テニスウエアとして生を受けながら、今やファッション界においても不朽の名作として親しまれている“L.12.12”。90年前にすでに完成の域に達していた、このポロシャツのオリジンをいかにして継承するのか。その任を一身に背負ったラコステの国内工場の長であり、ジャパントラッドを担う、注目の10人の一人、柴田善己さんに、その意義と決意を聞く。

「LACOSTE」工場長・柴田善己(しばたよしみ)さん|88年の工場設立時に入社以来ラコステの製品作りひと筋。約10年前から現職に就くと、次世代の職人の雇用や設備投資を行い、伝統のレシピを未来に繋ぐ土壌を整えた

90年前の時点で美しさも快適性も完璧な形で表現されていた!

L.12.12 LACOSTE ポロシャツ|鹿の子生地、半袖、リブ編みの袖先という、現在のポロシャツの礎になった意匠を盛り込み、1933年に誕生した傑作。名前は「L」はラコステ、「1」はコットン鹿の子素材、「2」は半袖、「12」は最終的に選ばれたサンプル番号を意味する。1万6500円

最もトラディショナルなポロシャツは何か。この問いに対する答えはひとつしかない。ラコステの“L.12.12(エル・トゥエルブ・トゥエルブ)”だ。理由は明快。今日のポロシャツの始祖とされているから。

生み出したのはフランスの伝説的テニスプレイヤー、ルネ・ラコステ氏。同氏は英国のポロ選手が柔らかな生地でできた半袖の襟なしシャツを着用している姿に着想を得て、1927年に鹿の子生地で半袖の襟つきシャツを仕立てた。

4大大会を計7度も制覇する名手だったラコステ氏。スティール製ラケットやガットの振動を抑える器具など、多様なツールを開発する発明家でもあった © Underwood & Underwood – Archives

当初仏のテニス連盟からは、このシャツが体にフィットしすぎていると難色を示されていたが、選手間では大ウケし、ヒットを確信。1933年にフランスのトロワに巨大なニット生地製造工場を所有していたアンドレ・ジリエ氏と共同出資して、シュミーズ・ラコステ社を設立。

同年“L.12.12”を発売することとなった。以降ポロシャツの永世定番として浸透した今作は、現在世界のいくつかの国で作られているが、日本での生産を担うのは秋田県横手市にある縫製工場ヴァルモードだ。

「設立されたのは1988年。当初からラコステ製品の専用工場として作られたのですが、肝心のポロシャツ作りのノウハウに乏しかったため、先代である初代工場長が渡仏。現地の縫製現場に赴き、L.12.12を細部まで分析して、帰国後に極めて仔細な仕様書を作成したのです」

ヴァルモードはラコステの日本国内における専門ファクトリーとして1988年に設立。旧式のミシンと先端機器が入り混じり、世界標準のクオリティを実現している

驚くことに、L.12.12はその基本レシピを90年経た今でも変えていない。

「テニス用ウェアには美しさも快適性も備わっていなければなりません。ルネさんは本当に多才な方で、L.12.12は90年前の時点でそれが完璧な形で表現されていました。

我々の仕事は要所をモダナイズしつつも、それを精密に、誠実に長く守り続けること。そのためには職人の技術を向上させるのはもちろん、専用の機械を導入したり、労働環境そのものを整えたりと、あらゆる要素に気を配らなくてはなりません」

このあと、もはやクレイジーとも呼べるほど徹底された品質管理を詳報する。

企業秘密につき、見せられるのはこれが限界。仕様書にはどこをどの機械を使ってどう縫製するか、ミリ単位で仔細に記されているほか、ハサミの入れかたや縫い代の大きさまで、丁寧に図示されている

もはやクレイジーなミリ単位の作り込みで“快適”と“エレガンス”を閉じ込める。

先代の工場長が書き記したL.12.12の仕様書は、極めて精密なものだった。

「ただそれを厳密に守るだけでは、言い換えるなら技術力の向上だけでは、長くL.12.12を製作し続けることは難しいと思いました。というのも、数十年先まで見据えると、次世代の職人の育成も急務。機材や設備への投資を含め、労働環境の改善にも着手しなければ、優秀な職人を長く確保し続けることは難しいと思ったんです」

柴田さんの先を見通した努力が結実し、創業時はわずか20名だった職人の数も、 現在は75名まで増加。年齢層も20代から70代まで、ほぼ均等に在籍している。

「若手とベテランが絶妙な比率で入り混じり、技術の継承も滞りなく行われた結果、製品の品質もさらに向上している気がします」

ここで紹介している工程は、L.12.12が完成に至るまでの、ほんの一部にすぎない。しかし一端を垣間見ただけでも、ルネ氏が残した人類遺産を、精緻に、誠実に守り続けようという意志は伝わるはずだ。ほぼすべての工程を職人が手作業で、わずか1mm単位までこだわって製作したポロシャツには、もはや工芸品と呼べるほどの格が備わっている。

【ポイント①】自社内で編み立てる筒編みのリブテープ。

できる範囲で自社一貫生産を目指すべく、縫製工場にも関わらず、ネック裏のリブテープを編み立てる機械まで所有。これが首当たりのよさと、形態安定性の向上にも貢献。

【ポイント②】繊細な力加減が要求されるリブ付き袖。

フィット感に優れたリブ付き袖を形にするのは至難の業。袖先のリブより長さのある袖パーツを、わずかに弛ませながら、微妙な力加減でいせ込むように縫い合わせることで、アットランダムに細かなギャザーを入れているのだ。ちなみにその後袖を筒状に縫い合わせる際は、特殊なバックタック仕様のミシンを用いることで、下写真のように、縫い糸がハミでないように仕立てている。これも見えない部分にまで配慮している箇所のひとつ。

【ポイント③】“裏返しても美しく”を体現する襟の伏せ縫い。

詳細は撮影不可だったが、襟の裏側を身生地に伏せ縫いする工程は、ステッチの幅が均一になるよう、ミシンに特別な器具が備え付けられている。見える部分だけではなく、裏側にまで美しさを求める姿勢には頭が下がるばかり。

【ポイント④】身頃から2mmだけ見える上前立てが立体感を生む。

ラコステ愛好家の間で著名な意匠のひとつが、身頃からわずか2mmだけ見えるように縫い合わされた、上前立て部分。この2mmの段差が独特の立体的な表情を生む要因に。

【ポイント⑤】触るだけでワニを判別できるマイスターが担当。

実はワニロゴは常人なら知覚できないレベルの個体差が。あらかじめ縫い位置を設定した自動ミシンで身生地に縫製するが、どのロゴを手に取っても適切な縫い位置を指定できるよう、この工程は手触りだけでワニの種類を判別できる、たったひとりの職人が担っている。

【ポイント⑥】愛らしいバタフライスリット。

運動性を高めつつ愛らしい見た目にも繋げる、通称バタフライスリット。深さはきっちり2cmと定められている。裾の縫製にも影響する部位なので、わずか数ミリの誤差も許されない。

【ポイント⑦】端切れを5mmしか残さない前立て下のボックス。

前立ての最下部に施されるボックス型ステッチは、現在は自動ミシンを用いるのが一般的。だが実はこのミシンも元々はヴァルモードが特注し、スタンダードとして広まったもの。前立て下に表出する余り生地は、ハサミで手断ち。見えない部分だが、肌当たりと見映えを配慮、この長さも5mmと定められている。

【ポイント⑧】裾の天地仕様は国内で数台しか現存しないミシンで縫製。

裾は今も昔も、ヴィンテージのカットソーに見られる天地仕様。これを高速で縫える自動ミシンは、実は国内でも数えるほどしかないうえ、扱いも極めて難しく、同工場内でも携われるのはわずか4人程度。

【問い合わせ】
ラコステお客様センター
TEL0120-37-0202

※情報は取材当時のものです。現在取り扱っていない場合があります。

(出典/「2nd 2023年5月号 Vol.194」)

著者:2nd 編集部