いま、異端の経済理論「MMT」が大きな注目を集めている。巨額の債務を抱える日本でありながら、「インフレにならない限り財政赤字は問題無い」と説き、さらなる財政出動を促す。経済政策にまで掲げる政党も登場した。

 日本財政や将来年金の末路を100以上のデータをもとに徹底検証した『キリギリスの年金 統計が示す私たちの現実』(朝日新書)で、MMTの持つ危うさに繰り返し警鐘を鳴らす弁護士の明石順平氏が特別に寄稿した。

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 MMTとは、Modern Monetary Theory(現代貨幣理論)の略です。これは端的に言うと、「自国通貨建ての国債はデフォルトにならないので、インフレにならない限り、財政赤字は問題無い」という主張です。だからもっと借金して財政支出をたくさんしろと言うのです。しかし、これは全く真新しいことを言っていません。

 自国通貨建の国債の場合、市中消化しきれなくなれば、最後の手段として自国の中央銀行に直接引受をさせれば、形式的にはデフォルトを避けることができます。

 ところが、それをやると事実上政府の裁量で通貨を発行し放題になることを意味します。すると、為替市場の参加者達は「円がたくさん発行されて円の価値が下がるぞ」と予想し、円が売られてしまいます。そうなると円安インフレが発生します。円安インフレが進行し過ぎると、それに合わせて財政支出を増やさないと追いつかなくなります。そこで財政支出を増やすと、また「円の価値が下がるぞ」と思われてやはり円が売られて円安インフレが悪化します。

 このように、財政支出増大→インフレ→インフレに合わせて支出増大→さらにインフレ進行→インフレに合わせて支出増大→さらにインフレ進行という無限のスパイラルが発生するのです。これが理解できないので、ベネズエラではずーっとこのスパイラルが止まらず、インフレが進行しっぱなしです。

 MMT論者の主張を見ていると、「今はモノやサービスの需要に対して供給が過剰だからデフレなのだ。供給不足にならない限りインフレにならない」と思い込んでいるようです。しかし、財政への信頼喪失からくる通貨安インフレは、モノやサービスの需給とは別の次元の話です。

 現に、2019年と2012年を比較すると消費者物価指数は7%以上も上昇しています。これは日本国内の需要が増えたからではなく、消費税増税に円安インフレを被せたからです。

 円安インフレの原因はアベノミクス第1の矢「異次元の金融緩和」です。日銀が国債を爆買いして円を大量供給したため、為替市場の参加者達が「円の価値が落ちる」と予想して円を売り、民主党時代と比較して大幅な円安となったのです。

 民主党時代は1ドル80円ぐらいだったのが、最も安い時で1ドル120円ぐらいまで下がりました。これは、円の価値がドルに対して3分の2になったことを意味します。そうすると、外国との取引の決済に使用するドルを得るために、今までよりも多くの円を支払う必要があるため、輸入物価が上がります。それは国内物価に転嫁されるので、国内物価が上昇するのです。

 そして、消費税増税よりも、円安インフレの方が物価に与えた影響が大きいです。物価だけが上昇してしまったため、GDPの約6割を占める実質民間最終消費支出は、2014年から3年連続で下落しました。これは戦後初です。つまり、アベノミクスは戦後最悪の消費停滞を引き起こしました。

 みなさんも、お菓子が小さくなったうえに値上がりしているのに気付いたでしょう。それは円安が進行して輸入物価が上がってしまったからです。このように、需要が伸びなくても通貨安インフレによって物価が上がることはあります。MMT論者は、この「通貨安インフレ」というものを全く無視しています。

 したがって、「インフレにならない限り財政赤字は問題無い」なんて、当たり前なのです。財政赤字が増え過ぎれば、財政への信頼低下により、通貨が為替市場で売られて通貨安インフレが発生してしまうからです。

 日本のMMT論者を見ていると、「物価上昇率前年比2%を達成するまでは財政拡大してよい」と主張する人が多いようですが、何かのきっかけで円が為替市場の信頼を失えば、円安インフレによってあっという間に前年比2%は達成されてしまうでしょう。

 アベノミクスだって、原油の暴落で円安インフレがある程度相殺されるという偶然が無ければ、前年比2%が達成されていたことは確実です。しかし、それは単に通貨の価値が落ちたことによるインフレですので、国民にとって全く意味の無い悪いインフレです。

 MMT論者は、「誰かの赤字は誰かの黒字」という言葉をよく使います。誰かが借金しないと他の誰かの黒字は生まれないということです。間違いではありません。しかし、ここでも、「通貨安インフレ」という要素が無視されています。国債を市中消化できなくなれば、つまり、国家財政への信頼が失われれば、通貨は信頼を失って暴落するのです。そうすると、いくら通貨をたくさん持っていても無意味です。その価値が無くなってしまうからです。ハイパーインフレに襲われた国だって、政府は大赤字、民間は大黒字でしょう。

 なぜMMTを支持する人がいるのか。それは極めて単純です。「負担はしたくない。でもお金は欲しい」というわがままな欲望を叶えたいからです。

 全ては為替市場次第と言って良いでしょう。どんなに無茶苦茶な財政支出をしてもたいして円安が進行しなければ、いつまでも財政支出をし続けることができます。しかし、ひとたび為替市場の信頼を失い、円が暴落すれば終わりです。

 本稿は極めて短くまとめましたので、これだけで理解をするのは難しいと思います。より詳しく知りたい方は拙著「キリギリスの年金」や「ツーカとゼーキン」を読んでください。(弁護士・明石順平)