である。今岡誠だ。93年春に東都大学野球の東洋大学に進学すると、遊撃手としてリーグ戦通算89試合に出場し、ベストナインに2度選出。在学中は96年のアトランタオリンピックにも8番・二塁手として出場し、なんと打率4割3分5厘をマークしている。

 プロ1年目、前半戦は主に三塁手で、後半戦は二塁手として起用され、98試合に出場を果たした。252打数63安打で打率2割5分、2本塁打、20打点という数字を残している。

 3人目は今も千葉ロッテマリーンズで現役を続行している鳥谷敬だ。00年春に早稲田大に入学すると、いきなり3番・正遊撃手に抜擢され、2年春には東京六大学野球史上最速タイで三冠王を獲得した。

 在学中の全試合にスタメン起用され、リーグ戦通算96試合に出場。遊撃手として5度のベストナインに選出されるなど、3年春から4年秋までのチームリーグ4連覇に貢献した。

 03年のドラフト会議で自由獲得枠を行使して入団。すると翌年の開幕戦で、前年の正遊撃手だった藤本敦士を押しのけて“7番・遊撃手”としていきなりスタメンデビューを果たすことに。プロ1年目は101試合に出場し、235打数59安打で打率2割5分1厘、3本塁打、17打点という成績であった。

 最後は現在の虎の主砲・大山悠輔である。13年春に関甲新学生野球リーグの白鴎大に進学すると、即、三塁手として起用された。4年間でベストナインに輝くこと3度。特に4年春には打率4割1分7厘、リーグ新記録の8本塁打、タイ記録の20打点を達成し、本塁打王と打点王の2冠も獲得している。

 大学4年の夏には日米大学野球の日本代表として全5試合で“4番・三塁手”としてスタメン出場を果たした。16年のドラフト会議で1位指名され、入団。チームの育成方針などから開幕は2軍で迎えたものの、6月下旬に1軍に昇格すると、クリーンンナップに起用されるなど、75試合に出場して198打数47安打で打率2割3分7厘、7本塁打、38打点を記録している。

 この7本塁打のうち、プロ1号は公式戦初安打で初打点、さらに決勝点となるおまけつき。また、6本目は4番打者として放ったものだった。阪神の新人野手が1軍公式戦でスタメン4番起用されたのは、64年の富恵一以来、53年ぶりの快挙で、かつ新人4番打者の1発は1リーグ時代を含めても球団初の出来事であった。

「適正な打撃成績」は……

 さて、以上で7人の先輩虎戦士たちの成績が出揃った。これらの数字を平均値にし、佐藤のプロ1年目の適正な打撃成績を考えてみよう。

 安打数の平均は75.57で打率は2割5分2厘という数字が出た。打点は37.28で最後の本塁打数は8.857という数字となっている。以上のことから安打数は80本前後、打率は2割5〜6分、打点は40、本塁打数は10本といったところだろうか。ただ、本塁打数は10本を超えることはほぼ確実だし、新人王を狙うならば、新人王を受賞した3人の数字に近い成績を狙いたいところ。そうすると安打数は100、打率は2割6分〜7分、打点は60、そして本塁打数は15〜20本という数字になろうか。まずはこれらの数字をクリアすることを期待したい。

上杉純也

デイリー新潮取材班編集

2021年4月28日 掲載