2022年4月15日、厚生労働省は「自殺総合対策の推進に関する有識者会議」報告書(以下、報告書)を公表しました。
日本では1998年以降14年連続して自殺者が3万人を超えたことにより、2006年に自殺対策基本法が制定されています。
今回の報告書は、政府が推進すべき自殺対策の指針として定める「自殺総合対策大網」の次なる見直しに先駆けて発表されました。
大網見直しに関する有識者意見の中では、「勤務問題による自殺対策のさらなる推進」に触れられています。
具体的には、過労死防止対策等の十分な連携、およびテレワークの適切な運用を含めた職場におけるメンタルヘルス対策のさらなる推進とされています。
大切なはたらく人々のいのちを守るために、職場は何ができるのでしょうか。
今回は、はたらく人々の自殺の現状、はたらく人々の命を守るために職場ができることについて、体制編と早期発見・早期対応編にわけて説明します。

はたらく人々の自殺の現状

2006年の自殺対策基本法制定以降、自殺者総数は減少傾向にありましたが、コロナ禍に入り2020年には増加に転じました。
翌2021年は21,007人で、前年より減少しています。
「職業別」では「被雇用者・勤め人」が31.9%で、無職者に次いで2番目に多く、「年齢階級別」では「50歳代」が17.2%で最も多く、次いで「40歳代」が17.0%となっています。
まさにはたらき盛りのはたらく人々に自殺が多いことが分かります。
また、「原因・動機別」では、「勤務問題」が4番目に多くなっています。(※1)
2020年の「勤務問題」の内訳を見てみると、最も増加数が多いのは「職場の人間関係」、最も増減率が高いのは「職場環境の変化」でした。(※2)
これは新型コロナウィルス感染症拡大による労働環境の変化が影響した可能性が考えられます

はたらく人々のいのちを守るために〜職場ができること・体制編〜

はたらき盛りの人々は、時代の流れの中で労働環境、労働文化、労働習慣、はたらき方など多様な変化を身をもって感じてきています。
変化の波にもまれるはたらく人々のいのちを守るために、職場は何ができるでしょうか?

法や指針の順守

大前提として「労働安全衛生法」や「労働者の心の健康の保持増進のための指針」などの順守が挙げられます。
ストレス対処は個人差が大きいものです。
それゆえに労働者全体への対策とすることが難しい点もありますが、職場の具体的なストレッサーを把握しやすい管理監督者や職場内の産業保健スタッフのケアが大きな支えとなるでしょう。
「労働者の心の健康の保持増進のための指針」でも、産業医等の助言・指導を得ながらメンタルヘルスケア推進の実務を担当する「事業場内メンタルヘルス推進担当者」の選任をすること、また、これには衛生管理者や常勤保健師などが望ましいとしています。
メンタルヘルス不調を抱えたはたらく人々が治療中の場合、その方々を支える主治医、産業医、産業保健スタッフはそれぞれの立ち位置が違うため、判断もまちまちになりがちです。
立場の違う支援者それぞれが連携することは、総合的な支援につながります。
職場にはメンタルヘルス対策の基本方針として「心の健康づくり計画」の策定が義務付けられています。
ぜひこの機会に見直しをしてみてください。

ストレスチェック制度の活用

2015年12月に施行されたストレスチェック制度の集団分析は、現在「努力義務」となっていますが、厚生労働省では「必要性や緊急性が低いことを意味するものではなく、事業者は、職場のストレスの状況その他の職場環境の状況から、改善の必要性が認められる場合には、集団的分析を実施し、その結果を踏まえて必要な対応を行うことが自ずと求められることに留意するべきである」としています。(※3) 集団分析は労働者のストレス状況の把握、職場環境改善にも有用です。

はたらく人々のいのちを守るために〜職場ができること・早期発見早期対応編〜

在宅勤務への配慮

はたらく世代の自殺の原因には「職場環境の変化」が急増しており、新型コロナウィルス感染症拡大の影響による労働環境の変化は大いに考えられます。
職場環境の変化の一つである在宅勤務はメリットもたくさんありますが、デメリットも心に留めておかなければいけません。
在宅勤務のデメリットには、コミュニケーションの希薄化や行き違い、仕事とプライベートの線引きのあいまいさなどがあります。
コミュニケーションは孤独感・孤立感を防ぐだけでなく、相手の様子や状況をキャッチする機会としても有効です。
在宅勤務でのコミュニケーションの留意点やセルフケアについて、研修を実施するのも良いでしょう。

衛生委員会開催の工夫

リスク者の早期発見・早期対応のために、メンタルヘルス推進担当者や産業保健スタッフ、産業医、と衛生委員会委員との連携や情報共有も重要です。
はたらく人々の健康について審議する衛生委員会だからこそ、はたらく人々のこころの健康状態やリアルな職場環境をしっかりキャッチしておきたいものです。
労働環境の変化はすべてのはたらく人々に起こっています。
衛生委員会の実施状況も大いに影響を受けていることでしょう。
以前のように、同じ場所・空間に多くの参加者が顔を合わせて議論することが難しく、オンライン開催となっている職場が多いことも想定されます。
情報通信機器を用いた安全委員会等の改正に関する通達(※3)の内容を配慮しながら開催する必要があります。
オンラインだと委員相互の円滑な意見交換が難しくなることもあるでしょう。
事前に必要な資料や議題をメールで配信しておき、参加者はそれをもとに意見をまとめておくというのも、活発な意見交換のために良い方法です。
また、開催時に限定するのではなく、意見表出に一定期間を設けるなどの工夫も有効です。
形式的な開催にならないような取り組みを心がけてみてください。

自殺を考える人は「死にたい」のではなく、自分にはコントロールできない困難な問題を、唯一自分がコントロールできる「自分のいのち」で解決しようとしているのかもしれません。
自殺者のうち、精神疾患を経験している割合が高いものの、過半数は医療にかかっていないという実態もあり、本人でもこころの健康状態の悪化に気づいていないことがあります。
だからこそ、職場がはたらく人々のいのちを守る体制を整えておく必要があります。

<出所元>
※1:警視庁「令和3年中における自殺の状況」
※2:厚生労働省「令和2年度 我が国における自殺の概況及び自殺対策の実施状況」
※3:厚生労働省 「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度に関する検討会報告書」
※4:厚生労働省労働基準局長「情報通信機器を用いた安全委員会等の開催に関する通達 安全委員会等に係る情報通信機器の活用について(PDF)」

<参考>
・ 厚生労働省「自殺総合対策の推進に関する有識者会議」報告書
・ 厚生労働省「職場における心の健康づくり〜労働者の心の健康の保持増進のための指針〜」
・ 大塚泰正、鈴木綾子、高田未里「職場のメンタルヘルスに関する最近の動向とストレス対処に注目した職場ストレス対策の実際」(日本労働研究雑誌 49(1))
・ 松本俊彦『「死にたい」に現場で向き合う 自殺予防の最前線』(日本評論社、2021年)
・ 荒武優、廣尚典、亀田高志、田中克俊、鎗田圭一郎、林剛史、柱宗孝、河野慶三、荘司栄徳、川上憲人「職場における自殺予防対策の現状に関する検討(1)(2)」(「産業衛生学雑誌」44(臨時増刊号))
・ 苅部ひとみ「過労自殺と産業保健」(人間総合科学会誌2(1))
・ 太田保之他「職場のメンタルヘルスの現状と問題点」(保健学研究21(1))