あのとき、もしこの小説に出会えていたら。そう思って涙した読者は多いのではないだろうか。本屋大賞を受賞した辻村深月の『かがみの孤城』(ポプラ社)は、学校に行けなくなってしまった中学生7人を描いた物語。本作は、今年の「読書メーター」×『ダ・ヴィンチ』によるレビュアー大賞の課題図書になっている。

 ある日突然、部屋の鏡が光って吸い込まれてしまった彼女たちは、オオカミの面をかぶった少女“オオカミさま”が案内人をつとめる城に招かれる。タイムリミットまでの約1年、城に隠されているある部屋の鍵を見つけ出すことができれば、どんな願いも一つだけ叶えてくれるというファンタジックな設定だけど、描かれる彼女たちの現実は、物語だからと読み流せないほどに生々しく、苦しい。

 真田美織が、この世から消えますように。それが、主人公・安西こころの願いだ。真田さんの彼氏は、小学校のころ、こころのことが好きだった。たったそれだけのことで、こころは真田さんを傷つける加害者として、糾弾され、仲良くなれると思っていた新しい友達をも失ってしまう。それだけでなく、真田さんとその友達の暴走が起こしたある事件がきっかけで、学校にも通えなくなってしまった。

 大人から見たら「それくらい」と苦笑するようなことかもしれない。学校なんて期間限定の場所なのだから、うまくやり過ごせばいい。逃げ癖をつけると、社会に出てから苦労するよ、なんてことを言う人もいるだろう。でもクラス替えまでのたった1年が、卒業までの3年が、耐えられないほど狭く閉ざされているのが学校という場所だ。真田さんの価値観が絶対的に君臨する場所で、こころには、自分を守るすべなど与えられていなかった。殺されてしまうかもしれない、と本気で恐怖するほど追い詰められていた。城に集められた、ほかの6人も同じだ。自分以外の誰かの価値観が優先されてしまう場所を、懸命に生き抜いてきた。学校に行かない、という道を選ぶことで、どうにか自分を守ってきた。そんな窮屈さからはじめて逃してくれたのが、かがみの向こうにある孤城だったのである。

 鍵を探すライバルでもある7人は、それぞれの事情を隠しながらも、少しずつ心を寄り添わせていく。いくら連帯感があるといっても、7人も集まれば揉めることはあるけれど、城を唯一の逃げ場とするこころたちは、いつしかともに助け合いたいと願うようになる。だが物語を読み進めるうち、そう簡単に奇跡が起こらないこともわかってくる。孤城での時間がどんなに楽しくても、真田さんが学校にいる限り、現実のこころはひとりぼっちで部屋に閉じこもるしかない。どんなに苦しくても、自分の現実には自分だけで立ち向かっていくしかないのだ。それでも――。

 城には、みんながいる。この世界のどこかに、自分の味方だと言ってくれる人がいる。それがどれほど明日を生きる勇気になることかを、本作は切実さをもって描きだす。こころたちだけじゃない。この世界のどこかに、『かがみの孤城』を読んで救われている人たちがいる。今はまだ出会っていないけれど、いつか、こころたちを媒介に友達になれるかもしれない誰かが、存在している。そのことが、どれほど多くの読者の希望になるだろう。

 孤城を通じてこころたちが出会ったように、辻村深月氏は本作を通じて、読者と読者を結びあわせている。物語が誰かを救うというのはこういうことなのだと、強く思わされる一冊である。

文=立花もも