1月20日、バイデン氏は第46代米国大統領に就任した。就任の際の演説で「結束(unity)」という言葉を連呼したように、現在の米国の分断状況は極めて深刻である。バイデン大統領の就任式を視聴した米国人は、トランプ前大統領の就任時に比べ約200万人多い約4000万人だった(1月21日付ニューヨークタイムズ)が、肝心のトランプ支持者には「結束」というメッセージはほとんど届いていないと言われている。

 バイデン政権誕生に大きな力となったのは、米国のミレニアル世代である。その数は7300万人となり、べビーブーマー世代の7200万人を超えた。米ソ冷戦を実体験として知らず、リーマンショックで資本主義の失敗をまざまざと見せつけられたミレニアル世代には「社会主義」に対するアレルギーはない。「今より生活がましになるなら、社会主義でもいいね」といった感覚である。

 これに対し、トランプ支持者は「社会主義」を忌み嫌っているとされている。トランプ支持者は都市部より農村部に多く、彼らにとって、神によって平等に創られた人々が、自由に競争して、その結果格差が生じてもそれは悪いものではない。トランプ支持者は「平等の実現」に政治的な意味を見いだしていないが、意外なことに19世紀末まで米国は世界の社会主義運動の中心地だった(1月14日付ニュースソクラ)。1848年の欧州各国での市民革命に失敗した社会主義者たちが米国に逃れてきたことが始まりだが、南北戦争後しばらくの間、米国は世界の社会主義運動の中心地だった。しかし米国での社会主義運動は根付くことはなかった。1862年に「ホームステッド法(5年間定住して農業を営むと160エーカーの土地が与えられるという内容)」が制定されたからである。賃金労働者たちは自営農民になれるチャンスを目指して西海岸などに殺到し、「おのれの才覚と幸運だけで巨万の富を得ることかできる」というアメリカンドリームが米国全土を席巻したからである。

 だがトランプ支持者もアメリカンドリームに幻滅を感じ始めている。米国では1965年に移民法が改正されて以降、中南米やアジアからの移民が増えて、白人のマイノリテイ−化が進み、グローバリゼーションの進展で自動車や鉄鋼などの工業労働者階級は荒廃した。トランプ支持者は、社会の劇的な変化、雇用を消滅させる新しいテクノロジー、進む多民族化、性的指向を取り巻く社会道徳の変化が、自分たちの尊厳や価値観をさらに奪っていくことを恐れている。

 カリフォルニア大学バークレー校名誉教授のホックシールド氏は、トランプ支持者の胸の内を次のように描写している(1月23日付クーリエ・ジャポン)。
「俺は社会の下層に追いやられつつある。あいつら(※民主党支持者)は俺たちの運送業や生産業をオートメーション化しやがるし、俺は看護(介護)職につけるだけの教育もないときた」

ローカルの復権

 米国政治の対立軸も変化している。スタンフォード大学教授のフランシス・フクヤマ氏は「『成長重視(共和党)』と『分配重視(民主党)』という経済政策から、『自身の尊厳や価値観を認められたいという欲求の受け皿になるかどうか』が重視される時代になった」と指摘する。

 このような状況下で「人々が自分たちの運命をコントロールできた時代・空間に戻ろう」と主張するトランプ氏が登場すると「自分たちの尊厳や価値観を大事にしてくれる英雄だ」と見なしたからこそ支持者は忠誠を誓ったのである。

「言葉よりも行動が大事」ということで、バイデン政権は早速フル稼働し始めている。

「トランプ支持者の生活が良くなれば怒りが和らぐ」と期待して、地球温暖化を抑制するためのインフラ投資の拡大で雇用の創出を図り、石炭・鉄鋼産業の労働者にグリーンエネルギー関連企業で必要なスキルを習得させる研修プログラムを用意するとしている。しかし「職業訓練を受ければもっといい給料がもらえる」とこれまで何度も言われてきたが、むしろ失業者の再就職は一段と困難になっている。生産年齢世代で失業している米国男性の実に半数近くが「鎮痛剤」を処方され薬物中毒になっている(1月21日付ロイター)という「不都合な真実」もある。

 経済成長の成果をすべての人々が共有できるようにするためには、競争の敗者にも適した環境を整備しなければならない。「国民国家」の誕生以来、人々の忠誠心を地域社会から国家に移行させる試み(ナショナリズム)が続いてきたが、行き過ぎた自由主義やグローバル化に対抗するためには、「物事はできる限り地域社会で決める」というローカルの復権が手がかりになるのではないだろうか。

 筆者が注目しているのは、サンダース上院議員が経済顧問を務めるニューヨーク州立大学教授のケルトン氏が提唱する「地域密着型の公共サービス雇用制度」である。この制度はまず最初に地域の人々自身がコミュニテイーなどのケア(世話)に必要な具体的な仕事を決める。これを踏まえ、基礎自治体は仕事の案件のストックをつくり、さまざまなスキルや関心を持った失業者に対して適切な仕事(時給15ドル以上、就労形態は自由)を提供する体制を整備する。必要な財源は、中央政府(労働省)が確保するというものである。

 このようなやり方であれば、低スキルが災いして労働市場に参入できないでいるトランプ支持者に対しても意義のある仕事を提供できるのではないだろうか。

 バイデン大統領は、米国の心の傷を癒やすプロセスに多くの時間を要するだろうが、意義ある「雇用」の創出を通じてのみ、米国社会の「分断」を癒やすことができると肝に銘じるべきである。

(参考文献)分極社会アメリカ 2020年米国大統領選を追って 朝日新聞取材班

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

デイリー新潮取材班編集

2021年2月8日 掲載