2023年の幕開けと同時に、またまた「お粗末なロシア軍」の実状が報じられた。テレ朝newsは1月4日、「死者89人に ウクライナ軍『ハイマース』でロシア軍拠点を攻撃」の記事を配信、YAHOO!ニュースのトピックスにも転載された。担当記者が言う。
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「注意が必要なのは、テレ朝の記事だけでは事態の全貌が分からないということです。同社の報道姿勢に問題があるというのではなく、情報が錯綜したことがその原因でした。ウクライナ側は戦果を過大に発表した可能性があり、ロシア側は限られた情報しか出しませんでした。各社はファクトチェックを厳密に行わざるを得ず、欧米の主要メディアも慎重な報道に終始しました」
では、各社の報道を精読してみよう。情報が錯綜したことで細切れになった記事を繋ぎ合わせるだけでも、かなりの実状が浮かび上がってくる。
「テレ朝の記事はロシア国防省の発表をそのまま伝えました。それによると、12月31日にドネツク州マキイウカのロシア軍施設が攻撃を受け、89人の戦死者が出たとのことです。攻撃したウクライナ軍は、高機動ロケット砲システム『ハイマース(HIMARS)』を使ったことが分かっています」(同・記者)
ロシア軍が自軍の被害や戦死者数を発表するのは珍しい。世界の主要メディアも「まずは国防省の発表を報じよう」と類似の記事を配信した。
親露派も軍を批判
「加えてテレ朝は、《ロシアの独立系メディアが建物にいたのは動員兵だったと報じました》と補足しています。動員兵=徴集兵は、正規兵に比べて練度や士気が低いことで知られています。それが原因で多数の死者が出た可能性が高いため、国防省の発表とセットにして報じたのでしょう」(同・記者)
ドネツク州マキイウカはウクライナの東部に位置する。今回の戦争が起きる前から親ロ派勢力が掌握していた地域だ。そして一部のネットメディアは、《最前線から20〜30キロほどしか離れていない》とも報じている(註)。
「欧米の記者や専門家だけでなくロシア国内でも、『HIMARSの直撃を受けたはずなのに死者が少なすぎる』と疑問に感じた人は多かったようです。そこでアメリカのニュース専門チャンネルCNNは、ロシアのネット上で拡散されている情報に注目しました」(同・記者)
CNN.co.jpは1月3日、「ウクライナ軍の攻撃でロシア軍に多数の死傷者か、弾薬庫が爆発」の記事を配信した。
「テレ朝は《ロシア軍の建物》と報じましたが、CNNによると《専門学校の建物》だそうです。ここに多数の徴集兵が集められていました。ウクライナ軍は《ロシア軍の死者は約400人、負傷者は300人》と主張。一部の親ロシア派軍事ブロガーでさえ、《ロシア軍の死傷者数は数百人に上る可能性がある》と指摘しました」(同・記者)
携帯電話が原因!?
なぜ400人もの戦死者が出たのか──CNNはHIMARSのロケットが弾薬保管庫を直撃した可能性に触れた。
「興味深いことに、弾薬保管庫の情報も親ロシア派の軍事ブロガーがネット上に書き込んだようです。親ロ派が公然と軍を批判したのですから、これも非常に珍しいと言っていいでしょう。CNNによると、ブロガーは《大量の弾薬の保管庫の隣に宿所を与えられていたようだ》と部隊の安全管理が杜撰だったことを明らかにしました。徴集兵が中心の部隊だと、防御の意識さえ希薄なのかもしれません」(同・記者)
さらに珍しいことが続く。ロシア国防省が「自軍兵士のミス」を認めたのだ。これに着目したのがイギリスの公共放送BBCだ。
「BBC NEWS JAPAN」は1月4日、「ウクライナ東部でミサイル砲撃死ロシア兵は89人に、兵の携帯電話利用が原因とロシア軍」との記事を配信した。
「ロシア軍は兵士たちに、“携帯電話の使用禁止”を命じていたそうです。ところが、専門学校に集まった徴集兵は命令を破り、携帯電話を使った。それをウクライナ軍が探知して場所を割り出し、HIMARSによる狙い撃ちに成功した──これがロシア国防省の説明でした」(同・記者)
規律なき徴集兵
だが、ロシア国防省の説明は、大損害を出した責任を末端の兵士に押し付けようとした可能性もあるという。
「BBCはその点に配慮し、《ロシアのコメンテーターや政治家の間には、軍の失態を批判する声も上がっている》と報じています。国防省の発表をそのまま報じると、ミスリードになってしまう可能性があり、それを防ごうとしたのでしょう」(同・記者)
ただし、ここで疑問が浮かぶ。「兵士が携帯電話を使うと部隊の位置が特定される」というのは本当なのだろうか。
疑問に思った読者も少なくなかったようだ。BBCは翌5日、「【解説】ロシア兵の携帯電話使用で位置を特定し得たのか ウクライナの砲撃」との続報を配信した。
この解説記事でBBCは、《ウクライナとロシアの双方の軍が共に、携帯電話の位置を追跡する能力を持っている》と伝えた。
「例えばウクライナ軍の場合、ロシアの将軍が使っていた携帯電話を割り出し、位置を特定して殺害に成功したそうです。BBCは『機密保持のため、兵士が携帯電話を使うことに制限を課すのは当然』とした上で、徴集兵が中心の部隊で携帯電話が普通に使われていたとしたら、著しく規律が緩んでいる可能性があると指摘しました」(同・記者)
本当の原因はパーティー情報
複数のメディアが報じた記事を精読することにより、次第に事態の全貌が明らかになってきた。やはりと言うべきか、ロシア軍の実状は相当に酷いことが分かる。
ところが、である。まだまだ大手メディアが報じていない驚愕の事実があるのだ。HIMARSの狙い撃ちが成功した理由について、もっと“根本的な原因”がネット上で拡散している。
「専門学校は軍の宿舎として使われており、徴集兵は新年を祝うパーティーを開いていたというのです。そこにミサイルが直撃し、多数の死者が出たという情報がネット上で拡散しました。出所はウクライナやロシアのSNSなどで、パーティー中と思われる写真も投稿されています。日本でも一部のネットメディアが記事にし、ロシアに詳しい専門家もある程度の信憑性を認め、その内容をネット上で紹介しました」(同・記者)
軍事ジャーナリストも「既に昨年末の時点で、『宿舎で新年パーティーを開く予定』とSNSなどに投稿していたようです」と呆れ返る。
「宿舎は最前線から20〜30キロしか離れていません。HIMARSどころか榴弾砲でさえ射程距離は20〜40キロです。こんな危険な場所でパーティーを開くこと事態があり得ない。それがパーティーの情報を事前にSNSで拡散させたというのですから、何をか言わんやです。普通の軍隊なら考えられません」
アメリカ軍の休息ルール
ロシア軍に限らず最前線の近くに駐留する部隊は、手元に武器や弾薬を置きたがる傾向があるという。
「そこにミサイルが直撃したら、たとえアメリカ軍でもかなりの被害が出るのは避けられません。だからこそ部隊の現在地は機密情報として扱われるのです。これは軍事作戦における“イロハのイ”ですが、被害を受けたロシア軍の部隊は基本的なことさえできていなかったことになります」(同・軍事ジャーナリスト)
兵士や士官も人間だから、息抜きが必要なのは当然だろう。だが、それを最前線で行うというのも軍隊の常識では考えられないという。
「アメリカ軍はベトナム戦争ではタイで、湾岸戦争ではカタールで兵士を休ませました。一定の期間が経つと、本国にも一時帰国させます。戦地、近隣国での休息、本国への一時帰国、これをローテーションするのです。ロシア軍の場合、モスクワ近くの部隊なら新年のパーティーを許可してもいいでしょう。しかし、最前線に駐留するマキイウカの部隊には、臨戦態勢を取らせるべきでした」(同・軍事ジャーナリスト)
情報源は「人間」の可能性
こうした事実を繋ぎ合わせると、ロシア国防省の「兵士が携帯電話を使ったのが原因」という説明は、やはり責任転嫁の可能性が高いという。
「ウクライナ軍が携帯電話の電波をチェックし、『大晦日の晩、多数のロシア兵が特定の地域で携帯電話を使っている』ことをキャッチするのは可能でしょう。とはいえ、その情報を得てから急いでHIMARSを手配し、移動させ、照準を合わせてミサイルを発射するとなると、なかなか簡単なことではありません」(同・軍事ジャーナリスト)
HIMARSの動きを考えると、ウクライナ軍が事前にパーティーの開催を把握していたと見るのが自然のようだ。
「以前から親ロシア派が掌握している地域だとしても、反ロシア派の住民も残っているでしょう。ロシア軍の動きを察知しようと、ウクライナのスパイも活動しているはずです。そもそもパーティーの開催を事前に明かすような部隊ですから、誰でも情報を掴み、ウクライナ側に通報できたに違いありません」(同・軍事ジャーナリスト)
情報提供を受けたウクライナ軍はHIMARSを極秘裏に移動。狙い撃ちの準備を着々と進めたと考えられる。
死者に責任転嫁
状況証拠もある。何しろHIMARSのミサイルが宿舎に着弾したのは、モスクワ時間で午前0時1分だったことも判明している。ロシア軍が新年を迎えた瞬間を狙ったと考えるのが自然だろう。
パーティー中のロシア軍を壊滅させようと、ウクライナ軍は事前に入念な作戦計画を立てていたのだ。さらに大晦日の当日は、アメリカの軍事衛星やドローンの情報も活用した可能性があるという。
「最後の補完的な情報として、携帯電話の発信状況、位置情報などを参考にしたかもしれません。しかし、メインの情報ではなかったでしょう。いずれにしても、ウクライナ軍は新年早々、劇的な戦果を挙げました。ウクライナ軍の士気は高揚するでしょうし、ロシア軍は文字通りの赤っ恥を世界に晒しました」(同・軍事ジャーナリスト)
ロシア国防省が異例の発表を行ったのも、あまりに軍の実態がお粗末だということと関係があるという。
「ロシア国内でも、軍を疑問視する声が沸騰しました。その全てが正論です。ロシア軍が沈黙を続けても、世論は沈静化しないと考えたのでしょう。自分たちにとって都合のいい事実を小出しに発表することで、現場の徴集兵に責任転嫁を図ったのだと考えられます。まさに『死人に口なし』です」(同・軍事ジャーナリスト)
註:ロシア軍年越しパーティ中に攻撃され、兵士400人が戦死か(ミリレポ:1月3日)
デイリー新潮編集部