PGAツアーとリブゴルフの対立で何かと騒々しいゴルフ界が、 さらに騒々しくなっている。3月13日(米国時間)、ゴルフのルールをつかさどるUSGAとR&Aは、「エリート・レベル」の大会でボールの飛距離を制限する新たな案を発表した。【舩越園子/ゴルフジャーナリスト】
大幅に飛距離が落ちる
ボールの規制に関してはまだ提案段階であり、今年8月14日まで関係者からのフィードバックを募った上で再検討され、2026年1月からの施行が見込まれている。
その内容は、「アイアン・バイロン」と名付けられたロボットが「一定条件」の下、チタン製ドライバーでショットした際、317ヤードを超えるボールは「ルール適合外(使用不可)」とされるというものだ(320ヤードまでは許容範囲)。
これまでUSGAとR&Aは、「一定条件」をどう定めるかを模索してきたが、現段階では「ヘッドスピード127mph」「打ち出し角度11度」「スピン量2200rpm」と定められている。
ちなみに、PGAツアー選手の平均的なヘッドスピードは115・ 1mphで、最大ヘッドスピードを誇るブランドン・マシューでさえ、126mphとされている。つまり、「アイアン・バイロン」の127mphを超えるヘッドスピードでドライバーを振る選手は、現在のPGAツアーには存在しないことになる。
そして、この条件によって制限されたボールを実際の「エリート・レベル」のゴルファーが打てば、「飛距離が平均で14〜15ヤード落ちる」と試算されているという。
その結果、ゴルフファンがPGAツアーなどの大会を観戦する際、選手たちがドライバーでかっ飛ばすはずの場面で「あれ? あんまり飛んでないな」「えっ? これだけしか飛ばないの?」と感じることになる。
300ヤード超えが当たり前
ここ40年ほど世界のゴルフ用具メーカーは、近代技術を駆使して「飛ぶボール」の開発合戦にいそしんできた。選手たちは飛距離を伸ばすためにトレーニングを積み、筋力増強に努め、スイングの改造にも取り組んできた。その結果、PGAツアー選手を筆頭とする「エリート・レベル」のプロたちの飛距離は年々伸びている。
1990年代の飛ばし屋、トム・パーツァー の平均飛距離は279ヤードだったが、1995年頃のパワーヒッター、ジョン・デーリー は平均289ヤードを飛ばしていた。
現代のロングヒッター、ロリー・マキロイ の平均飛距離は327ヤードを記録しており、PGAツアーでは300ヤード超えが「当たり前」の時代を迎えつつある。
飛距離が伸びたことで「ゴルフがダイナミックになった」と言われる一方、「ゴルフが飛距離偏重になった」とも言われている。
選手たちがこぞって飛距離を伸ばせば、大会の舞台となるゴルフコースも伸長せざるを得なくなる。マスターズの舞台であるオーガスタ・ナショナルは、これまで何度も改造工事を行ない、いくつかのホールを伸長してきた。経済力があるオーガスタ・ナショナルは隣接するゴルフ場を買収することで対応できるが、世界中のゴルフ場がコースを伸長できるかと言えば、資金力にも土地にも限界はあるはずだから、大半は「ノー」と答えることになる。
そうした限界を見据えたUSGAとR&Aは、2018年からディスタンス(飛距離)面からゴルフ用具を見直すプロジェクトを立ち上げ、ほぼ毎年、ディスタンス・レポートを発行。さまざまな分析結果を伝え、提案もしてきた。
2022年のディスタンス・レポートによれば、世界中のゴルファーの飛距離は、毎年平均4%ずつ伸びているとのこと。その伸びがゴルフ場の限界点を突き破ってしまう前に、なんとかして歯止めをかけなければということで、今回、ボールの飛距離に制限を設ける新たな規定が提案された。
選手は反対
とはいえ、現段階の提案は、その対象が少々曖昧である。
このボール規制は「エリート・レベルの大会」でのみモデル・ローカル・ルール(MLR)として適用されると記され、「リクリエーショナル・ゴルファー」は対象外と記されている。だが、「エリート・レベル」の定義が明記されていないのだ。
一般的に考えて、PGAツアーや欧州のDPワールドツツアー、米下部ツアーのコーン・フェリー・ツアーなどは「エリート・レベル」と言えるのだろうが、他のプロツアー、あるいはトップアマの大会のどこまでが「エリート・レベル」なのかも記されていない。
提示された数字から判断すれば、適用される対象は男子の「エリート・レベル」のゴルファーと考えるのが妥当だが、新規定が米LPGAなど女子のプロツアーにも適用されるのかどうかには一切言及がない。
しかし、直接的な影響を受けることになると感じ取った男子選手たち、とりわけ飛距離自慢のロングヒッターからは、すぐさま激しい不満の声が上がった。
PGAツアーのジャスティン・トーマス は「ゴルフにとって最悪の規定だ。たった1%のゴルファーのボールを規制することで何がどう変わるのか。何の意味もない」と怒声を上げている。
だが、新規定を提案したUSGAのマイク・ワン会長は「私たちはゴルフ界の今ではなく未来を考えている。選手たちの飛距離がどこまでも伸びれば、ゴルフコースは対応できなくなる」と反論した。
さらに、R&Aのマーチン・スランバーズ会長は「飛距離がどんどん伸びる現状やゴルフコースの限界点が近づきつつある現状を知りながら何もしないのは無責任だ」と述べた。
それでもトーマスは「だからと言って、1990年代のボールに戻す必要はない。より遠くへ飛ばすために僕らが日々努力してきたことが否定され、制約されるなんて絶対反対だ」と真っ向から反発している。
やはりPGAツアー選手のサム・バーンズ も「ファンは僕ら選手がドライバーをかっ飛ばすところを見に来る。わざわざ飛ばないゴルフを見に来て喜ぶはずはない」と、トーマス同様、新たな提案に反対している。
一般ゴルファーにも無関係ではない
今回のボール規制の提案は、「リクリエーショナル・ゴルファー」は対象外、つまり、一般ゴルファーには関係のない話ではある。だが、プロの試合を観戦する際の楽しみが半減するかもしれないという意味では、大いに関係のある話だ。
観戦がつまらなくなるから「嫌だ」「制限しないでくれ」と誰もが言い続ければ、試合を開催するゴルフ場が「これ以上、コースを伸ばせない!」と悲鳴を上げることにもなりかねない。
最終的に、ファンが皆無になり、試合会場となるゴルフ場がなくなってしまったら、スポンサーは離れ、プロゴルフは消滅してしまう。そう考えると、この問題のカギを握るのは選手ではなく一般ゴルファーなのかもしれない。
せっかくの「飛ぶボール」を「飛ばないボール」へ規制することを、あなたはどう考えますか?
舩越園子(ふなこし・そのこ)
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1993年に渡米し、在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『才能は有限努力は無限 松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。1995年以来のタイガー・ウッズ取材の集大成となる最新刊『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)が好評発売中。
デイリー新潮編集部