ロイターは3月24日、「ウクライナ軍、近く反転攻勢 バフムトでロシア軍失速=陸軍司令官」の記事を配信し、YAHOO!ニュースのトピックスに転載された。ウクライナのシルスキー陸軍司令官が《ロシア軍の大規模な冬の攻勢は東部ドネツク州の要衝バフムトを陥落させられないまま失速している》と明らかにしたことを伝えた。

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「バフムトの激戦」と報じられることが多いが、改めて振り返ると、まさに「血で血を洗う」戦闘が長期間にわたって続いていることが分かる。担当記者が言う。

「バフムトはウクライナ東部に位置し、北部の首都キーウとアゾフ海に面した港湾都市マリウポリを結ぶ、文字通り交通の要衝です。2014年、ロシアはクリミア半島を実効支配し、ウクライナはこれに対抗するためNATO(北大西洋条約機構)の助言を受けながら東部の重要都市で要塞化を進めました。その中の1つがバフムトです」

 ロシア軍がバフムトへの攻勢を強めたのは昨年の5月頃。攻撃の主体は民間軍事会社(PMC)のワグネルだった。

 ワグネルの創始者であるエフゲニー・プリゴジン氏(61)は、ウラジーミル・プーチン大統領(70)に近い人物とされている。

「ワグネルは刑務所での“リクルート”を許可され、囚人を兵士にするという奇策に打って出ました。バフムトの戦いで無謀な前進を命じられた囚人兵は、それに従ったためウクライナ軍の砲撃で多数が戦死。ワグネルはその犠牲を利用して敵の砲兵部隊の位置を割り出し、反撃の砲撃を行うという非人道的な作戦を実行したのです」(同・記者)

バフムトの戦略的価値

 ワグネルと同じくロシアの正規軍も動員兵を消耗品として扱い、多大な犠牲を出しながら攻撃を続行する“出血作戦”を進めた。

「こうしたロシア軍の無謀な攻撃を、ウクライナ国防省の幹部は『文字通り味方の死体を乗り越えて前進している』と表現しています。年が明けて今年1月、ワグネルは勝機を見出したのか、最精鋭の部隊をバフムトに投入。ウクライナ軍はバフムト近郊のソレダルから撤退したことを認めました」(同・記者)

 2月に入ると複数のアメリカメディアが「欧米諸国がウクライナ軍に、戦力温存のためバフムトから撤退すべきだと助言している」と報道。だが、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領(45)は「われわれは可能な限り戦う」と撤退を否定した。

「日本の一部メディアは、バフムトが“抗戦の象徴的存在”であるため、ウクライナは引くに引けないとも報じましたが、それはバフムトの戦略的価値を過小評価した分析です。バフムトはキーフとクリミア半島を結ぶ交通の要衝であり、ウクライナ軍にとってもロシア軍にとっても絶対に確保したい重要地点です。だからこそ血で血を洗う激戦が繰り広げられているのです」(同・記者)

ワグネルとの不協和音

 読売新聞は2月15日夕刊に「戦場へ受刑者 露国防省も 米報道 突撃部隊 戦死相次ぐ」との記事を掲載した。

 記事はCNNの報道を紹介するもので、ロシアの正規軍さえも囚人を兵士として採用していたという内容だった。

《元軍人だったという受刑者はCNNに対し、昨年10月、ウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムト近郊ソレダル周辺の工場への攻撃に参加したと述べた。生還したのは約130人のうち約40人だったという》

 恐るべき戦死率であり、これにはワグネルも悲鳴を上げた。時事通信は3月6日、「ワグネル、武器を要求=『前線崩壊』警告、不協和音−ウクライナ」の記事を配信した。

「プリゴジン氏がロシア軍に対して、『武器が不足している』と強い不満を表明したのです。《ワグネルが今、バフムトから退却したら全ての前線が崩壊する》という脅しのような言葉もありました。プーチン大統領に対する“点数稼ぎ”を露骨に行うワグネルを、ロシア正規軍の幹部は苦々しく思っていました。ワグネルとロシア軍の不協和音は、バフムトの激戦で表面化したのです」(同・記者)

ワグネルの増長

 いたずらに死傷者を増やすだけの稚拙な作戦に、PMCと正規軍の不協和音──こんな状態では勝てる戦争も勝てないだろう。

 ウクライナ軍はバフムトで持ち堪え、いよいよ反撃に出ると報道された。2014年から要塞化を進め、物資も着々と備蓄してきたバフムトを陥落させるのは難しかったのだ。

 ロシアの敗因について軍事ジャーナリストは「そもそもワグネルが攻撃の主体になることがおかしかったのです」と言う。

「PMCは『戦場における警備会社』というのが本来の任務です。正規軍が攻撃を行っている間、基地などの防衛を担うわけです。アメリカ軍もPMCを活用しますが、『敵の要衝を攻撃してくれ』などと依頼することはありません。カネで危険な仕事を請け負う集団ですから、それこそ裏切りのリスクも否定できないのです。ワグネルがバフムト攻略戦で活躍していたという時点で、ロシア正規軍は相当に弱体化していたと考えられます」

 緒戦でロシア軍は、大軍でウクライナに侵攻した。だが、ウクライナ軍の必死の抵抗により、まずは将軍クラスに多数の戦死者が出た。

教育レベル

 その後もウクライナ軍は善戦を続け、ロシア軍に多大な損害を与えてきた。「ロシア軍はバフムトでワグネルをわざと支援しなかった」という見方もあるが、そもそもロシアの正規軍に充分な戦力があれば、バフムト攻略戦にワグネルは不必要だったはずだ。

「欧米のメディアを中心として、ワグネルと囚人兵が脅威として認識されたのは、『彼らなら人を殺すことに躊躇がない』という考えがあったからでしょう。それは事実かもしれませんが、結局のところPMCは正規軍の敵ではないという事実が証明されただけでした」(同・軍事ジャーナリスト)

 特に現代の戦争では、タブレットなどIT機器の活用が当たり前となり、兵士の一人一人に“高い教育”が求められている。

「アメリカの南北戦争(1861〜65年)で、『教育レベルの高い兵士は強い』という事実が証明されました。その後、富国強兵を目指す近代国家は、公教育の拡充が重要政策と考えてきました。率直に言って、囚人兵は教育レベルの低い者も少なくないでしょう。彼らが衛星回線や無線を使い、自分たちの位置を報告しながら砲兵隊と連携して攻撃を仕掛けることなど無理です」(同・軍事ジャーナリスト)

 しっかりとした教育を受け、自分の国を守るという気概に溢れたウクライナ兵に勝てるはずもなかったのだ。

砲撃戦の勝者

 もちろん、兵士がいくら優秀でも武器がなければ戦えない。NATO諸国の武器供与もウクライナ軍を強くしたことは言うまでもない。

「ゼレンスキー大統領は、自爆ドローンの『スイッチブレード』や歩兵携行式多目的ミサイルの『ジャベリン』などの供与を強く求めていました。ところが最近は、こうしたハイテク兵器に言及することが少なくなっています。実は、イギリスの国防省などがまとめたレポートによると、今回の戦争で最も威力を発揮しているのは榴弾砲なのです」(同・軍事ジャーナリスト)

 榴弾砲とは、要するに大砲のことだ。開けた平地の多いヨーロッパでは第一次大戦でも第二次大戦でも大砲が威力を発揮した。

「バフムトではウクライナ軍もロシア軍も大量の砲撃で相手を屈服させようとしました。しかし、ロシア軍やワグネルは砲弾の確保に苦しみ、北朝鮮から調達していたほどです。そのため不良品や不発弾が相当な割合に達したとも指摘されています。一方のウクライナ軍はNATO諸国から多数の榴弾砲と砲弾を供与されています。火力に勝るウクライナ軍がロシア軍とワグネルを退けたのは必然だったと言っていいでしょう」(同・軍事ジャーナリスト)

必要な航空戦力

 春にバフムトからロシア軍を駆逐すれば、いよいよウクライナ軍はNATO諸国から供与された戦車を実戦に投入することができる。

「ウクライナはクリミア半島の奪還を公言しています。そのためにはバフムトの南側に位置し、海に面したマリウポリをロシア軍から奪い返す必要があります。マリウポリは昨年6月、アゾフスターリ製鉄所での籠城戦が大きく報道されました。最終的にウクライナ軍は敗走せざるを得なくなり、今はロシアが実効支配しています」(同・軍事ジャーナリスト)

 ウクライナとしては大攻勢を仕掛けたいところだが、やはり慎重に行動する必要があるという。

「ロシアにとってウクライナからの完全撤退は最悪のシナリオですが、それでも国が亡ぶわけではありません。一方のウクライナは、安易に反攻を仕掛けて反撃を受けると、領土を失ってしまう可能性があります。NATO諸国から戦車の供与を受けたとしても、本来であれば航空優勢も保持するのがセオリーです。今のところアメリカは戦闘機や爆撃機の供与は否定しています。ゼレンスキー大統領としては粘り強く交渉し、何らかの航空支援を取り付けたいと必死でしょう」(同・軍事ジャーナリスト)

デイリー新潮編集部