韓国の半導体産業が衰退のとば口に立った。「横流し疑惑」で開いたパンドラの箱から「地政学リスク」が飛び出したからだ。韓国観察者の鈴置高史氏が対話形式で読み解く。

「寸止め」の輸出管理強化

――世界の半導体産業は大変なことになりましたね。

鈴置: それが「大変なこと」にはなっていないのです。韓国が得意とするのがメモリー、つまり情報を記憶する半導体です。ところが、その2大アイテムであるDRAMもNAND型フラッシュメモリーも、国際的な価格は落ちついています。

「北朝鮮に核関連物質を横流しする怪しい国」と日本政府が韓国を認定しました(「日本に『怪しい国』認定された韓国 文在寅は『受けて立つ』というが、保守派は猛反発」参照)。

 7月1日に韓国向けのIT素材の輸出管理を強化すると発表したのですが、それ以降も半導体市況に特段の動きは見られないのです。

――「半導体価格が急騰。世界は混乱に陥って日本への非難が高まる」と思っていました。

鈴置: 韓国紙の日本語版や日本の左派系紙を読んで、そう思い込んでいる人が多い。恐ろしい誤解です。

 今、半導体は不況の真っ最中。一年前と比べ、メモリーの価格は半値になっていました。市場にあふれているので、日本が輸出管理を強化しようが、ユーザーは焦って手当てしようとはしません。だから市況が安定しているのです。

 サムスン電子のバランス・シートを見ると、2019年3月末時点の在庫資産は31兆4560億ウォン。1年前と比べ8・8%増です。相当部分が売れ残ったDRAMと見られています。

 半導体価格が上がらないもう1つの理由は、日本の規制強化が「寸止め」になっていることです。

「日本の輸出規制、韓国では『単なる報復ではなく、韓国潰し』と戦々恐々」でも書きましたが、韓国企業がメモリー生産に使っている素材は管理強化の対象ではないのです。

 確かに輸出管理を強化した3品目の1つ、レジスト(感光材)は半導体の製造に使います。しかし日本政府が管理を強化したレジストは極めて高品位のもので、メモリー製造用ではありません。

 だから、仮に日本からレジストの輸入が減っても韓国メーカーは直ちには困らない。輸出強化の対象となったエッチングガス(フッ化水素)も同様で、これに関してもメディアが大騒ぎするほど、韓国の半導体メーカーは困らないそうです。

「急所のすぐ横」を狙った

――なぜですか?

鈴置: 日本製ほど純度が高くない中国、台湾、韓国製のエッチングガスも使えないことはない、のだそうです。もちろん日本製を使った時ほどの収率は出ないと言いますが。

 朝鮮日報が「日本は半導体の『急所のすぐ横』を狙ったようだ」(7月11日、韓国語版)で指摘しています。

 サムスン電子の株価は7月1日から8日まで、4日を除いて下げました。しかし、7月9日以降、12日まで戻しています。「すぐには大事に至らない」との認識が広がったからでしょう。

 朝鮮日報の先の記事によると、有機ELの製造に使うフッ化ポリイミドも、日本が輸出管理を強化するのは、サムスン電子がスマホを作る際には使わない品目だそうです。だから見出しに「急所のすぐ横」とあるのです。「寸止め」です。

――では、韓国に実害はない……。

鈴置: 短期的には。ただ、中長期的には韓国には、恐ろしい未来が待ち構えていると思います。先ほど「寸止め」と言いました。日本の突き出した剣の切っ先は韓国の喉元で止まっています。韓国が日本に強気に出たりすれば、切っ先は喉に突き刺さるでしょう。

 例えば、報復と称して日本にさらなる危害を加えれば、日本政府が輸出管理を強化する対象に、DRAM用レジストを加えるかもしれません。

能力増強する米・日企業

――そうなったらDRAMが世界的に不足して……。

鈴置: 先ほど言いましたように、DRAMは今、余っているのです。それにDRAMを作るのは韓国企業だけではありません。確かにサムスン電子が46%、SKハイニックスが26%と高い世界シェアを誇っています。

 ただ、3位の米マイクロン・テクノロジー(Micron Technology)も21%のシェアを持っています。主力の広島工場(広島県東広島市)の生産能力の増強に動いています。

 6月11日に新工場棟の完成式典を開いて「サムスンを追い掛ける」と宣言しました。日経の「マイクロン、広島工場を1割拡張 次世代DRAM量産」(6月11日)が詳しく報じています。

 もう1種類のメモリー、NAND型に関しても東芝メモリ・ホールディングスが2020年の稼働を目指し、岩手県北上市に新工場を建設中です。

 日経産業新聞の「東芝メモリ、上場へ勝負手 売上高2兆円狙う」(6月25日)は、サムスン電子に真っ向勝負を挑む姿を描いています。

 東芝メモリのNAND型の世界シェアは約20%。サムスン電子の約33%に続く2位です。なお、SKハイニックスは5位の11%前後です。

 DRAMにしろNAND型にしろ、米・日の会社の供給能力が増す最中ですから、品不足で世界が困るなんてことはすぐには起きません。

事実を無視する左派系紙

――「日本経済に打撃」と書く新聞があります。

鈴置: 毎日新聞は「売り上げが減るフッ化水素など日本の素材メーカーが打撃を受ける」と報じました。「クローズアップ 対韓輸出規制 徴用工、通商で揺さぶり 資産売却、期限迫り」(7月2日)です。

 でも、韓国の半導体メーカーへの輸出が減ったとしても、その分、増産する日本や米国の半導体メーカーが買ってくれるのだから同じことです。

 東京新聞の「【核心】対韓輸出規制 保護主義 日本にも痛み」(7月2日)や、朝日新聞の「韓国半導体危機、日本に余波 輸出規制、韓国『在庫多くて数カ月分』」(7月4日)も「返り血」を心配しました。

 日本の半導体製造装置メーカーは輸出先を失う。韓国の半導体を輸入していた日本の会社も部品不足で困る、との理屈です。

 しかし半導体製造装置は、韓国企業の衰退の代わりに能力を増強する日・米の企業に売れることになります。韓国製半導体のユーザーは日・米メーカーから調達することになるでしょう。

 産業の実態や変化を調べずに、「大変なことになる」「安倍が悪い」と書くのは無責任極まりないと思います。

韓国から逃げだすユーザー

――日本政府は輸出管理の強化を武器に、韓国2社のシェアを落としていくのですね。

鈴置: 日本政府が誘導する必要はないかもしれません。なぜなら、韓国2社の半導体を買っていた世界の会社が、調達先を多様化して日・米の半導体メーカーへの注文を増やすであろうからです。

 いつ供給不安に陥るか分からない会社を頼りにはできません。日韓の摩擦がこれだけ有名になったのですから、もし韓国企業に依存し続け半導体の手当てに失敗したら、株主から訴えられてしまいます。

 世界のビジネスマンは米政府の動きに注目しています。もし、日本の輸出管理の強化に米国が口を挟むなら、今回の事件は日本の暴走と見なされたでしょう。

 しかし、米国は10日たっても動かない。そこで「日本は米国にお墨付きをもらっているのだな」と世界の関係者は見なし始めました。

 7月10日、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官はポンペオ(Mike Pompeo)国務長官に電話し、日本を非難しました。

 韓国外交部の発表によると「日本の措置は米国企業にも世界の貿易秩序にも悪影響を与える」と訴え、これに対しポンペオ長官は「理解する」を表明したそうです。要は「一応、話は聞いた」ということでしょう。

 韓国政府は高官も相次ぎワシントンに送っています。が、米国は日本の措置に見るべき反応を示していません。国務省も「日韓は共に米国の友人であり、同盟国だ」と原則論を述べるばかりです。

「米国は韓国を助けないな」と見た半導体のユーザーは、韓国の半導体産業の将来に疑問を持って、調達先を韓国から日・米に切り替えるでしょう。

 すでにその動きが表面化しています。日経は「対韓輸出規制、広がる影響 VAIOは代替調達検討」(7月9日)で、ソニーから分社したパソコンメーカーのVAIO(バイオ、長野県安曇野市)が半導体を韓国以外から調達するよう検討し始めたと報じました。

撤収の前に焦土化

――「米国が口を挟まない」だけで、「脱・韓国」が始まるのですか?

鈴置: 安全保障上からも韓国が米国に見捨てられることを示唆するからです。半導体は安全保障に直結する戦略製品です。普通の商品ではありません。

 DRAMの約72%、NAND型の約44%を韓国の2社で作っています。これを米国が許してきたのも、韓国が忠実な同盟国だったからです。

 ところが今、米韓関係の雲行きが相当に怪しくなっている。文在寅(ムン・ジェイン)政権は国際社会がこぞって経済制裁を科している北朝鮮に堂々と援助を始めました(「文在寅は金正恩の使い走り、北朝鮮のミサイル発射で韓国が食糧支援という猿芝居」参照)。

 妙な自信を持った韓国は日本にはもちろんのこと、米国に対しても「何するモノぞ」とばかりに高飛車に出ているのです(『米韓同盟消滅』第3章「中二病にかかった韓国人」参照)。

 一方、トランプ(Donald Trump)政権は北朝鮮を非核化するためには在韓米軍の撤収、あるいは米韓同盟の廃棄までも取引材料とする勢いです(「ついに『在韓米軍』撤収の号砲が鳴る 米国が北朝鮮を先行攻撃できる体制は整った」参照)

 同盟は維持しても在韓米軍が撤収する、あるいは削減するだけで、朝鮮半島は不安定化します。そんな国の企業に、米国が戦略物資の半分を作らせるでしょうか。

 麗澤大学の西岡力・客員教授は米国の安全保障の専門家から「我々がこの半島から撤収する時は、焦土化して引き上げる」と聞かされたそうです。

 焦土化とは物理的に燃やしてしまう、ということではなく経済的な資産を破壊する、との意味です。同盟を廃棄した後、つまり中立化した韓国は中国の衛星国となる可能性が極めて高い。

 中国の衛星国に世界のメモリーの半分を作らせるわけにはいかないと米国は考えるでしょう。米国の考えを見てとった半導体ユーザーは「今から購入先を変えておこう」と動くと思います。

傲慢な日本と強引な米国

――日本の輸出管理強化の背景には米国がいる……。

鈴置: 安全保障の専門家にはそう見る人が多い。1980年代に圧倒的な強さを発揮した日本のメモリーが一気に衰退し、韓国メーカーに市場を奪われたのを思い出して下さい。

 米政府はありとあらゆる手を使って日本に圧力をかけました。日本は輸出価格を引き上げさせられたうえ、自国市場での外国製半導体のシェアを20%に引き上げる、といった約束を飲まされました。

 米政府はこれにより日本メーカーのシェアを落としました。その隙を狙って韓国企業が急伸したのです。

――米国は強引だったのですね。

鈴置: 当時の、バブルの頃の日本や米国の空気を知らない人はそう思うでしょうね。日本は多くの工業製品で米国製品のシェアを奪い、飛ぶ鳥落とす勢いでした。

 日本人の鼻息も荒く、今の中国人や韓国人を見る感じでした。日米経済摩擦が激しくなる中で書かれたのが『「NO」と言える日本』(1989年1月)です。

 著者はソニーの創業者の盛田昭夫氏と、当時は衆議院議員だった石原慎太郎氏。この本にはこんな一節もあったのです。

・仮に日本が、半導体をソ連に売ってアメリカに売らないと言えば、それだけで軍事力のバランスががらりと様相を変えてしまう。そんなことを考えるのならアメリカは日本を占領する、とあるアメリカ人たちは言っています(14―15ページ)。

 もちろん、日本はソ連に半導体を売りませんでした。米国は日本を再占領もしなかった。でも「米国離れする日本」によるメモリーの独占は阻止したのです。

「米国の陰謀」から目をそらす

――韓国人は「米国の陰謀」に気づいているのでしょうか?

鈴置: 「日本の陰謀」に関しては語り始めました。サムスン電子はメモリーからシステムLSI(大規模集積回路)など、非メモリー分野に経営の重心を移そうとしています。

 日本が今回、輸出管理を強化するレジストは「メモリー製造用ではなく、システムLSIを作るのに必要な水準の品目である」と韓国各紙は書いています(「日本の輸出規制、韓国では『単なる報復ではなく、韓国潰し』と戦々恐々」参照)。

 要は、日本の措置はサムスン電子がライバルに育つのを阻止する狙い、と韓国の専門家は見始めたわけです。ただ、「米国の陰謀」とまで報じたメディアは、ほとんどありません。

 そう書いてしまえば、今回の日韓半導体戦争で米国が韓国の味方をしてくれない、と書くのと同じになってしまう。さらには安全保障面でも「米国に見捨てられる」ことを意味します。「もっとも見たくない現実」から、韓国人は目をそらしたいのでしょう。

ロケット砲の射程に入った主力工場

――次の政権が保守派に戻ったら?

鈴置: 仮にそうなっても、半導体の世界での「韓国離れ」は起きるでしょう。

 北朝鮮が最近、300ミリの8連装ロケット砲を配備した模様です。5月4日、北朝鮮がロシア製の「イスカンデル」と見られる弾道ミサイルを試射しました(「文在寅は金正恩の使い走り、北朝鮮のミサイル発射で韓国が食糧支援という猿芝居」参照)。

 その時、同時に撃ったのが300ミリのロケット砲と思われます。射程は200キロ超で、GPSによる精密誘導が可能とされています。在韓米陸軍の主力基地である京畿道・平沢(ピョンテク)と隣接する烏山(オサン)空軍基地を攻撃するのが主な目的です。

 ただ、この300ミリロケット砲の射程圏にサムスン電子の主力工場である平沢工場と、SKハイニックスの主力の清州(チョンジュ)工場(忠清北道)が十分に入ってしまうのです。

 米国は北朝鮮を非核化するために、いざという時は中国との国境沿いの核基地に対する先制核攻撃も辞さない構えです(「米国が北朝鮮を先制攻撃するなら核を使うか? その時、韓国は? 読者の疑問に答える」参照)。

 その際、北朝鮮は軍事境界線沿いのロケット砲・長距離砲部隊で反撃します。ロケットや砲弾は迎撃ミサイルでは撃ち落とせません。

 韓国の、世界の主軸メモリー工場はかなり危ない場所に立地しているのです。政権が保守か左派かには関係なく、韓国の2社は半導体ユーザーにとって「危険な会社」なのです。

――米国が北朝鮮を先制攻撃するとは限りません。

鈴置: :しかし、この「危険な2工場」を放置しておけば、つまり西側の脆弱性をそのままにしておけば、北朝鮮に対する威嚇が効かなくなります。北朝鮮は「先制攻撃したいならやってみろ。世界中でメモリーが足りなくなるぞ」と言えるのです。

半導体の衰退は韓国の衰退

 それに保守といっても、韓国の保守は中国の顔色を見る人ばかりです(『米韓同盟消滅』第2章「『外交自爆』は朴槿恵政権から始まった」参照)。

 保守派の韓国だって中国の衛星国に戻っていきます。そうなればメモリー生産の半分を中国がコントロールすることになります。

 世界の半導体ユーザーも米政府も、それは望まない。韓国以外の場所で、韓国資本以外が半導体を製造する体制を構築したいと思うのは当然です。

 今回の日韓摩擦を期に、韓国の半導体産業が衰退の道をたどる可能性が出てきました。半導体の輸出は韓国の全輸出の20%を占めます。サムスン電子の時価総額は韓国市場全体の20%以上。半導体産業の衰退は韓国の衰退に直結します。

――日本政府の今回の措置は韓国政府を攻めるのではなく、韓国の基幹産業を攻撃するのが目的なのですね?

鈴置: 少なくとも結果的にはそうなりそうです。文在寅政権は日本にどんなに痛い目にあわされようと、譲歩するつもりはないでしょう。結局、韓国の半導体産業が身代わりに痛めつけられるわけです。

 ただ、日本がそこまで図ったかどうか。日本政府にそんな戦略性があるとは考えにくい。でも、米政府なら、そこまで謀るはずです。

――つまり、今回の事件の黒幕は米政府?

鈴置: そう見えます。証拠は持っていませんが。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年7月12日 掲載