「僕が、演劇って素晴らしいなぁと思うのは、舞台設定に応じて、演者は国籍も、性別も、時代も、年齢も超えられるところなんです。ときには、『僕は椅子です』というように、無機質なものになることだってできる。そうやって人間だけが持つ“想像の力”をフルに発揮できるのが、演劇の醍醐味であると思いますね」

 篠井英介さんは金沢の旧市街で生まれ育った。日本の古典芸能や伝統文化が色濃く残る街で、篠井少年は、6歳にして日本舞踊を習い始めた。小学生のときに芝居に関心を持ち始め、10代後半に金沢の劇場で、「欲望という名の電車」を観たことで、“女形”への憧れを強く持つように。落ちぶれた名家出身の女性が、妹夫妻の家に身を寄せるうち、隠していた過去が暴かれ、破滅していくという救いのないストーリーだったが、主人公のブランチを演じていた杉村春子さんの芝居に大きな衝撃を受けた。いつか男である自分がブランチを演じられる日がくれば、本望だと思った。

“ネオかぶき”と称し平易で大衆的な歌舞伎の復権を目指す劇団「花組芝居」を経て、演出家の鈴木勝秀さんと出会った。2001年には念願だった「欲望〜」のブランチを演じることに。鈴木さんと篠井さんは、それに三島由紀夫の「サド侯爵夫人」とオスカー・ワイルドの「サロメ」を加え、「女形ヒロイン三部作」と呼んだ。今年は、久しぶりに鈴木さんとタッグを組む。1940年代のニューヨークで、音痴と称されながらも人々のために歌い続け、熱狂的に愛された歌姫フローレンス・フォスター・ジェンキンズ。実話を元にしたコメディー戯曲「グローリアス! Glorious!」で、篠井さんは、そのヒロインを演じることに。

「最近、舞台で女形を演じていなかったのは、僕が50代になったことが大きかったんです。ヒロインというのはどうしても美しかったり、若かったりすることがほとんどなので(苦笑)。でも今回は、老女で、とても大衆に愛されたキャラクター。昨年上映された映画『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』ではメリル・ストリープが演じています。嬉しいのは、同世代に素晴らしい女優さんたちは大勢いらっしゃるのに、あえて、『篠井にやらせたら面白かろう』と思ってくださった人がいたこと。そうやって、僕に期待してくださったからには、期待通りか、期待以上のものを見せなければ。でないと女形の僕には先がない。そのくらい切羽詰まった気持ちで毎回取り組んでいます。綱渡りです(笑)。だから、“自分にこのくらいの役がくるのは当然だ”と、暢気にしている俳優さんを見るたびに、若い頃は腹を立てていましたね(笑)」

 女形として役と巡り合える難しさを痛感しているからこその言葉。そうして新たな役を得て、篠井さんの切実かつユーモア溢れる芝居は、観る者の想像力を刺激する。

※週刊朝日  2017年8月4日号