有馬哲夫・早大教授による3度目の寄稿

 これまで2回にわたって、ハーバード大学教授の「慰安婦」に関する論文を巡る論争についての有馬哲夫・早稲田大学教授の論考をご紹介してきた。今回はもとの論文を引用しながら、猛烈に寄せられている批判への疑問点を冷静に有馬氏は解説してくれている。有馬氏の特別寄稿、3回目である。

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 ハーバード大学マーク・ラムザイヤー教授の書いた論文「太平洋戦争における性契約」(以下、論文)を批判するコメントや視点を盛り込んだ記事が、ネットで連日伝えられている。

 筆者は前2回の記事で、客観的に見て、論文を批判する側には次のような問題点があると指摘した。

1)ラムザイヤー教授が論文で書いていないことを書いたかのようにして非難する論法(いわゆるストローマン論法)を用いているのではないか。また書いているのに書いていないかのような論法もあるのではないか。

2)批判する側の人々は、論文が根拠としている一次資料(日本語)を読んでいるのだろうか。日本人が読むのも難しいものが多いのだが、これを読解したうえで批判しているのだろうか。

 今回は1)について細かく見てみたい。そもそも短いネット記事では、実際の論文を引用しているものが少ない。ほとんどないと言ってもいい。

 多くの場合は、執筆者が「論文ではこう書いてあるが、間違いだ」といった書き方で、論文を「要約」した格好になっている。しかし要約してしまう時点で、執筆者の意図が盛り込まれている場合もある(これもまたストローマン論法である)。

 実際に教授は論文のなかでどう記述しているのか、できるだけ原文を紹介しながら検討してみたい。なお教授からこのような形で引用する許可は得ている。

日本政府と日本軍の関与を否定していると批判

【1】「ラムザイヤー教授は慰安婦制度への日本政府と日本軍の関与を否定している」という批判は正当か。

 UCLAのマイケル・チェ教授らの声明の中には、こうした批判が盛り込まれている。

 論文では以下のように、日本政府と日本軍の慰安婦制度への関与を記述している。

「1930年代から1940年代初めの慰安所についての日本政府の大量の文書は、政府がこの施設を性病と戦うために設置したということを明らかにしている。もちろん他にも理由はあった。政府はレイプも減らしたかったのだ。(中略)しかしながら、第一義的には日本軍は慰安所を性病と戦うために設置したのである。定義からいっても、慰安所は日本軍の厳格な衛生管理と避妊処置を順守することに同意した売春所なのである。(5頁)」

「日本軍は(公娼と私娼に加えて)さらに売春婦を必要としたのではなかった。売春婦たちは沢山いた。売春婦は世界の至るところで、軍隊のあとについていった。アジアでは日本軍のあとをついていった。このような女性たちではなく、日本軍は健康な売春婦を必要としていた。1918年にシベリア出兵したとき指揮官は多数の兵士が性病のために戦えなくなっているのを発見した。1930年代に日本軍が中国全土に展開したときも、中国の売春婦がかなり高い割合で性病に感染しているのに気が付いた。(同)」

 上記の通り、ラムザイヤー教授は日本政府と日本軍の関与を明確にしている。

 慰安所は、日本軍兵士が性病にかかるのを防ぎ、併せて兵士が戦場で現地女性をレイプするのを防止するために設置されたのである。

 慰安所以外での兵士の買春は軍令によって禁じられていた。

 ちなみに、これは論文に書かれていないが、ナチス・ドイツは、民間の売春所があるところでは、軍の管理のもとにおいてそれを使い、ないところでは、多くの場合文字通りの「強制連行」を行って売春所を作った。

 今のロシアにあたるソ連は、軍事売春所は作らず、兵士は占領地で女性に暴行の限りを尽くした。

 ソ連兵はレイプした女性の一割を殺害したといわれている。これには自殺した女性は入っていない。

 アジアでの最大の被害者は、いうまでもなく日本女性だった。

 韓国軍幹部はヴェトナム戦争のときサイゴンの売春所の経営にかかわっていた。ただし、韓国軍専用というわけではなく、一般客も利用できた。

 当時、アメリカ軍は、韓国軍幹部がここで横流しされた物資を売りさばいてヴェトナム経済に打撃を与えているほうを問題視した。

 これらの文書もアメリカ国立第2公文書館にある。

 アメリカ軍は、アフリカのリベリアに2カ所軍事売春所を作った。

 黒人兵が現地女性をタバコやチョコレートで誘惑しては、彼女たちの夫に殺害されたからだ。

 ほかでは、兵士の買春を放任し、性病を広め、風紀を著しく乱し、社会の不安を招いた。

 フランスのル・アーブルの市長などは、アメリカ軍が軍事売春所を作らないのは無責任だと非難した。

 占領下の日本でもアメリカ軍が同じことをしたことは私たちもよく知っている。

公娼・私娼制度を混同していると批判

【2】「論文は慰安婦制度と公娼・私娼制度を混同している」という批判について

「当時、確かに売春を生業としている女性は存在したが、そうした制度と慰安婦制度とは別物であることを理解していない」という趣旨の批判である。

 では論文ではどう述べているか。

「慰安所は日本の公娼の契約といくつかの面で似た契約で売春婦を雇用したが、相違点が重要である。自分の故郷を離れて東京で働くため、女性は危険と仕事の厳しさと傷ついた名誉を相殺するだけの収入が得られると確信したいと思うだろう。前線の慰安所に行くためには、彼女は違った種類の遥かに大きなリスクを背負わねばならなかった。(中略)もっとも明らかなのは、戦闘であれ、爆撃であれ、前線での伝染病の流行であれ、あらゆる戦争にともなう危険と直面したことだ。(中略)東京の売春所の契約を前線の契約にするためには変更を加えることが必要だった。最も基本的な契約の変更、つまり、かなり短い年季(契約期間)である。慰安所が前線にあるということに伴うあらゆる危険を反映させて、年季はたったの2年になっていた。日本本土における典型的年季が6年で、朝鮮における年季が3年だったことを思い起こしてほしい。ミャンマーの数人の朝鮮人慰安婦は、半年から1年の年季で働いた。(6頁)」

 ラムザイヤー教授は1991年の「芸娼妓契約−性産業における『信じられるコミットメント』」ですでに日本の公娼・私娼制度について論述し、それを踏まえて今回の論文を書いており、上の記述からも慰安婦と一般の公娼・私娼とを混同しているとは言えないのではないか。

【3】「論文は女性が騙された可能性を否定している、あるいはそのようなケースを無視している」という批判について

 これも【2】に似ているが、自発的に公娼になった女性と、業者や親に騙された女性をごっちゃにしていないか、という指摘である。

 しかし論文では、以下のように、かなりの朝鮮人女性が騙されていたことに触れたうえで、問題視している。

「朝鮮は日本とは違った問題を抱えていた。それは、職業的周旋業者の一団で、彼らは長年騙しのテクニックを用いてきた。1935年朝鮮の警察の記録では日本人が247人、朝鮮人が2720人検挙された。(中略)1930年代後半に朝鮮の新聞は11人の周旋業者のグループが50人以上の若い女性を売春所に売り飛ばしたと報道した。(中略)」

「何の問題であったのかを確認しよう。政府―朝鮮総督府であれ日本政府であれ―が女性たちを売春所に無理やり入れたという問題ではなかった。日本軍が詐欺師の周旋業者と組んでいたという問題でもなかった。周旋業者が日本軍の慰安所をお得意様にしていたという問題でもなかった。問題は、朝鮮半島内の朝鮮人周旋業者が何十年にもわたって若い女性を騙して売春所に売り飛ばしていたことだった。(5頁)」

 これを読むと、女性は契約を結んで慰安婦になったという主張と矛盾するではないかと思うかもしれないので説明を加える。

日本の官憲もグルだったと主張するが

 ここで女性を騙したといっているのは、主として女性が親権者によって周旋業者に引き渡されるまでの段階のことである。

 また、騙す内容も、女性が慰安婦ではなく、別の仕事をするのだと、周旋業者または親権者が騙したということである。

 慰安婦制度においては、契約内容、すなわち前渡し金、年季、住居費・食費の負担、料金、女性が得た収入の経営者と女性の取り分、医療費の負担は、騙された女性も、承知していた女性も、変わらなかった。

 とくに重要な年季、料金、取り分、医療費は日本軍が決めていた。この点は念を押しておく。

 たとえ、女性が知らなかったとしても、彼女を引き渡した親権者は、少なくとも、前渡し金と年季については知っていて、同意したはずである。

 だが、批判者がいうように、女性自身に関して言えば、彼女たちの契約の理解のレベルはケースバイケースで違っていて、騙されなかった女性もみな通常の「自発的合意」モデルにあてはまらないことは確かだ。

 とはいえ、女性たちは慰安所に到着するまでに、騙されたことに気付く機会はあった。

 それでも、やはり周旋業者が嘘をつき、脅して慰安所まで連れて行った可能性はある。

 また、女性がたとえ途中で気付いたとしても、もうどうにもならないと思っただろう。

 可能性としては、自分は騙されたと官憲に告げて、親元に返してもらうということもあり得るが、それができた女性はまずいなかっただろう。

 女性がなかなか拒否権を発動できなかったというのは事実だ。

 こうした目に遭った女性の被害に思いを馳せ、このようなことが繰り返されないようにすることは極めて重要である。

 ただし、そもそも、このように騙すということは、当時の法律でも犯罪行為だったことは忘れてはならない。

 ラムザイヤー教授が論文の他の部分で指摘しているように、日本軍は「陸軍省副官発北支那方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒、陸支密第745号 軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」(1938年3月4日付)などで、このような周旋業者が女性を騙したり、誘拐したりすることがないように取り締まりを強化するよう警察など官憲に通達していた。

 つまり、朝鮮の周旋業者は、当時の法律に照らしても違法に、日本軍の通達などに反して、女性たちを騙していた。

 これこそが問題の本質だとラムザイヤー教授は強調している。

 これについてはYou Tubeコンテンツ「河允明事件で見る植民地朝鮮の人身売買市場」が参考になる。

 批判する側の立場は「日本の官憲も業者が悪質な行為で女性を集めていたことも知っていた。完全にグルだった」という主張なのだが、少なくとも上のような一次資料はこれを否定している。

「これまでに日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」(外務省)というのが日本の正式な見解である。

 なお、上記の日本軍の文書は、吉見義明元中央大学教授が「発見した」といっているものである。『慰安婦と戦場の性』の著者秦郁彦氏は、よく見かけた文書なので、「発見」とまでは言えないと言っている。

ゲーム理論を誤って当てはめていると批判

【4】「ラムザイヤー論文がゲーム理論を誤って慰安婦制度に当てはめている」という批判について

 これも前述のチェ教授らの批判声明にある指摘である。

 ラムザイヤー教授は、慰安婦制度は以下のようにゲーム理論で合理的な説明ができると記述している。

「契約自体はクレディブル・コミットメントというゲーム理論の基本的原則に従っていた。慰安所のオーナー(日本軍ではなく)は沢山の新しい売春婦、それもほとんどは日本と韓国からの売春婦を雇用した。慰安所のオーナーが将来の収入を大げさに言う動機を持っていることを知っているので、女性たちはかなりの額の前渡し金を欲しがる。オーナーはこの要求を呑む。前線に向かうことを知っているので、彼女たちは最長の勤務時間を望む。オーナーはこの要求を呑む。その代わり、彼女たちが目の届かないところで仕事を怠けることを知っているオーナーは一生懸命働くような年季を望む。彼女たちはこの要求を呑む。これが相まって、まとまった額の前渡し金と1年か2年の年季とが組み合わされた年季契約が結ばれた。戦争の最後の月まで、女性たちは年季を勤め上げるか、借金を年季前に払い終えるかして、故郷に帰ったのだ。(8頁)」

 ここで述べているのは、平たく言えば、当時この制度に関わっていた人たちがどのように損得を考えたうえで、「契約」を結んでいたか、ということである。

 前渡し金、勤務時間、年季契約などはそれぞれの関係者の思惑が複雑に絡み合って決定された。その仕組みを説明しようという試みだと読める。

 現代の目で見て慰安婦制度そのものを絶対悪だと考え、それ以上の説明などを求めない立場の方からすれば、このような試みが許せないのだろう。

 しかし、前述のように、慰安婦女性自身は騙されていた可能性もあるが、一方で女性の親と業者には一定の取り決めがあったのは間違いない。

前渡し金や年季についての取り決めが行われていたのである。

 論文は、なぜその取り決めができ、どのように機能していたかについての考察である。

 それらが道徳的に見てどうかという点については触れていない。

 このような形での分析そのものに感情的に反発をする方がいることは想像に難くない。

「昔の人間は人権意識が希薄で、粗野で乱暴だったから、あのようなことをしたのだ。許せない。断罪すればそれでよい」と考える方もいることだろう。

 一方で「人間はどのような場合に、あのようなことをするのか。粗野で乱暴なことを繰り返さないためには、慰安婦制度の仕組みを詳しく分析しよう」という考え方もあってしかるべきではないだろうか。

 そうした分析は、次の悲劇を防ぐことにつながる。

 論文はそのスタンスで執筆されているように筆者には読めた。

 ゲーム理論については筆者の専門から外れるので、詳しい説明が欲しいという方は、以下のURLの解説を読んでいただきたい。

 とくにゲーム理論があてはまるかどうか疑問に思う方は、2番目の「芸娼妓契約−性産業における『信じられるコミットメント』」を読むしかない。これは、曽野裕夫北海道大学法学部教授がIndentured Prostitution in Imperial Japan: Credible Commitments in the Commercial Sex Industry, Journal of Law, Economics, & Organization Vol. 7, No. 1, Oxford University Pressを日本語に翻訳したもの。なかでも、2の「訳者あとがき」の「信じられるコミットメント」の解説603〜607頁はわかりやすい。

1.ハーバード大ラムザイヤー教授 論文 1991年「芸娼妓契約−性産業における信じられるコミットメント」、2021年「太平洋戦争における性サービスの契約」 | なでしこアクション Japanese Women for Justice and Peace (www.nadesiko-action.org)

2.「芸娼妓契約 −性産業における『信じられるコミットメント』」『北大法学論集』44号 芸娼妓契約 −性産業における「信じられるコミットメント (credible commitments)」(www.hokudai.ac.jp)

戦争責任について触れていないと批判

【5】「ラムザイヤー論文の引用にミスがある」という批判について

 韓国メディアは、論文に引用のミスがあり、同僚のソク・ジヨン教授に指摘されて認めたという報道をしている。

 私は該当するミスがどこにあるのか見つけられなかった。

 もし、引用の誤りがあるのならば、どの文献のどの箇所を論文のどこに不適切に引用してあるのか具体的に指摘したほうがいいのだが、現時点ではどこなのかわからない。

 ミスと言えるものとしては、ラムザイヤー教授は論文の4頁で、「おさき」の「親方」を“her owner”「彼女の持主」と訳している。“owner of her brothel (売春宿のオーナー)”などにすればミスだという指摘もされずに済んだだろうが、些末な問題のように思える。

【6】「論文が日本の戦争責任について書いていない」という非難について

 論文は日本の戦争責任については言及していない。慰安婦制度を作ったことについての日本政府および日本軍の責任についても記述していない。

 しかし、それは論文の目的が異なるからである。

【4】で述べたように、論文の目的は慰安婦制度のなかの「契約」の分析である。

 彼の論文を熟読し、理解したうえで、読者が「日本に戦争責任がある、慰安婦制度を作ったことに責任がある」と思うならば、それはその人の自由だ。

 おそらくその読者は歴史上のいろいろなことを考慮に入れてその結論に至っているのだろうから、ラムザイヤー論文を読んだからといって変わるものでもない。

 ただ、その人が「日本に戦争責任がある。慰安所を作ったことに責任がある」と思うならば、それで終わるのではなく、どの部分でどのような責任があったのか、他国や他国の軍とくらべて、その責任はどうだったのか、自分の持っている常識と知識を再点検しつつ、新しい知識を取り込みつつ、もう一度考えてみることをしてもいいのではないか。

 そのような再点検と再考のきっかけになれば、ラムザイヤー教授も論文を書いた甲斐があったと感じるのではないか。

 最後に念を押しておくが、筆者は慰安婦制度を肯定していないし、現代の目から見て問題があるという意見ももっともだと思う。

「日本としては、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻み続け、21世紀こそ女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、リードしていく決意」(2015年内閣総理大臣談話)という日本国の方針に何の異論もない。

有馬哲夫
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など

デイリー新潮取材班編集

2021年3月31日 掲載