アジア安全保障会議(シャングリラ会合)で尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の米中二股外交が鮮明になった。『韓国民主政治の自壊』(新潮新書)を上梓した韓国観察者の鈴置高史氏が新政権の「親米従中」を読み解く。

日米韓の軍事訓練が復活?

――日米韓の3カ国が共同軍事訓練を再開します。

鈴置:そう報じられましたが、過大評価すべきではありません。韓国が本気で海洋勢力側に戻ったわけではないからです。

 6月11日、シンガポールで開催されたシャングリラ会合に参加した機会を生かし、日米韓の国防相が会談しました。ミサイル発射を繰り返し、核実験再開をほのめかす北朝鮮を牽制することで3カ国は合意しました。

 防衛省が発表した「日米韓防衛相会談共同声明」(2022年6月11日)から「共同軍事訓練」部分を引用します。

・3か国の閣僚はさらに、3か国によるミサイル警戒及び弾道ミサイル探知・追尾訓練の実施及び北朝鮮による弾道ミサイル発射に対処するための3か国によるさらなる活動を具体化することにコミットした。

 日本のメディアは「日米韓が対北牽制でスクラムを組む」とのノリで伝えました。日経・電子版の見出しは「対北朝鮮ミサイル訓練再開 日米韓防衛相、台湾にも言及」(6月11日)でした。

 当然のことながら、共同声明の中身は米国防総省の発表(英語)、韓国国防部の発表(韓国語)ともに同じです。しかし、発表直後から韓国の「サボタージュ」が始まりました。

 李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防部長官が韓国メディアに「共同訓練は実施訓練ではない」と強調したのです。聯合ニュースの「韓米日3国国防長官会談…ミサイル警報訓練・追加措置を論議(総合)」(6月11日、韓国語版)を引用します。

・彼[李鐘燮長官]は「韓米日軍事訓練に関しては包括的な水準で論議した」とし「ミサイル警報訓練や弾道弾追跡・監視(訓練)などに対し具体的な話をした」と説明した。
・しかし李長官は、各国の兵力を1カ所に集め動かすという3国の共同軍事訓練に関しては「韓米軍事訓練と韓米日軍事訓練は異なる」と述べ「別に接近せねばならない」と線を引いた。

「3NO」で金縛りの尹錫悦

――日本を含む共同の実地訓練はしない、と宣言したのですね。対北圧力を弱めるような発言をなぜするのでしょうか?

鈴置:中国の顔色を見たのです。韓国は文在寅(ムン・ジェイン)政権時代に中国との間で「3NO」(三不)を約束しました。基本的には在韓米軍基地へのTHAAD(地上配備型ミサイル防衛システム)配備をこれ以上認めない、との誓約ですが、「日米韓の3国同盟につながる動きもしない」とも約束しているのです。

 尹錫悦政権に左派政権が約束した「3NO」を破る度胸はありません。当選直後から「韓米日の共同軍事訓練はしない」と表明しています(「『米国回帰』を掲げながら『従中』続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。

 だから「北朝鮮の核実験は今日か明日か」という煮詰まった状況になった今でも、3国共同声明に冷や水をかける発言をするのです。

 今回の会談でもL・オースチン(Lloyd Austin)米国防長官から3カ国の軍事協力の強化に応じるよう圧力をかけられたでしょうが、それにも屈せず中国にゴマをスリ続ける……。保守政権になっても「韓国の従中」には変化がないことが明らかになりました。

IPEFと同じ「裏切り」

「中国へのおべっか」は日本との共同訓練問題だけではありません。韓国国防部は韓国の記者団に「ミサイル警報に関わる3国の共同訓練はずっと続けてきており、別に目新しくもない」とも説明したのです。先に引用した聯合の記事から翻訳します。

・韓米日3国のミサイル警報訓練は四半期ごとに実施されてきたが、2018年以降は南北米の和解ムードを考慮し、訓練の事実を外部に公開していないことが明らかとなった。

 韓国は中国に対し「3カ国の共同訓練は継続中であり、再開するわけではない」と言い訳したのです。先に引いた日経の記事によると、日本の防衛省は「日米韓は2016−2017年に弾道ミサイルの情報共有などの共同訓練を計6回開いたが、2017年12月を最後に途絶えていた」と説明しています。事実関係が180度異なります。

 中国包囲網を目指すIPEF(インド太平洋経済枠組み)の結成会議にリモート参加した尹錫悦大統領が「開放性・包容性・透明性の原則」を訴えたのと同じ構図です(「『東アジアのトルコ』になりたい韓国、『獅子身中の虫』作戦で中国におべっか」参照)。

 米国に命じられて反中的な動きに加わっても、中国に対しては「米国の言いなりにはなりません」と揉み手する。韓国は保守の尹錫悦政権になろうと、文在寅政権の「反米従中」から「親米従中」に変わっただけなのです。

 韓国でも「中国を排除するためのIPEFを開放的に運営する」なんてことがあり得るのか――と、尹錫悦外交の二股ぶりが危険視されています。

 中央日報のユ・ジヘ外交安保チーム長が朴振(パク・ジン)外交部長官に単独会見した際、そこを突きました。朴振長官は「中国が新しい規範に適応して参加すれば中国にも開放されている」などと、苦しい言い訳に終始ました。「〈インタビュー〉韓国外交長官『韓日の懸案解決、包括的に』(1)」(6月13日、日本語版)で読めます。

うやむやのTHAAD公約

――尹錫悦大統領は選挙期間中に「中国に対する毅然とした姿勢」を訴えていました。

鈴置:THAADに関しても公約しました。韓国北半分を守るTHAADの配備です。在韓米軍のTHAADが南半分しかカバーできないので、韓国軍として独自に導入する、と約束したのです。もっとも、この公約はうやむやになっています。「3NO」に違反する可能性が高く、中国が許すはずがないからでしょう。

 公約ではないのですが、在韓米軍のTHAAD基地の「正常化」にも動くと報じられていました。文在寅はその前の朴槿恵(パク・クネ)政権が米国に認めた配備を忌み嫌い、環境影響評価の結論を任期中の5年間、出さず仕舞いでした。

 韓国の自称・市民団体はこれを盾に在韓米軍基地を封鎖し続け、機材の搬入を阻止しています。このため、THAADを運用する米兵は劣悪な居住環境の下、勤務しています。オースチン氏を含む米国防長官は韓国政府に繰り返し「正常化」を求めてきました。

 そこで「親米」を売りにする尹錫悦政権は「正常化」を掲げましたが、これも怪しくなってきました。シャングリラ会合を利用し6月10日に中韓国防相会談も開かれました。朝鮮日報は「韓中国防長官、THAAD問題など論議」(6月11日、韓国語版)で以下のように報じました。

・現政権が「正常化」の意思を明らかにした慶尚北道・星州の在韓米軍のTHAADに関しても、中国側はこの日の会談で憂慮の立場を表明したという。

 韓国国防部はこの問題に関し「今は語れない」とコメントを避けていますが、中国側を説得できなかったのは明らかです。「3NO」の読み方次第では、韓国は配備済みのTHAAD基地も追い出す必要があるのです(「『米国回帰』を掲げながら『従中』続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。

 韓国では在韓米軍基地の正常化も先送りになると見る向きが多い。中国は経済的な報復も示唆していますから、THAADでも尹錫悦政権は「言うだけ番長」に終わるというのです。

屈従外交は止めよ

――腰砕けの尹政権。保守から批判は起きないのでしょうか?

鈴置:親米への回帰を期待していた外交関係者からは、すでに懸念の声が漏れていました。外交官OBであるイ・ヨンジュン元北朝鮮核問題担当大使が朝鮮日報に「[朝鮮コラム The Column]外交・安保政策の正常化は今、始まったばかり」(6月10日、韓国語版)を寄稿しました。最初の段落にはこうあります。

・危機に瀕していた国家安保の復元と、中国・北朝鮮に対する屈従政策の清算という重い課題を課せられていた外交・安保分野でも静かな変化の風が吹き始めた。

 昔は外交部の保守本流だった親米派にすれば、左派政権の「反米従中親北」外交は我慢がならない。寄稿には保守政権に戻った喜びがあふれています。でも、手放しでは喜んでいません。

・それにもかかわらず、外交・安保政策の正常化の核心である対中国・対北朝鮮政策の変化は今、始まったばかりだ。越えねばならぬ大きな山が残っている。
・対中国屈従外交の象徴である「3NO」はまだ、健在である。ことに対中自主外交と北核への対応の核心事項であるTHAADの追加配備が断行されるフシがない。

 韓国人のプライドが「3NO」の破棄と、THAADへの干渉排除にかかっていることが良く分かる論説です。ちなみに、これが載ったのは中韓国防相会談の当日朝。「越えねばならぬ大きな山」に跳ね返された尹錫悦政権を見て、イ・ヨンジュン元大使ら親米派は肩を落としたに違いありません。

「親米」で失点なら「卑日」

――コアな支持層から不興を買った尹錫悦政権の外交担当者はどう対応するのでしょうか?

鈴置:対日外交で得点を上げ「対米」の失点をカバーする、という手があります。岸田文雄政権に歴史問題で謝罪させるのです。「卑日」政策は一般の国民も喝采を叫ぶでしょうし、外交関係者ら「プロ筋」からも大いに評価されます。

 韓国は「政権が変わるたびに日本に謝罪させる」という利権を失ってしまったからです。国交正常化以来、韓国の外交官は謝罪させることで優位に立って対日外交を進めてきたのに、2015年の慰安婦合意でその武器を安倍晋三政権に取り上げられてしまった。外交関係者とすれば当然、尹錫悦政権に取り戻させたい。

 5月26日、国際会議「アジアの未来」にリモートで参加した尹徳敏(ユン・ドクミン)次期駐日大使の発言が、韓国外交界の本音をのぞかせています。中央日報「駐日韓国大使に内定の尹徳敏氏『強制徴用、韓国政府が代わりに弁済するのも方法』」(5月27日、日本語版)から引用します。

・[尹徳敏氏は]日本と葛藤しているもう一つの歴史問題、慰安婦問題に対しても遺憾を表した。2015年慰安婦合意に関連して「問題に対する責任がある日本側で、その後『お金ですべての問題が終わった』というような発言が出てきたことから世論が大きく悪化して状況が変わった」と説明した。補償と謝罪は被害者の名誉回復と治癒のための過程の一環にすぎないのに、日本側が補償ですべてのことが終わったと考えることが問題だったという解釈だ。

 韓国の外交専門家とすれば、慰安婦など歴史問題が解決しては困るのです。日本に優位に立てる材料がなくなるからです。そこで日本がいくら謝罪しようと「心がこもっていなかった」と再び謝罪を要求する――。古典的な手口です。

謝罪の「打ち出の小槌」

 この記事の見出しにある「代わりに弁済」も韓国が仕掛けた罠です。自称・徴用工に対する「韓国政府の代位弁済」というスキームに日本政府が同意すれば、「植民地支配は不当だったと日本が認めた」証拠に仕立てる作戦です。

 日本政府は、徴用は――植民地支配は合法と主張してきました。一方、韓国の最高裁の判決は「不当な植民地支配の下、働かされたからカネを払え」との論理です。誰が弁済しようと、日本政府が弁済による解決を認めた瞬間、「植民地支配は合法」との主張にヒビが入るのです。

「代位弁済」という、いかにも韓国側がすべて面倒を見るような解決方式を持ち出し、日本の外交的な主張を突き崩す――。「不法な植民地支配」をいったん認めさせれば、新たな「謝罪の打ち出の小槌」にできます。普通の韓国人からも大いに受けるでしょう。

――なぜ今になって「植民地支配の不当性」を認めさせようとするのでしょうか。

鈴置:韓国人は今、経済成長と民主化に成功して一流国家になったと胸を張っています。ただ、「一流」を謳うには「植民地だった過去」が邪魔になります。何とかして消し去りたいのです。この心情は『韓国民主政治の自壊』第1章第1節で詳しく説明しています。

 日本を嵌めようとする「やり手」が駐日大使になるというのに、日本の新聞には「尹徳敏待望論」が載ったりします。産経新聞の新大使の任命記事(6月8日)の見出しは「韓国駐日大使に尹徳敏氏」「日韓関係修復の切り札」「冷静な分析力」「北問題にも精通」の4本でした。

日韓議連も推す「共同宣言」

――日本はまた謝罪するのでしょうか?

鈴置;それを狙い韓国は「共同宣言の罠」も仕掛けています。尹錫悦政権はしきりに「1998年の日韓共同宣言の精神で関係改善を図ろう」と持ちかけてきます。

 日本人の多くは金大中(キム・デジュン)政権が日本文化開放に踏み切る契機となった宣言として覚えているでしょう。でも、韓国人にとっては「小淵恵三首相が植民地支配を謝罪した宣言」なのです。

「あの、日韓関係を劇的に改善させた共同宣言をもう一度やろう」と持ちかけ岸田政権に合意させれば自動的に、日本はまた謝罪することになるのです。「韓国で政権が変わるごとに日本は謝罪する」慣例の復活にも道を拓きます。

――そんな見え透いた罠に日本が引っかかるのでしょうか?

鈴置:日韓議員連盟の幹事長を務めた河村建夫・日韓親善協会中央会会長は週刊朝鮮のインタビュー「[単独]日韓親善協会会長『岸田、韓日首脳会談の早急な実施を待つ』」(5月15日、韓国語版)で次のように語りました。

・(「尹錫悦大統領に日本はどんな期待をしているのか」との質問に答え)パートナーシップ宣言[1998年の日韓共同宣言]の精神に再び戻るよう努力して下さることを期待する。日本側もこれに呼応することが重要だ。(尹大統領が)パートナーシップ宣言を発展させる提案もして下さればいい。日本側もそんな提案には応じるだろう。

 河村会長から日韓議連幹事長を引き継いだ武田良太・前総務相も毎日新聞のインタビュー記事「そこが聞きたい 尹政権と日韓関係 正常化に向け双方努力」(6月7日)で、以下のように語りました。武田前総務相は5月10日の大統領就任式に参加し、尹錫悦大統領と会談しています。

・日韓関係が最も良好だった1998年の「日韓共同宣言」のころに戻すべきだという共通認識を確認できた有意義な会談だった。

 少なくとも日韓議連では「新たな日韓共同宣言」は既定路線になっているのでしょう。毎日新聞が武田前総務相のインタビューをオピニオン欄で大きく報じたところから見て、「新・日韓共同宣言論」は日本の左派メディアの定番になっていく可能性が大です。

「米国に怒られるぞ」

――しかし日本には、親韓派への警戒感も根強い。

鈴置:確かに、自民党の外交部会などは岸田政権の「前のめり」を警戒しています。こうした「対韓原則派」ともいうべき政治家を孤立させようと、韓国は「日韓首脳会談を早急に開かないと米国に怒られるぞ」との情報を流しています。とにかく首脳会談を開き、人のいい岸田首相に共同宣言を呑ませてしまおう、との思惑でしょう。

――「首脳会談に応じないと米国に怒られる」のでしょうか?

鈴置:それは偽情報です。冒頭で述べたように「尹錫悦政権の二股外交」が明白になりました。米国自身が韓国を疑いの目で見ています。米国の外交関係者は聞かれれば「日韓関係の改善を望む」と答えます。だからといって米国を平気で裏切る尹錫悦政権をバックアップするつもりはありません。

 米国は韓国には冷ややかに対応していくでしょう。日本もそれに合わせ、韓国に過剰な期待を抱かず、冷静に応じていけばいいだけなのですが……。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。6月17日に『韓国民主政治の自壊』(新潮新書)が刊行予定。

デイリー新潮編集部