お医者さんの肩書の一つに「医学博士」があります。しかし、この医学博士を持っているからと言って、医師免許をもっているとは限りません。そもそも、この学位をもっていると何がすごいのでしょうか? 近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授の大塚篤司医師が解説します。

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 医学博士という肩書があります。

 医学博士と聞くと少し高尚な印象を受けることもありますし、その分野の専門家であるように感じます。一方、医学博士であっても実力差はあり、この肩書そのものをうさん臭いと思う人もいます。

 研究職につく人間にとって医学博士とは「足の裏についた米粒」と言われています。

 これは「とっても食べられないが、とらないと気持ち悪い」という意味です。

 そうなると、医学博士にはどういう意味があるのでしょうか?

 まず、医学博士そのものは医師でなくても取得することができるのをご存じでしょうか。医師でない場合、大学院の修士課程(もしくは6年生の大学)を卒業し、医学分野の博士課程を卒業して論文を書けば医学博士が取得できます。

 このため、医師免許のある医学博士もいれば医師免許のない医学博士もいます。

 医師かつ医学博士の場合、名刺には「医師、医学博士(MD, PhD)」と記載されることが多いようです。

 医師が医学博士を取得する場合は、医学部を卒業後に大学院に入らないといけません。多くの場合、医師免許取得後、何年か医師として勤務し、その後に大学院生になります。入学試験を受け、授業料を支払い、医師としてバイトをしながら研究を進める。医師が入学する博士課程は4年間あるので、この間に研究論文を書いて学位(医学博士)の取得を目指します。

 大学院に入る医師は仕事に脂が乗っている時期と重なることが多く、患者さんをみながら研究をする人が多いようです。話は脱線しますが、大学の医局に所属している医師が、ただ働きで入院患者さんの治療にあたっていた、いわゆる無給医の問題がメディアで取り上げられました。

 大学院生の博士号は、指導教官である教授の影響が大きいため、上からの命令にNoといえず労働力を搾取されていた背景があります。このような現状は早急になくさなければなりません。

 話を戻しましょう。医師の大学院生は家庭を持っていることも多いため、生活も大変です。学費を支払いつつ生活費を医師のバイトとして稼ぎ、医学博士を取得するために研究もするので、苦労の多い大学院生時代を過ごします。

 また残念なことに、医学博士を取得したからといって、大学院卒業後にお給料が上がるわけではありません。そのため、わざわざ大学院に入って医学博士を取得する医師も減ってきているようです。

 こういった経緯から「大学院に入る意味はなんですか?」と若い医師に聞かれることがあります。

 直球で「大学院に入るメリットはなんですか?」と聞かれることもあります。

 現状では、医学博士が必要となるのは大学の教授や准教授など、限られた役職に限ります。ですので、「偉くなろうとは思ってないから大学院に入る必要はない」と考えている医師も増えています。

 私も医学博士を取得していますので、いったいこの「足の裏の米粒」がなんの役にたっているのか真剣に考えたことがあります。

 以前、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんがSNSで以下のような内容のことをおっしゃっていました。

「学校での勉強が役に立たないと考えるのは子どもで、勉強したことをどう役に立たせるか考えるのが大人」だと。

 医学博士も同じことだと思いました。そしてもう一歩踏み込んで考えると、学問そのものは役に立つかどうかで判断するようなことではない、と思っています。

 博士号を取得するということは、論文の内容をうのみにせず懐疑的に読むことができ、自分の頭で論理的に考え、新たな課題を見つけ、それを専門的に解決することができる、ということです。

 その理屈は論理的に正しいかどうか、論理の展開におかしなところはないか、この人の説明は論理的に矛盾していないか、こういった判断はきちんとトレーニングしないとできるようにはなりません。学問としての視座を高く持つために、大学院の博士課程に入り医学博士をとるものだと私はやっと理解できるようになりました。

 医師は人の命を預かる職業です。一生、勉強はついて回りますし、その専門の中で視座を高く持っておくことは重要なことです。

 学ぶ前に役に立つか考えるのではなく、深く勉強することが自分の人生を豊かにするということを、これからも若い先生たちに伝えていきたいと思っています。