20224月、春の太陽が照りつける中、国道246号の青山通り沿いに50人ほどの行列ができていた。客のお目当ては、爆買い必至のパンの楽園。半年前にオープンした、ローマ菓子・マリトッツォブームの火付け役とされるパン屋「AMAM DACOTAN(アマムダコタン)表参道店」(本店:福岡県福岡市中央区)だ。オーナーの平子良太さんはフードとデザインの専門家で、彼が手がけるテーマパークのようなパン屋に多くのファンが詰めかけている。

1150種の焼きたてパン。迷う楽しさも

アマムダコタン表参道店
アマムダコタン表参道店

 その日の待ち時間は約2時間だったが、お客は長期戦に慣れた様子で、日傘を片手に次々と列に加わっていた。2時間後、ようやく入店すると、“ジブリの世界”のような非日常空間と、焼きあがったパンがじゃんじゃんテーブルに並べられる躍動感にワクワクした。総菜パン、菓子パン、ドーナツ、バケット、マリトッツォ、季節の商品、表参道限定品……。あれもこれも食べてみたくなる。手元のトレーにパンが乗らなくなりやむなく会計に進むと、3000円を軽く超えていた。このワクワク感は、テーマパークのそれに似ている。

 「感動の美味しさで、購入に辿り着くまでの時間は忘れ去った」「パンに6000円注ぎ込んでしまった」などの感想がSNSに多数寄せられ、店で体験したワクワクが次なる口コミにつながっているようだ。

 オーナーの平子良太さんにアマムダコタンの人気の秘密を聞くと、「体験することに価値を感じてもらえているのではないか」と淡々と答え、浮き足立った様子はない。アマムダコタンを知るためには、前提として平子さんの“タグ”(分類やジャンル)を把握しておく必要がある。料理、パン、ドライフラワー、店舗建築、アンティーク家具バイヤーの5つのタグから成り、フードとデザインの両軸で、独特の世界観を表現し続けてきた。

 2012年、福岡にイタリアンレストラン「パスタ食堂ヒラコンシェ」を開店して以来、カフェやドライフラワーショップを次々と展開。「レストランでパンを提供していたので、いつかは自分のパン屋をと夢見ていた」と話し、2018年「アマムダコタン」を開店。さらに20214月末には、パン屋に囲炉裏を導入した「ダコメッカ」をオープンして話題をさらった。202110月、東京の一等地に良い物件が見つかったことから東京進出を果たすと、ジブリ映画のファンだという平子さんの空間デザインにも注目が集まり、アマムダコタンは全国区となった。

オーナー
オーナーの平子良太さん

 東京を目指した目的の一つは、スタッフ育成だ。現在、表参道店はパン製造を78名、接客は5名ほどで店を切り盛りしているが、パン業界の異端児とも言える平子さんのもとで働きたい若手は大勢いる。技術だけでなく、ケチャップやマヨネーズなどの調味料もその日使い切る量を一から手作りし、売り切るという姿勢は、現場でしか学べない。「若い彼らにチャンスをと、支援する気持ちで東京を目指した」(平子さん)。アマムダコタンは、スタッフの丁寧な接客にも定評がある。ユニークな発想や話題性だけではヒットは続かない。そこに質が伴うことで、次のヒットが生まれるのだろう。

集客はインスタで

明太子
にんにく、パセリ、胡椒でパンチの効いた 特製明太子バターをたっぷり塗り込んで焼き上げたバゲット。博多から取り寄せた明太子を使ってペーストを手作りしている

 開店以来、宣伝費はかけず、「インスタグラムのみで認知度を拡大してきた」と平子さん。現在、アマムダコタンのインスタグラムのフォロワーは162000人(20224月現在)。表参道店の店長もアマムダコタン本店のインスタグラムを見て応募したという。

 平子さんが手がける商品はどれもフォトジェニックで、インスタ映えする。目玉商品のマリトッツォシリーズや、一番人気の明太ペペロンチーノバゲット(486円)、新商品も続々インスタグラムに公開され、ファンを飽きさせない。

 平子さんの強みは、イタリアンシェフである点は前述したが、例えば、野菜、肉、魚などの具材は、緻密な味の計算のもと豪快にパンにサンドされ、まるで一皿のイタリアンを味わっているようなおいしさを楽しめる。4月、平子さんはサンドイッチの構成などを指南するレシピ本『アマムダコタン パン・サンドイッチ・発想・展開』(柴田書店)を出版した。多様なタグを持つ平子さんの発想やレシピにますます注目が集まっている。

コロナ対策で生まれたマリトッツォ

マリトッツォ
種類豊富なマリトッツォ

 全国で一大ブームとなったマリトッツォは、平子さんの「コロナ対策」から生まれた。アマムダコタンはコロナ禍になっても行列が絶えることはなく、開店の2時間前から並ぶ客もいた。密を避けるため、午後に客を分散させるべく開発した目玉商品が、マリトッツォだった。

 「参考にしたのは、一般の方がウェブで公開していたローマ旅行記。ローマで出会ったというマリトッツォは、生クリームがぎっしり詰め込まれた独特のビジュアルで新鮮だった」(平子さん)

 いまやコンビニでも手に入るほど一般化されたマリトッツォだが、アマムダコタンのマリトッツォは一味違う。生地は、平子さんが好きだというブリオッシュ生地にローストしたかぼちゃを練り込み、もっちりさせた。生クリームは口溶けが良くたくさん食べても重たくない大分の乳業メーカーの生クリームにこだわった。トッピングするあんこは店で炊き少し塩を効かせ、イチゴ、バスクチーズ、ピスタチオなど7種、各60個ほどを毎日作り、1日に約400個のマリトッツォが閉店19時の2時間前には完売している。

次なるトレンドは、生ドーナツ

生ドーナツ
生ドーナツ専門店「I’m donut?」

 2022318日、平子さんは、東京・中目黒に生ドーナツ専門店「I’m donut?」をオープンさせた。「アマムダコタンでは定番のブリオッシュ生地でドーナツを揚げてみたところ、生のようなもちもち食感で、食べたことがないドーナツができた」と平子さん。早速アマムダコタンで売り出してみたところ、即完売。あまりの人気ぶりから、ドーナツ専門店を出店する運びとなった。もちろん今回も、プロモーションに費用はかけず、集客もスタッフ募集もインスタのみで行う。

 開店は10時。平子さんの世界観を一度体験してみたい人が、早くも行列に並び始めている。

著者:両角晴香