文在寅(ムン・ジェイン)大統領の「デスノート」に李明博(イ・ミョンバク)の名前が書かれたとするなら、ついに死神が彼を連れて行ったということになるだろうか。現政権による反対派への「血の報復」を目の当たりにし、日本もさらに警戒感を強めるしかなくなった。

韓国の大法院(日本の最高裁判所に相当)は10月29日、2008年から13年まで大統領として在任していた李明博に対し、懲役17年、罰金130億ウォン(約12億円)、追徴金57億8000万ウォン(約5億3300万円)の判決を言い渡した。
検察は李がソウル市長と大統領在任時に職権を乱用、借名で所有していた法人の資金約349億ウォンを横領し、163億ウォンを収賄するなど14件の容疑で起訴。
李明博はこれまで約3年間を裁判で争ってきた。

彼は2018年10月5日の1審で、懲役15年、罰金130億ウォン、追徴金82億ウォンの有罪判決を受けた。
昨年3月6日に保釈されたが、今年2月19日の控訴審でも、懲役17年、罰金130億ウォン、追徴金57億8000万ウォンの有罪判決を受けた。
今回、最高裁で刑が確定したことで、78歳の李明博は再び囚人服を着て刑務所暮らしを送ることになった。
同日、李明博は弁護士を通じ、「事実はいつか明らかになるだろう」とし、「法治が崩れた。国の未来が心配だ」と訴えた。
彼の弁護人は最高裁判所の判決直後、メディアに対し「韓国の刑事訴訟法や憲法の精神を完全に無視したデタラメ裁判」「有罪と認められた横領金や賄賂はたった1ウォンも大統領(李明博)に渡っておらず、検察が提出した全ての証拠に記載されていない」と語っている。

4人の大統領経験者が訴追される事態に
李明博は、刑事裁判で最終的に有罪を言い渡され3人目の大統領経験者である。これは世界でも類を見ないことだろう。
1997年4月に全斗煥(チョン・ドゥファン1980−88年在任)元大統領と盧泰愚(ノ・テウ1988−93年在任)元大統領は反乱首謀罪、内乱首謀罪、上官殺害罪など、最高裁からそれぞれ無期懲役と懲役17年の判決を言い渡された。
また「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」事件をきっかけに弾劾された朴槿恵(パク・クネ)前大統領も収賄などの罪で起訴されており、4人目の不名誉記録達成は不可避だ。
刑事裁判で有罪判決を受け、刑務所生活を送った韓国の元大統領には共通点がある。彼らが次期大統領から「政治的な報復」を受けたということだ。
全斗煥と盧泰愚は同じ韓国陸軍士官学校出身で政治的同志であったが、ふたりと政治的に対立した次期大統領の金泳三(キム・ヨンサム1993−98在任)は、「全斗煥、盧泰愚政権を打倒する」「韓国近現代史に存在する暗く悲劇的な過去を清算する」という公約を大統領就任後に直ちに実行した。
韓国、歴代大統領が逮捕される悲運はここから始まる。
歴代大統領が自分の政権になれば前任、または自分の恩師を陥れた大統領に「政治的な報復」を行う悪循環が生まれている。
むろん現在は、検察も自分の思いのままに動かせる文在寅大統領が「政治的な報復」の最大の決定権を握っているわけだ。

絶対に報復しなければならない理由
実際、文在寅大統領にとって李明博は絶対に報復しなければならない理由があった。
李明博が大統領の在任期間中、前任の盧武鉉(ノ・ムヒョン2003−08在任)に対する収賄の虚偽事実をでっち上げ、検察が逮捕に向けて動いていた。
その矢先の2009年5月23日、盧武鉉は自宅裏山から無念の投身自殺を図った。
当時は親・盧武鉉派であり、現在は親・文在寅政党である民主党は「政治的な報復」だと主張して強く反発。
盧武鉉の自殺は、李明博が検察と国家機関、マスコミを掌握して作り出したという世論を形成し、李明博に報復する機会を虎視眈々とうかがっていたのだ。
大統領となったのは国家発展のためなのか、個人的な報復のためなのか
文在寅大統領が就任すると、予想通り残酷な報復が続き、李明博の側近たちは複数の犯罪容疑で逮捕されて刑務所送りとなった。
文在寅は次に、盧武鉉を死に追いやった最大の「元凶」である検察を「改革」の対象とした。
朴槿惠と李明博を捜査して逮捕し、裁判にかけた論功行賞として検事総長に尹錫悅(ユン・ソクヨル)を任命。
実際、「検察改革の適任者」、「政権の顔色をうかがわずに徹底した捜査をしてほしい」と述べていたのだが、尹錫悅が「タマネキ男」と悪名を轟かせた曺国(チョ・グク)など、文大統領の側近たちを逮捕して裁判にかけると、民主党を中心に検察の主要ポストへ親・文在寅派を配置させ、尹錫悅に圧力をかけた。
特に「盧武鉉をペンで殺した」とされる朝鮮日報をはじめ、保守メディアへも民主党は強く圧力をかけた。
李明博政権時の国家情報院長と関係者らが逮捕・裁判にかけられて有罪判決を受けてもいる。
こうやって見ていると、文大統領が大統領になった目的は、国家を発展させるためなのか、個人的な復讐手段に活用することなのか、疑念を抱かざるを得ない。
保守政党の候補として前回の大統領選挙に出馬した洪準杓(ホン・ジュンピョ)は、李明博に対する最高裁判所の判決が下されると自身のフェイスブックに「文在寅大統領は、賄賂と無縁なのか」、「歴史に残る最悪の政治判決」と非難した。
現在韓国内では、文在寅大統領と民主党の側近らに対する様々な違法疑惑がかなりの数に上っているが、野党の力不足もあって検察の捜査が生温いという声が高まっている。
次期大統領が保守党の人物となれば、文在寅大統領と側近たちも「政治的な報復」のターゲットになる可能性は極めて高い。
韓永(ハン・ヨン)
検察担当記者などを経て現在フリー
週刊新潮WEB取材班編集
2020年10月31日 掲載