バイデン米大統領は3月17日、米連邦議会で開かれたアイルランドの守護聖人の記念日「聖パトリックの日」のイベントで、共和党のマッカーシー下院議長らに「国民から見て今ほど政治が分裂していたことはないと思うが、共通点を見いだせない理由はない」と協調を呼びかけた。

 目下の懸案は財政政策だ。

 米国では財政規律の観点から、議会が政府の債務残高の上限を設けているが、実際の債務残高は既に上限を超えている。

 年央までに上限が引き上げられなければ、政府は債務不履行(デフォルト)を宣言しなければならなくなるが、そのような事態が生じれば、世界経済が大混乱するのは確実だ。

 だが、その可能性は日を追うごとに高まっていると言わざるを得ない。

 バイデン大統領が3月9日に発表した2024会計年度(23年10月〜24年9月)予算教書に対し、下院で多数を占める共和党は「国民の誤解を招く内容だ」と批判しており、両党の溝は深まるばかりだ。

 両党は、3月に起きた一連の銀行破綻についても責任の押し付け合いをしている。

 民主党が「トランプ前政権時代の規制緩和が地方銀行の安定を損ない、今回の事態を招いた」と主張したのに対し、共和党は「バイデン政権下の連邦銀行の監督の失敗のせいだ」と真っ向から反論している。

ウクライナ支援でも対立

 共和党はバイデン政権のウクライナ支援にも我慢がならなくなっている。

 来年の大統領選で共和党からの出馬が取り沙汰されているフロリダ州のデサントス知事が「ウクライナ戦争への関与は米国にとって重要な国益ではない」との認識を示したことで、共和党の指名候補争いはウクライナ支援の是非が争点になるとの見方が広まっている。

 このように、連邦レベルでの民主・共和両党の対立は今や当たり前になっているが、気になるのは州レベルでも共和党の抵抗が激化していることだ。

「反ESG投資」の共和党

 その傾向が最も顕著になっているのがESG投資だ。

 ESG投資とは環境・社会・企業統治の向上を目指す投資のことだ。投資判断に非財務的な要素を取り入れ、銃や化石燃料などの生産企業への投資を禁止している。

 ウォール街を始め世界の金融業界ではブームとなっているESG投資だが、共和党は「金融機関がその権力を使って、いわゆる『Woke』と呼ばれる社会的正義を重視するエリート主義を助長している」と猛反発している。

 連邦議会では共和党が中心となって「反ESG投資」を決議した(大統領は拒否権を行使)が、州レベルでも「反ESG」の波が起きている。

 共和党が主導する25の州は2月22日、退職年金制度(ERISA)が投資を決定する際にESGの視点を考慮するよう求めるバイデン政権が定めた規制の撤廃を要求した。

 共和党が主導する州では反ESGを理由に金融機関への圧力をかけ始めている。

 テキサス州は今年1月、米金融大手シティグループが銃器産業を差別したため、同社による州内での地方債引き受けをすべて禁止する措置を講じた。

中絶をめぐっても…

 妊娠中絶についても両党のつばぜり合いは激しさを増している。

 ワイオミング州のゴードン知事(共和党)は3月17日、妊娠中絶に使用される経口中絶薬の使用を禁じる州法案に署名した。同法の成立により、薬の処方や販売は「軽犯罪」となり、違反者は最大6ヶ月の禁固刑などが科されることになる。

 今回の法律が成立した背景には今年1月、米食品医薬品局(FDA)が経口中絶薬「ミフェブリストン」の薬局での販売を許可したことがある。

 FDAの規制緩和に危機感を覚えたワイオミング州が対抗措置として講じたのが今回の法律だ。共和党が主導する州で同様の動きが広がることが予想されている。

 米連邦最高裁判所が昨年6月、中絶を合法化した判決を覆して以降、26の州が人工妊娠中絶を禁止・制限した一方、中絶への保険適用を拡大するなど支援を強化した州もある。

 中絶に関する規制を巡り、州ごとの違いがさらに鮮明になった形だ。

コロナ規制を受け“移住”

 他の医療行為も法律で禁止しようとする試みがアイダホ州で始まっている。

 新型コロナワクチンの接種率が全米で6番目に低いアイダホ州で2月15日、新型コロナのメッセンジャーRNAワクチンを投与する行為を軽犯罪とみなす法案が議会に提出された。成立すれば、医療従事者がFDAが認可したワクチンを投与しただけで刑事罰が科される恐れが生じる。

 アイダホ州は保守派の牙城として有名だが、意外にも民主党が主導する隣のオレゴン州からの移住が相次いでいる。厳しいコロナ規制への反発が主な理由だが、注目すべき政治運動も始まっている。その運動とは「州境を移動させ、保守派が強いオレゴン州の東部地域をアイダホ州に組み入れる」というものだ。アイダホ州議会はオレゴン州との州境を変更する提案を正式に審議することを決定した(3月8日付NHK国際報道2023)。

 これまで河川のルートの変化などに伴う州境の変更は行われてきたが、政治的動機に基づく前例は存在しない。オレゴン州議会や連邦議会の承認も必要なため、州境の変更は容易なことではないが、州ごとの規制の違いが顕著になりつつある現状をかんがみれば、州境近辺に暮らす住民が今後、同種の運動を起こす可能性は排除できないだろう。

 専門家は「このような動きが広がれば、米国全体が大混乱に陥る」と警戒しているが、米国の分断に歯止めをかけるのはもはや手遅れなのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部