今回は毛色を変え、アパレル・小売のみならず仕事を取り巻く環境がいかに激変したか、そのなかで、自分の人生を会社にゆだね、決定権を失う人生と、自らサバイブする方法を会得し、自分で切り開く人生とどちらがよいかを考える機会となることを願い、原稿を書いた。なお前半では商社を軸にしたときの小売の見方をまとめている。

Rattankun Thongbun/istock
Rattankun Thongbun/istock

 商社がコングロマリット・ディスカウントから脱した理由

 伊藤忠商事は1117日、伊藤忠エネクス、ジェイ・ウィル・パートナーズと共同で、渦中の中古車販売・買取などを手掛けるビッグモーターと基本合意書を締結し、ビッグモーター社が運営する事業について、再建の可能性を検証するために、デューデリジェンスを開始したことを発表した。

 総合商社といえば、これまで「コングロマリット・ディスカウント」の代表例と言われ、PBR1倍割れを含む、低PBR(株価純資産倍率)に甘んじてきた。これは、いわゆる「選択と集中」の真逆である「人工衛星からカップラーメンまで」扱う商社を外国人投資家が認めないからだ。だが、米投資会社バークシャー・ハサウェイを率いる“投資の神様”ウォーレン・バフェットが日本の商社株に大きな投資をしたことで風向きが変わった。

 総合商社の一見シナジーの見えない投資や戦略も評価されやすくなったと言えるだろう。無論、低PBRは総合商社だけの問題ではない。多くの日本企業がPBR1倍割れに喘いでいる。日本の株式市場は、日本人の個人投資家が増えたとはいえ、やはり外国人投資家や日本政府の割合が高い極めていびつな市場だ。東証一部上場企業はそのまま「プレミアム市場」に移行したとはいえ、ほとんどが「経過措置」銘柄で、「近い将来事業価値をあげてPBR1以上(解散しなくとも投資家に許してもらえる最低ライン)」を超えることを誓わされている。三陽商会などは「PBR1を超える」こと、そのものをプロジェクト化しているほどだ。

 これからの企業経営はIR (株主に自社の情報公開を正しく理解し、魅力ある銘柄にしてもらうこと)が極めて重要になってくる。

 誰も信じなかった「商社がコンサルと競合する日 」

 私は伊藤忠商事の繊維部門で講演し「商社は投資銀行やコンサルティングがハイブリッドになる機能を持ち、競合は戦略コンサルタントになる」と10年以上前に説明している。しかし、この主張は当時、自分の古巣からも反感を買ったばかりか、伊藤忠商事や帝人フロンティア、NMインターファッションで「商社の未来像」という形で講演したときでさえ「デューデリジェンス?ターンアラウンド?」と相手にもしてもらえなかった。

 その後、三菱商事の生活部門が「非常に納得度が高い」と私を招聘し、数年間同社子会社の支援をしたことに続き、総合商社双日、伊藤忠商事の子会社再建やM&Aをお手伝いした。

 今でも、「河合の意見とは合わん」と言いきっているのは、私の古巣であるNMインターファッションだ。ここまで、商社を取り巻く業界が変わり、あらゆるところに商社のM&Aや再建が事実として派生しているのに全く世の中を見ていない点を残念に思う。

 私は、この古巣を建て直すことだけを考え20年歯を食いしばってコンサルタントやってきたが、いよいよ私がこの会社と関係を持つことは金輪際ないと言っていいだろう。私が他の商社に営業にいくと、NMインターファッションに情報が流れる、という根も葉もない噂を流している輩がいるが、これが実態だ。浪花節だけで20年も思いを馳せていた私の気持ちを簡単に潰すような企業と仕事をするつもりはないと宣言しておきたい。

 なお商社改革は、普通の素人コンサルにできるような簡単なものでなく、全身全霊をこめた仕事になろ う。私は、一度は封印したDigital SPAをもう一度、商社と組んでやりたいと思っているが、これも相手があればこその話だ。

中国人の爆買い復活でも、韓国企業にやられる理由

RichLegg/istock
RichLegg/istock

 この2021-23年は繊維商社にとって大きな転換期となった。実は、商社は円安をエンジョイしている。特に、繊維商社は①海外からの外国人の流入による「爆買い」と「リベンジ消費」で好調なアパレル企業の恩恵を受けている。商社の業績はどこも底をついたように見え、強気になっている。また、これまで生地や素材を扱っている部門は窓際に置かれてきたが、商社は輸出が拡大して利益率が大きく上がった。

 だが、これをもって、事業が底をついたと考えるのは時期尚早だ。円安は永久に続くものではなく、為替はアップダウンを繰り返す。また、今回は中国人の爆買いが米中戦争の影響により大幅に限定されたが、中国人参戦による「爆買い第2波」を期待する人が多いが、私は日本のよいところを模倣し、中国人に実にうまく売る企業は韓国企業だと思っている。だから、この戦いは、例え日本を戦場にしても日本のアパレル会社は韓国企業にやられるだろうとみている。

  私は愛国者だ。しかし、真の愛国者とは差別やヘイトスピーチをする人間ではない。競争ルールに従い、ルールのもとで勝つ仕事をする者のことである。だから、私は、韓国のトップコンサルタントを招聘して無償で韓国企業の戦略を公開した動画をバラマキ、彼らの「Kポップ」と「Kファッション」を融合し、「Jファッション」を叩き潰す、という戦略を紹介した

  日本は 「per Capita」ベースではすでに韓国にもGDPで抜かれている。そして、その頼みの綱であった人口もあと30年で1億人を割り、今でも10人に3人は60歳以上と、日本人が経験したことがない老人国家になった。課税強化により若者は安心して子供も産めないのだ。今、投資をすれば企業変革を経て定着するまで5年かかる。5年と云えば、中国、韓国企業にガッチリつかまれた「Z世代」がファッション消費を牽引する時代である。今、まさに正しい戦略と将来予想から戦略を立てなければならないのだ。

 60歳以上もリスキリングでMBA

 さてリスキリングが流行っている。国内MBAは定員オーバーで、特に私が通っている名商大は卒業が極めて厳しいが、卒業生の8割は年収があがり半分が出世している。そのビジネススクールには、なんと60歳以上の高齢者がリスキリングをしており、教授を年齢で抜かしているほどだ。

  それに比べ、多くの若者は大学にいくお金を工面するために、奨学金に頼っているのが実態。一体、この国はこの国の将来をどう思っているのだろうか? かくいう私も(当然自腹で)ビジネススクールにいっているのだが、50歳代などザラだ。大学時代、学費を自分が払うなどあり得ない話で、いかに両親からクルマを買ってもらうか、合コンにいけるか、程度のことしか考えていなかったのが、今定年前のバブル世代だ。私もバブル世代だが、入社したイトマンは、私が入社した年に経営破綻した。私は今に至るまでボーナスをもらったことはないし、3度会社をクビになった。バブル世代だが、バブル崩壊の影響をもろに受けた特殊な人間なのである。そこが「プロになりたい」という思いを強くした理由だ。

 私が、商社がコンサル会社とファンドの役割を果たすと説いたのは、私が大学生時代にOB訪問で商社の先輩に言われた以下の言葉が、きっかけになっている。

 「商社とは人と電話」しかないところだ。逆に言えば、その2つをつかってできることは何でも良い 

 その後、私はイトマンに入社したが、「在庫は悪だ」とたたき込まれ、「買う前に売れ!」を社是として当時の河村良彦社長の下、一致団結していた。コンサルに転職し「在庫悪玉論」を展開したら、コンサルのパートナーやアクセンチュアのパートナーも「在庫がなければ売れないじゃないか?アホじゃないか」と私を牽制したものだった

 結局、私をわかってくれたのはダイヤモンド社と日経新聞社だけで、「河合さんの視点はとても面白い」と、この2社には大変お世話になった。特にダイヤモンド社には初版をハーバードビジネスレビューに掲載してもらい、ダイヤモンド・リテイルメディアでは、書籍を2冊もだしていただいた。今後も、私はこの2社との取り組みを最優先し、一生懸命仕事に取り組んでゆきたいと思っている。

 

河合拓氏の新刊、大好評発売中!
「知らなきゃいけないアパレルの話 ユニクロ、ZARA、シーイン新3極時代がくる!」

話題騒然のシーインの強さの秘密を解き明かす!!なぜ多くのアパレルは青色吐息でユニクロだけが盤石の世界一であり続けるのか!?誰も書かなかった不都合な真実と逆転戦略を明かす、新時代の羅針盤!

私がFRI & Companyを設立した理由

 私は、7年前病院で死の淵をさまよい、余命宣告された(ちなみに、私をクビにした会社はこの病を理由に解雇した)。しかし、私はあと数年で死ぬなど考えられず、また、主治医も「誤診だ」と前言撤回し、70でも80際でも生きてゆけるといってくれた。私もそのつもりで第2の人生の準備をしている。 

 そんなとき、マッキンゼーの友人(私はカネボウ再建、スシロー再建、AI企業の立上げなど、マッキンゼーの方にとてもお世話になっている)から、大きなチャンスをいただき、マッキンゼーOBでないにもかかわらず、マッキンゼー出身者からなるサークルにいれてもらい、彼らの凄さと奥の深さをリスペクトしている。私は今から20年前、FRI & Associate というNPOを設立し、会員1000名を超える巨大組織を作った。半数以上が東大・一橋という超高学歴企業のスーパーチームで、今のコンサル・パートナー、インベストメントバンク、ファンドなどの主要部門に何十もの人間を送り込んだ。これは本当によい経験となり、NPOではなく、「いつかFRI & Companyをつくりたい」と思うようになったのである。

  FRI &Associatesは後任にフリーキャッシュも一緒に譲ったが、このたびFRI &Companyを設立した理由は、私がコンサルタントになったとき、それは、大前研一氏華やかかりしころ、会社で寝る間もなく厳しく働かされるが、ホワイトボードがあればどこでも生きてゆける本来のコンサルタントをもう一度つくりたいという思いからだ。

 コンサルであるために「捨てた」もの

 コンサルタントの質低下が指摘されて久しい。ファンドや事業会社の経営企画の人間もそれをよく分かっていて、瞬間的にちょっと優秀な手が足りない時の資料作りリソースという位置づけにまで「コンサルタント」という職業の地位が低下した。大学なら入って終わりだが、社内で生き残れる確率は0.1%を下回る。コンサルティング会社で定年までいたという人を、私は過去日本で1名しかしらない。(私がいうコンサルタントは外資戦略系に限定)

  かくいう私も、コンサルタントに運良く内定をもらい33歳で転身した際、最初にやったのは、「漫画」を捨てたことだった。私は毎晩先輩に飲みにつれていかされ、自慢話をきかされながら、朝はフレックスタイムで痛い頭を押さえて二日酔いで出社し、田園都市線でヤングジャンプを読んでいたが、「コンサルタント」の名刺をもらってから、「漫画を読んでいるところを他人にみられたらいけない」と思い、電車の通勤時間は「マイケル・ポーター」や「J.バーニー」「大前研一」などが書いた古典といわれる経営学の本を読むことにした。読むとおもしろい。私はますます読書にのめり込み、毎日2時間書籍が読めるということで、500冊の本をアマゾンで買って、野中郁次郎氏のナレッジマネジメントのフレームに従って、アウトプットとして書評を書いたのである。いつしか、私の書評は、その書評を読んで私に連絡をしてくる大事な連絡手段になっていた。アマゾンベストレビューアの10位に入り、たちまちあちこちから連絡がきた。なおその後、アマゾンレビューがごっそり消された経験があり、自分のブログを立ち上げている。

 こうして、私は「テレビにでること」、「書籍を書くこと」、「国家レベルの提言をすること」、「海外から呼ばれ英語で講演すること」の4つを目標にコンサルをし、この4つを達成したらコンサルをやめて会社の社長になると宣言した。自らたてたゴールを目的にがんばってきたのである。それらはすべて40代で達成したが、コンサルの契約金の返金や競合忌避などの条約に安易にサインをしたため、上場企業COOの話は流れてしまった。そして、50代になって、やり残したことを病棟でじっくり考え、「きちんとした高等教育をうけること」と「自分だけの秘伝のタレでなく、私の分身をつくり教育事業を立ち上げたい」という二つを次の目標とした。

自分の人生を自分で決めるためにコンサルに転身

AmnajKhetsamtip/istock
AmnajKhetsamtip/istock

 さて、私がコンサルタントに転身した理由を書きたい。海外で勉強したいという気持ちをもって商社に入社した私は、社内の英語弁論大会で優勝するほど英語を磨き、今でも貿易実務、アパレル企業の実務など誰にも負けないほどの知識や経験をもっていると自負している。ところが、会社事情により海外経験ができず、海外留学制度もなくなってしまった。

 自分の人生を自分で決められないことのおかしさを感じた私は、9年務めたイトマン(当時は住金物産)を辞めた。

「 自分の人生は自分で決める」という当たり前のことをしたいと思って、デロイト・トーマツ・コンサルティングに入社したのである。

 こうしてコンサルタントになった。年収は大きく下がったが、今でも夢をみるほど嬉しかった。デロイトは、恥ずかしながらデトロイトに本社があってクルマのコンサルでもやっているのだろうと思っていたほど私は無知だったが、死ぬ気で勉強しあたって砕け、クライアントから「ボケ」「マヌケ」という罵声を浴びつづけ成長していった。知らぬ間に「うつ病」になっていたほど、精神的に追い込まれたこともある。だから、甘い気持ちでコンサルをやっている人をみると許せないし怒りが沸点を超えてしまう。

 働き方改革などといっているが、歯を食いしばり頑張ることでしか身につかないものがたくさんあることを知ってほしい。

  私が立てた戦略を、クライアントが実行し、企業が元気を取り戻した姿、そして自分にしかできないアイデンティティを感じるこの仕事を愛している。 

 私に対して勘違いをされている方が少なからずいることを今日はそれを知らせたかった。私は文筆家でも評論家でもない。実務家だ。例えば、私は丸井グループの名刺をもって、当時の猪野常務取締役と三菱商事、三菱総研の会議に出(今では考えられないことだが)、丸井の利益代表として交渉もしていたぐらいだ。ある総合商社では、新ブランドを立ち上げ、マイナス100億円の赤字から営業利益ベースで黒字にもっていった。(詳しくは「ブランドで競争する技術第九章を参照」つまり、文筆は私の副業であって本業ではない。しかし、副業も一切の納期遅れをせず、また、病院で入院していても書き続け、この4年間毎週火曜日に休みなく3000文字以上の文章を必ず仕上げている。

  あなたに聞きたい。これだけのストイックさとやりきり感はあるか?ないなら、誰かにまもってもらい自分の人生を会社に決めてもらう方が良いと私は思う。

 

 

河合拓氏の新刊、大好評発売中!
「知らなきゃいけないアパレルの話 ユニクロ、ZARA、シーイン新3極時代がくる!」

話題騒然のシーインの強さの秘密を解き明かす!!なぜ多くのアパレルは青色吐息でユニクロだけが盤石の世界一であり続けるのか!?誰も書かなかった不都合な真実と逆転戦略を明かす、新時代の羅針盤!

 

 

プロフィール

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

 

筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html

著者:河合 拓