「I bought more Japanese ETFs……(日本のETFをさらに買ったぞ)」

 本誌連載「2020年、お金と世界はこう動く」の筆者、ジム・ロジャーズ氏は8月31日、安倍晋三前首相の辞任表明を受け、本誌のメールに対して、こう打ち返してきた。



 ジム氏はこれまでの連載の中で、「最近、日本株のETF(上場投資信託)を買った」ことを明らかにしている。そのETFを、「安倍辞任」で買い増しした、というのだ。

 ジム氏といえばジョージ・ソロス、ウォーレン・バフェット両氏と並び、「世界3大投資家」の一人とされるマネーの巨人である。そのジム氏が数ある投資先の中から日本株ETFを選んでいる。

 そもそも「ETF」とは何か。経済アナリストの森永康平氏が言う。

「文字どおり株式市場に上場している投資信託です。ETFは株価が日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)など、その国を代表する株価指数に連動するように運用されているのが一般的です。普通の投資信託は1日に1回しか買えませんが、ETFは株式市場に上場しているので、市場が開いていればいつでも売買が可能です。売買価格を指定する『指値』も使えます」

 こういうことだ。

 例えば日経平均を扱うETFの価格は、現物市場と同じ値動きをするように設定されている。先月28日、安倍氏の首相辞任の意向が伝わると、日経平均は一時、前日終値から600円超下がった。終値は300円安まで戻しているから、下がったタイミングで買えていれば、その日のうちに利益を出すこともできた。こうした構造から、ETFは株式投資に慣れた投資家向きの商品といえる。なるほど投資の大家、ジム氏に向いている。

「ジム氏はグローバルに投資している。だから日本については、個別企業の業績など詳しい要因を分析するのではなく、市場に幅広く投資するETFを選んでいるのではないでしょうか」(森永氏)

 今週号の連載でも触れられているが、興味深いのはジム氏のETF購入の理由である。これまでの連載でも、大意、次のように述べている。

「日本銀行の黒田東彦総裁が、新型コロナによる経済危機でお金を大量に刷り、債券やETFを買っている。黒田総裁が買うから私もETFを買う。私は日銀がやっていることをまねしているだけだ」

 確かにETF市場を探ると、日本の株式市場全体を含めて「主役」の一角は、もう何年も日銀が務めていることがわかる。ニッセイ基礎研究所の井出真吾上席研究員が言う。

「日銀は2010年から日本株ETFを買い始め、一貫して買う量を増やし続けています。13年に黒田総裁の異次元緩和が始まると、同年の年間1兆円から14年に3兆円、16年に6兆円、そして今年コロナ危機で3月に12兆円まで枠を増やしました」

 今や日銀が購入したETFは時価で39兆円にまで達している。なぜ、日銀はここまでETFを買い続けるのか。

「日銀は金融緩和の一環と言っていますが、市場では株価の下支え策と受け止められています。量が増え続けているのは、マーケットは日銀の『買い』にすぐなれっこになってしまうからです。量を増やさないと株価下支えの『効き目』が切れてしまうのです。一種の中毒といっていいでしょう」(井出上席研究員)

 ETFも投資信託だから、その背後には現物株の裏付けがある。日銀から買いが入ると運用会社は新たなETFを組成するために市場からの現物買いに走る。投資家は、日銀の買いで価格が上がったETFと現物の価格差からの鞘取りを狙って現物買いに走る。このように、日銀がETFを買うと、さまざまなルートで現物株に買いが入るから株価が上がるのだ。

 そのかいあって、コロナでの3月の暴落を除いては株価は上昇基調を保っている。日銀のETF買いは、止めてしまえば株価が維持できなくなる恐れがある。

「だから、もはや簡単に止めることは不可能なレベルになっています」(同)

 ジム氏も、こうした流れを見越しているのだろうが、では、なぜジム氏は日銀のまねをすれば儲かると思っているのか。

 実はジム氏の連載は、『ジム・ロジャーズ お金の新常識』(朝日新聞出版)としてこのほど書籍化された。本の中でジム氏は、この「日銀のまね」をしたETF買いを紹介したすぐ後で、投資では「政府のお金がどこへ行くかを考える」ことが大事だと述べている。政府が事業をする場合、事業に投じる政府のお金がどの会社に入るのかを予測し、お金が入りそうな会社に投資して「儲けの一部を手に入れる」というのだ。

 政府=日銀ではないものの、ETF買いも当局の動きに追随するジム氏の投資姿勢の一環のように見える。

 ETFで日本全体に投資し、投資先は当局の姿勢から学ぶ──こうしたジム氏のマネーに対する姿勢は、個人投資家の参考になるのだろうか。

 先の井出上席研究員は、日本株ETF自体は少額から始められるため、投資の「練習」になるのではとする。

「投資未経験の人が手始めに株式市場に投資するには日本株ETFは『あり』じゃないですか。十分に投資先が分散されているから、個別株のように倒産で価値がゼロになったりすることはありません。さらに一度に買うのではなく何回かに分けて買えば、時間も分散できます。それで慣れてくれば、投資額を増やしたり海外へ資産を分散させたりしていけばいい」

 ただし、練習台にはなっても、本格的な長期投資や資産形成に向いている商品ではないようだ。資産運用に詳しいファイナンシャルプランナー(FP)の深野康彦氏が、

「資産形成層にとっては『長期・分散・積み立て』が基本ですが、ETFは積み立てができる商品がほとんどありません。分配金が出る商品はありますが、それが自動的に再投資される仕組みがないので複利効果も望めません。長期の資産形成をしたい人にはあまり関係がないといっていいでしょう」

 と言えば、マネー相談専業のFPである高橋忠寛氏も、

「株が好きな方以外でETFをご存じの方はほとんどいらっしゃいませんね。市場全体に投資するインデックス投資自体は私もすすめていますが、普通の投資信託の手数料が近年安くなり、ETFとほとんど変わらなくなっています。そうなると、なじみのある投資信託で十分で、ETFの優位性が低くなります」

 確かに、実際の売買高を見ると、現物株の値動きの2倍になったりする「レバレッジ型」などのETFの出来高が多い。この種の商品は投資好きの人が買うから、やはり日本株ETFは株投資のプロ向きなのか。

 とはいえ深野氏は、少額で投資できることを手掛かりに、短期的な売買で利益を稼ぐ手法なら考えられるとする。

「安倍辞任ほどの大ニュースでなくても、市場は各種材料に反応して上下します。下がった日に勇気を出して買いに行けるのなら、ETF買いもありでしょう。でも、あくまで短期で、少し上がったら売ることです。大きい利益でなく、小さな利益を積み上げる手法がいい」

 なお、当局の動きに追随する投資法は、大方が好意的な受け止めだった。

「これは昔からある格言どおりの投資法です。『国策(政策)に売りなし』。国が進める政策に同調して投資先を探すのは投資の王道です」(先の森永氏)

 さしずめ今なら、菅義偉首相が何を打ち出すかを読むことが投資の王道につながる。これを機会にジム氏のように、政府のお金の行き先をさっそく考えてみてはいかがか。(本誌・首藤由之)

※週刊朝日  2020年10月2日号