平井堅がテレビの音楽番組に出ているのを見ると、画面に釘づけになる。バラードでの伸びやかなハイ・トーンによるファルセット・ヴォイスに聴き惚れる。そんな歌声とともに見せるあの仕草! 音の高さを確かめるように上げ下げする右手の動きに目を奪われ、思わずテレビの前で自分の右手を上げ下げしてしまうこともある。カラオケで平井堅の歌を歌う時にはマストな仕草なのに違いない。

 多彩で幅広いレパートリーのどれを取っても、平井堅の歌に取り組む熱意がうかがえる。歌うことが好きでたまらず、心から楽しんで歌っている様子――そんなところも大きな魅力として挙げられよう。

 7月12日に発売された平井堅の『Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2』は、超ベスト・セラーを記録したベスト盤『Ken Hirai 10th Anniversary Complete Single Collection '95―'05 歌バカ』(2005年発表)の続編にあたる。

 今回は3種あって、初回限定盤Aは「All Time Single Collection 1995―2017」として、デビュー・シングル「Precious Junk」から最新作「ノンフィクション」まで46曲を収録したCD3枚に、新曲10曲を収録した『歌バカだけに。』を加えた4枚組だ。

 デビューしてからしばらくは鳴かず飛ばずだった。8枚目のシングル「楽園」からヒットを続け、「大きな古時計」で幅広い年齢層の支持を得るようになった。「瞳をとじて」も忘れ難い。近作では「いつか離れる日が来ても」「僕は君に恋をする」「アイシテル」といったバラードが魅力的だが、安室奈美恵と共演した「グロテスク」も一聴に値する。大切な知人3人の死をきっかけに、日常の生活で抱える疑問、さらに“生”について自問した最新作の「ノンフィクション」はしみじみと味わい深い。

 今回の『歌バカだけに。』は、平井堅が敬愛し、交友のあるミュージシャン10組が書き下ろした新曲を収録している。

 いきなりオート・チューンで加工されたヴォーカルで始まるtofubeats制作の「READY FOR YOUR LOVE」は、ハウス風のダンサブルなナンバーでエレクトロ的な要素も併せ持つ。ファルセットを交えながら斬新なビートに取り組む平井堅の歌は、生真面目で丹念。スタイリッシュな歌唱を意識した様子だ。オート・チューンを多用するPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅを手がけてきた中田ヤスタカ制作の「ネガティブボーイ」では、意外にもヴォーカルの加工はほとんどない。恋愛に消極的な主人公を描いた歌詞を明快に歌い上げている。

 豪快なテクノ・サウンドとユーモラスで滑稽な歌詞による石野卓球の「Don't感・Don't恋」。サウンドの強引さに押され気味だが、サビでは情緒あふれる歌唱を聴かせる。やさぐれ感が満載の横山剣の「やってらんないぜ」。横山のクセのある歌唱にならいながら、サビの部分で平井の個性を発揮。

 歌詞に女性の視点が織り込まれたTOKOの「Dance with you」やBONNIE PINKの「Emmm……」、ボ・ディドリー風のリズミックなギター・サウンドによるLOVE PSYCHEDELICOの「Gift」なども、これまでになかった取り組みだ。

 スピッツの草野マサムネが提供したのは「ブランケット」。草野ならではのメロディーに、ひねり技を加えた歌詞。草野の持ち味、ギター・ロック主体のスピッツのサウンドを隠し味にした亀田誠治の編曲、制作のもと、平井堅の歌唱がはつらつと響く。草野は「平井堅のパブリックイメージはバラードとかダンサブルなポップスですよね? そんな彼が歌わないタイプのメロディと歌詞をあえて意識して作った」とのコメントを寄せている。

 歌声が似ていることを平井自身も認めている槇原敬之の「一番初めての恋人」は、平井が好んで歌ってきた槇原作品の「ANSWER」の続編という。槇原への敬意を込めた丹念な歌いぶりが印象深い。KANの「歌」では、平井の個性をふんだんに織り込み、あの仕草までを想像しながら作品を手がけ、平井らしく歌う歌唱指導もあったという。平井の魅力を最大限に引き出したとして、ファンなら納得のいく作品だろう。

 先の草野マサムネのコメントではないが、シングル曲の集大成ではバラードとポップでダンサブルな作品が際立っている。すでに幅広い音楽性、多彩なレパートリーを持つ平井だが、『歌バカだけに。』は、平井らしさ、その持ち味を自問しながら、新たな挑戦に取り組んだ意欲作だ。シングル曲の集大成と併せて耳にすれば、それをより実感できる。オリジナル・アルバムとしてでなく、あえてシングル・コレクションと合わせて発表した背景には、そんな意図があったのに違いない。(音楽評論家・小倉エージ)

●初回生産限定盤A(アリオラジャパン BVCL―807〜810)
●通常盤(同 BVCL―815〜817)は「バイマイメロディー」から最新作までの23曲を収録したCD2枚と『歌バカだけに。』のセット
●初回生産限定盤B(同 BVCL―811〜814)は、通常盤と同じCD3枚にミュージック・クリップを集めたブルーレイ・ディスクがつく