2022年7月10日に投開票がおこなわれた参議院議員選挙では、憲法改正の是非が争点のひとつとなり、憲法改正に前向きな「改憲勢力」が総議員数の3分の2を獲得しました。
これによって議論がますます活発化し、憲法改正に向けて日本が大きく動き出していくことが予想されます。
憲法改正の議論の際、話題に上がりやすいのは第9条の自衛隊に関する表記や第96条の改憲要件の緩和であり、当事者意識がわきにくい話題かもしれません。
しかし、憲法は労働基準法や労働安全衛生法、労働契約法といった法律の根拠となるものであり、その改正は私たちの生活にも大きな影響を及ぼします。
今回は労働者と関係のある憲法条文とその改正案について見ていきましょう。

憲法第22条

憲法第22条は居住や移転、職業選択の自由を保障しています。
皆さんが自由に就職活動や転職活動をおこない、選択した職業の業務にもとづいて営業活動ができるのは、憲法の第22条でその自由が保障されているからです。
この第22条についても改憲が検討されています。

<日本国憲法>

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

<自民党日本国憲法改正草案>

第22条 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
出所:自由民主党「日本国憲法改正草案(現行憲法対照)平成24年4月27日」

元々の条文から「公共の福祉に反しない限り」という一文が削除されており、これによって経済活動がより自由化し、日本経済の活性化が期待できます。
しかし、「公共の福祉に反しない限り」という文言を削除したことにより、経済的弱者が保護されにくくなる可能性があります。
たとえば一般小売商の活動を保証する小売商業調整特別措置法は、「公共の福祉に反しない限り」という文言を根拠に、大企業の経済活動を制限してきました。
今後、もし草案どおりに改憲がおこなわれた場合、経済活動の活発化が期待できる反面、社会的・経済的弱者との格差の広がりが懸念されます。

憲法第25条

憲法第25条は、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する憲法であり、最も有名な憲法条文のひとつではないでしょうか。
「生存権」とも言われ、例えば最低賃金などはこの生存権にもとづいて設定されています。

<日本国憲法>

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

<自民党日本国憲法改正草案>

第25条 全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、国民生活のあらゆる側面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
出所:自由民主党「日本国憲法改正草案(現行憲法対照)平成24年4月27日」

第25条の条文に関しては特に大きな変更はありません。
コロナウイルスの流行によって休業した企業や労働者への補償などは、すべてこの生存権にもとづいて支給され、最低限度の生活が保障されます。
一方で、非正規雇用者や外国人労働者、女性などの弱い立場におかれていた人たちには補償が行きわたらず、生存権が侵害されているという議論も存在します。

憲法第27条、第28条

憲法第27条
憲法第27条は労働の権利を保障した条文です。

<日本国憲法>

第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。

<自民党日本国憲法改正草案>

(勤労の権利及び義務等)
第27条 全て国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。
3 何人も、児童を酷使してはならない。
出所:自由民主党「日本国憲法改正草案(現行憲法対照)平成24年4月27日」

こちらの憲法も元の条文から大きな変更はありません。
実は日本国憲法では勤労は権利であり、義務です。
とはいえ、ここで言う義務は、あくまでも勤労する意思のない者に生存権を保障する必要がないという思想的な表現であり、本来の意味である義務規定にはあたらないという考え方が一般的です。
また、第2項によって定められた法律が労働基準法や労働安全衛生法、労働契約法であり、労働者の生存権を守るために行使されます。

憲法第28条

憲法第28条は労働者の立場を守る労働三権の根拠となる憲法です。
労働三権とは団結権と団体交渉権、団体行動権の3つを指し、労働基本権とも呼ばれ、企業と労働者が公平な立場での交渉を可能にする権利です。

<日本国憲法>

第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

<自民党日本国憲法改正草案>

(勤労者の団結権等)
第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。 2 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。 出所:自由民主党「日本国憲法改正草案(現行憲法対照)平成24年4月27日」 第28条に関しては第2項にて、公務員は一部権利を制限される旨が追加されています。
民間企業の労働者は例外なく、労働組合を結成し団体と交渉、ストライキができる権利が保障されているのですが、公務員に関しては現在でも一部、またはすべての権利が制限されています。
公務員の労働基本権については1973年に最高裁にて、職務の公共性の高さから一部制限を加えるのは妥当だという判決が出ており、それを条文化したかたちです。

憲法改正の議論は煩雑で、スルーしてしまっている人も多いかもしれません。
しかし、私たちの生活に間違いなく大きな影響を及ぼす話題なので、今後も議論の行方を注視しておく必要があるでしょう。

<参考>
・ 衆議院「国会関係法規-日本国憲法」
・ 小売商業調整特別措置法
・ 最高裁判所判例集「昭和43(あ)2780」