「尾州地区繊維産業の衰退」。経済誌では幾度となくこのような記事が誌面を飾った。尾州地区とは、私が、総合商社イトマンに在籍していたころからのつきあいであり、尾州の織物産業は、名古屋の近郊都市である一宮(いちのみや)を中心に繊維産業クラスター(産業集積地区:ハーバード大学 M.E.ポーター教授が提唱)を形成していた。今回は日本の素材産業復活のための、「尾州地区の逆転戦略」を紹介したい。

「わしらは補助金で生きてるから、余計なことはするな」

 その尾州地区繊維産業は年を追うごとに衰退しており、「なんとかしたい」と思った私は、経営コンサルタントになり、当時から珍しかった破綻企業の再建という仕事に身を投じたのである。

  ただ、大胆かつ正しい戦略を提言したからといって、彼らが変革を望んでいるかといえば、それはまた別の話である。

 私は経済産業省から「某地区」のプロダクトを世界化するという依頼を受けたのだが、そこでこっぴどい目にあったことがある。私が立てた戦略は、この地区の小規模工場をネットワークでつなぎ、お互いの技術を公開、標準化することで団体戦で世界に打って出るというものだ。しかし、「某地区」の反応ときたら、想像を絶するものだった。

  「河合さん、正直言ってわしら補助金で生きているんで、まあ好きなことやっていれば天から金が振ってくるのよ。わしらがやりたいことは、ここにまとめてあるので(と200ページはあると思われる資料の山を見せた)、河合さんはサインだけしてくれればいいよ。わしらのことはわしらが一番よく知っている。余計なことはせんでくれ」

  私は、受けた仕事はクライアント以上にコミットし、時にクライアントのやる気の無さを戒めるため本気で戦う人間だ。ところが、余計なことはせずに補助金で暮らしたい彼らはついには私を邪魔者扱いしだした。一般人が知らないところで勝手に税金が使われ、その金で潤う人たちがいる。そこには金さえもらえればなんでもいいコンサルタント達も群がるのである。

  「馬を水辺につれてゆくことはできても、水を飲ませることはできない」

 これは、まさにクライアント本人達が未来に向かって事業の再建を「やり抜く」気概がなければ、再生という仕事は絶対に成功しない格言である。

尾州発、日本から輸出するシーインの逆モデル

シーインをはじめとする中国企業が、先進的なテクノロジーを活用し、日本企業の度肝を抜くことになるだろう
シーインの逆モデルとは!?

 話を「尾州」に戻そう。私はこれまでに幾度か尾州に呼ばれ講演をしたことがある。そのルートをもう一度探り、「某経済誌の記事を読み一肌脱ぎたくなった。尾州に対して提案がある」とメールを書いた。返事は早かった。私は、尾州の産業クラスターを中国広州になぞらえ、私が徹底研究したShein(シーイン) の逆モデルを日本から輸出する、という大胆なモデルを提案したのである。あれだけのコストメリットを出せるSheinを、輸入でなく輸出で行う。私には「勝てる根拠」があった。

  以前、本連載で私は、米国でPTC (主要デジタルベンダーの一社)が、マテリアル・エクスチェンジ社(Material Exchange、以下ME社)という日本でいう商社のような機能会社をつくったことを紹介した。ME社はアパレルから撤退したPLM (Product lifecycle management) を使い、世界中の繊維素材のライブラリーを作成。値段から組成、在庫などまで一覧できるように設計されたものだ。まさに、私の「Digital SPA」の原型となったビジネスモデルである。

  私は、ME社がどのような経緯で設立され、プラットフォームの標準を取りたがる数多くのベンダーをまとめ上げ、ほぼリアルタイムで素材情報がアップデートされているインプット情報の秘密などを暴いた。日本では、失敗だらけのPLM導入だが、BOM(部品構成表)機能を使ったSPA業態で、成功しているアパレルが一社ある。その企業は、私をパートナーとして選定してくれ、一緒に、正しく進化していってくれた。私は、なんどもPTCにお願いし、「どうすべきか」でなく、「やってはならないこと」や「なぜこのような失敗をしないのか」を聞いていった。

 さらには私自身が通訳となり、クライアントをME社のキーパーソンと引き合わせてリアルなやり取りを見てもらうことなどもしている。当初、米国ボストン本社とつないでいたが、徐々にアジアの中国、インド、そして、欧州のフィンランドとも(これほど世界中に素材基地を設けている)つなぎ、それぞれの素材の傾向や考え方、また、なぜマスターをこのようなリージョンでわけるのかも聞いた。このプロセスは、本社から現場を知らないトップ同士が定期的に情報交換を行うよりもよほど効果がある。

世界の素材商社が獲得をねらう「BISHUブランド」

 実をいうと、ME社は単に優しさだけで全てを公開してくれたわけではなかった。彼らの狙いは「尾州の生地、素材のライブラリー化」である。尾州は、イタリアビエラ地区(ゼニア本社所在地)、イギリスのハダースフィールドに続く世界羊毛三大産地の一つある。羊毛に日本が誇る世界最高技術である合繊繊維が加わり、世界最強のウールに様々な機能や表情が生まれるようになり、文字通り世界で最も良く、また、もっとも調達しにくい素材になっていたのである。

 調達しにくいのは日本企業も同じだ。名古屋にいけば山のように素材を見ることができるのに、日本のアパレルは商社に、商社は工場に面倒なことは任せているため、日本では隣の県にある素材すら満足に調達できないのだ。結局、日本の尾州の素材を使っているのは世界のトップメゾンと呼ばれるスーパーブランドだけということになっている。そんな事情もあり、ME社は是が非でも、世界最高の尾州の素材を自社のライブラリーに入れたかったのである。

 彼らは、私にこう言った。「タク、日本の素材をライブラリーに入れる方法はないか。私達が頼んでもどうししてもイエスといってくれない」と。しかし、よく聞いてみると、直接尾州の産地にこうした主旨を説明しているのでなく、自社の競合相手になってしまう代理店の糸商に依頼しているのだという。これではまともに引き合わせてくれるはずもないのだが、私は彼らを放っておくことにした。なぜなら、日本の素材を世界の数千万という素材の一つにしてしまったら、いわゆる「BISHU ブランド」の価値がなくなってしまうからだ。いずれにせよ、変な均衡状態を保ったまま、尾州の素材は静かにミステリアスに、そして、岡山のデニムのようにスーパーブランドやイタリアンファクトリーブランドだけに使われる存在になっているのだ。

マーケットに対する知識も意欲もない尾州の人々

 私は、尾州の素材メーカーの人や縫製工場の人と話をするのだが、驚かされることがある。彼らはマーケットに対してなんの知識もないのだ。

 例えば「今どこの取引先とお仕事をしているのですか」と聞くと、私がこの業界に入った1991年にはすでに終わっていたようなブランドと、未だにつきあっているというのだ。当然、今、元気のあるTOKYO BASEやマッシュスタイルホールディングスなど知るよしもない。

 ここは、竜宮城のように時間が止まっている。私が、世の中の最新のテーマ、中国のデジタル企業、企業の情報戦争は雑誌からSNSへ移ってゆく話しやSDGsについて語ると、対岸の火事のごとく「自分には関係ない」という顔をしながら聞き流している。情報を教えてほしいという気持ちも感じられない。つまり、そういう難しいことは関係なく、自分たちを取り巻く経営環境がいつになったら回復するのかと、極めて他力本願な態度なのだ。正直、これではお話しにならない。結局、彼らはチームで取り組み合うことすらせず、ただ同じことだけを続けているのだ。

ファクトリーブランドの欠点を解決する、「干場義雅マジック」

カジナイロン社の素材から生まれたアパレルラインのK-3B ZERO
カジナイロン社の素材から生まれたアパレルラインのK-3B ZERO

 このように弱体化した尾州地区復活のために私ができる秘策は、Sheinの逆モデルを尾州につくるよう指導することだと強く感じている。工場からクーリエサービスを使い世界に「BISHUブランド」を世にディストリビューションしてゆくわけだ。

 新型コロナウイルスによって人は巣ごもりし外にでなくなった。しかし、最もアパレル業界にインパクトを与えたのは、国をまたいだトレードがやりにくくなってきた、ということなのである。

 結果、例えばメンズブランドの多くは、メンズファッションのカリスマ、干場義雅氏と組み、次々とファクトリーブランドをつくりだした。私も、いくつかを持っているが、価格はイタリアのファクトリーブランドと同じレベル。つまり、かなり高価格である。BISHUのナイロンやポリエステル素材を巧みに使い、干場義雅ディレクションの元、Made in Japan ブランドでイタリーの香りがするカジュアルウエアを10万円前後で販売している。 

 私は、日本の工場に最も足りないのは、①ブランド、②マーチャンダイジングの2点であり、この2点を「世間知らず」の日本の工場が身につけるのは、至難の業であると感じていた。つまり、この構想は机上の空論だと思っていた。

 しかし、日本が誇るナイロン素材メーカー「カジナイロン」の例を見てほしい。産業資材用途のナイロンを衣料品用途のポリエステルのように軽く、柔らかくして販売している。

 干場義雅氏がディレクションすることで、このように格好良いブランドへと進化した。MDの問題も解決されており、Tシャツでも注文から2ヶ月後、3ヶ月後納品の受注生産、余剰在庫ゼロなのだ。

 最近私のワードローブは、ほとんどがこのMINIMAL WARDROBEで買ったものになっている。ここまでくれば、あとはビッグデータと越境ECでの販売フェーズに入るのみだ。干場氏のディレクションやSNSでの展開は絶妙で、今では阪急百貨店、伊勢丹なども同氏をインフルエンサーと敬い、PBを販売しそのほとんどが完売となっているようだ。

  あとは、煮えきれない商社がこうした事実を直視し、工場が投資できないビッグデータ、AIによる解析、自動物流倉庫などをセットすれば良い。すくなくともメンズでは、Made in JapanSheinモデルがつくれるのである。

  私は、ある商社に「BISHU x Shein」の企画を持ち込んだのだが、その商社は「あくまでもOEMをやる」ということで拒絶し、この企画は泡と消えた。もはや商社に力はなく、繊維部門に投資余力も努力も説得力も構想力もない。ただただ、若手が離職していく様を見送るしかないのである。

 私は、秘伝の「Digital SPA」を封印するほど既存勢力に叩きのめされ、繊維・アパレル業界の決定打といえるSheinモデルさえ、新しいことをやりたがらない人達に潰された。最後は、アパレル業界のビジネススクールの講師も突然クビになり、産業界を追い出そうとされている。国民の血税でのうのうと仕事をしているのかいないのかわからないようなコンサルが山のように補助金狙いで群がり、それぞれの工場や商社が世界の常識やアパレル産業の「今」も知らず、勝手なことをやり産業界を潰している。

 ここに書いたことはすべて事実だ。あなたなら、この事実を知ってどうするか?

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html

著者:河合 拓