40年前に公開された『デス・レース2000年』という映画をご存知ですか? カルト映画の奇才ポール・バーテルが監督を、B級映画の帝王ロジャー・コーマンが製作を務めた作品で、ブラックユーモアに満ちた設定やストーリーをはじめ、衣装や出演者に至るまで、現代では考えられないことばかりが散りばめられています。その凄まじい仕上がりは“奇跡”と呼ばれることもあるほど。

そんな伝説的映画が、日本公開40周年を記念してリバイバル上映されることになりました。そこで、本作のぶっ飛んだ魅力をご紹介します。

人を殺してポイントを稼げ!倫理観お構いなしの斬新過ぎるストーリー

舞台は西暦2000年のアメリカ。独裁国家となったこの国では、人を殺すことでポイントを稼ぐ大陸横断レース「デス・レース」が流行していました。今年のレースも人々の熱狂の中スタートを切り、5人のレーサーが死闘を繰り広げる……というストーリー。いち速くゴールすることはもちろん、同時に人を殺すと点数が稼げるというルールで、殺した相手が高齢者や女性などの弱者であるほど高得点が得られるという過激な設定になっています。

最初の犠牲者は道路工事の最中にマシンに轢かれ、股をざっくりと裂かれて死亡。その他、闘牛士ルックでマシンに挑むものの串刺しにされる人、人気レーサーのファンで、彼のポイントに貢献しようと自ら轢かれる女性など、いずれも個性的な轢かれ方で死んでいきます。コミカルな音楽に乗せて行われる轢き殺しは、あくまでブラックコメディとして描かれ、命の尊さや倫理観は一切無視。

しかし一方で、レースの中止と平和な社会を求める秘密組織も介入しており、単に死をコミカルに描くことだけで終わらないところも見どころです。登場するレーサーやナビゲーターにも、それぞれの思惑が渦巻いているのです。

ギャラはたったの1000ドル!無名時代のスタローンが出演

レースに参加する5人のレーサーたちは非常に個性的。主役の覆面レーサー「フランケンシュタイン」をはじめ、西部劇風のカウガール「カラミティ・ジェーン」や、ナチスの恋人と称される「マチルダ」、巨乳のナビゲーターを引き連れた暴君「ネロ」など、バラエティ豊かな面々が、自身の改造車で我先にとゴールを目指します。

そんな中、フランケンシュタインを目の敵にしているのが、レースの嫌われ者「マシンガン・ジョー」。気に入らないことがあるとすぐにマシンガンを乱射するチンピラのジョー役を演じているのが、当時無名だったシルヴェスター・スタローンです。

本作におけるスタローンのギャランティは、わずか1000ドルだったと言われています。製作のロジャー・コーマンは、スタローンが本作出演の半年後に『ロッキー』(1976年)で大ブレイクを果たしたことから、後に「あれは安い買い物だった」とコメント。無名時代のスタローンの出演は、本作をカルト的な地位に押し上げた要因のひとつと言えるでしょう。

チープでユニークな改造車や衣装がなんだか愛らしい

本作を彩るユニークな美術や衣装も、あふれんばかりのB級感が楽しめるポイントのひとつです。レーサーたちが乗っている改造車は、バンパーから牙が飛び出した「モンスター号」や、ナイフやガンを装着した「ピースメーカー号」、牛のような角を持つ「雄牛号」など、それぞれの個性を反映したものばかり。いずれも殺傷能力が高いことがうかがえますが、なんだか脱力感があり、見ているうちに愛着が湧いてくるはずです。

他にも、映画のタイトルバックが色鉛筆の手書き風イラストだったり、衣装も工夫を凝らしている割に絶妙なダサさがあったりと、精密な美術や仕掛けが当たり前となっている現代ではありえないチープ感がたまりません。

もちろんCGなし!疾走シーンと豪快な爆発は必見

忘れてはならないのが、ストーリーの主軸となる大迫力のレースシーン。改造車がアメリカの荒野をひた走り、その様子をローアングルで捉えることで疾走感を演出。車や人が爆破するシーンでは、本物の火薬を使い豪快に爆破を決行しています。これらはいずれもCGなしで撮られたもので、見ている側にもリアルならではの興奮を与えてくれます。

何から何まで規格外の映画ですが、人を殺すことに熱狂する民衆やそれを煽るマスコミがテンション高く描かれるなど、風刺的な側面も感じさせる一作となっています。現代の新作映画にはない独自の視点とユーモアに触れてみてはいかがでしょう。『デス・レース2000年』は、8月12日(土)より新宿シネマカリテにて2週間限定公開、シネ・リーブル梅田、名古屋シネマテーク等にて順次公開です。

(鈴木春菜@YOSCA)