現在放送中のドラマ「カンナさーん!」で主演を務めているのは、芸人の渡辺直美。子育てや家事をしながらファッションデザイナーの仕事を続けるパワフルな女性の役を演じている。若者たちのファッションアイコンとして知られる渡辺にはまさにぴったりの役柄。下馬評を覆して視聴率も2桁をキープする人気ぶりとなっている。

 ここ数年の渡辺の活躍にはめざましいものがある。インスタグラムでアップする写真がオシャレで面白いと評判になり、フォロワー数で日本一になった。ぽっちゃり体型の女性向けのファッションブランド「Punyus」をプロデュースしていて、ファッションイベントへの出演も多い。いまや芸人という枠を超えて幅広い分野で活動している。

 しかし、渡辺はこの地位を築くまでに人知れず苦労を重ねてきた。デビューしてすぐにビヨンセの口パクものまねのネタでブレークしたため、一見すると順風満帆の芸人人生に見えるのだが、本人はそう思っていなかった。

 もともと渡辺は、ネタ、大喜利、フリートークなどの芸人的な仕事を苦手としていた。ビヨンセのネタで注目されてすぐに「笑っていいとも!」のレギュラーに抜擢された。だが、トークが不得意な彼女はバラエティ番組で自分の持ち味を出すことができず、内心では焦りを感じていた。

 この時期の渡辺をライブで見たことがある。ピン芸日本一を決める「R-1ぐらんぷり」の予選として行われたライブで、渡辺は歌やダンスを使わない芝居仕立てのコントを演じていた。だが、そのネタはお世辞にもクオリティが高いとは言えない代物だった。すでに渡辺の顔と名前は知られていたにもかかわらず、ネタの最初から最後まで客席は静まり返っていた。

 お笑い界では「ネタやトークができないと一人前の芸人ではない」という考え方が根強い。言葉を使わず、動きや表情だけで笑いを取ろうとする渡辺のスタイルはなかなか理解されなかった。

 当時そんな彼女を励ましてくれたのがオリエンタルラジオの中田敦彦だ。「武勇伝」という新しい形のリズムネタで渡辺よりも一足先にブレークしていた中田は、彼女の苦悩をよく理解していた。中田は渡辺にアドバイスを送った。

「苦手なことなんて気にしなくていい。お前にはお前にしかできないことがある。得意なことを伸ばしていけばいいんだ」

 この言葉に背中を押されて、渡辺は自分の技を磨くことに専念した。歌、ダンス、変顔、ファッションなど、得意な分野を掘り下げていくことで、渡辺は徐々に自分らしさを発揮できるようになっていった。

 2014年、渡辺は自分の表現力をさらに高めるために重大な決意をした。日本での仕事を一時休業して、3カ月間ニューヨークに行くことにした。「戻ってきたら仕事がゼロになっているかもしれないぞ」と反対するスタッフもいた。だが、渡辺は、今の自分にはどうしても行くべき理由があると感じていた。そして、単身ニューヨークへと旅立った。

 エンターテインメントの聖地で英会話とダンスを学びながら、さまざまな人に会い、ライブを見ては刺激を受けた。そこで彼女が学んだのは演じる側の「気持ち」の重要性。伝えたいという気持ちが強ければ、言葉が通じなくても前提知識がなくてもきちんと伝わるものがある。そんな収穫を得て帰国した渡辺は、さらに一回り大きく成長した。

 帰国後は、デザイナーやダンサーなどお笑い以外のジャンルのクリエイターと仕事をする機会も増えてきた。その中で、ジャンルが違っても「伝えたい」という強い思いがあることには変わりがないのだ、ということを実感した。こうして渡辺は「芸人かくあるべし」というルールから完全に解放された。既存の枠に囚われず、ますます幅広い分野に進出していくようになった。

 2016年には自身初の海外ツアーを開催。ニューヨーク、ロサンゼルス、台北の3カ所を回り、言葉を使わないパフォーマンスで会場を沸かせた。芸人の枠を超え、日本という枠も超えて世界的なエンターテイナーへと成長しつつある渡辺直美。彼女の芸の根底に流れているのは「目の前の人を楽しませるために全力を尽くす」というニューヨークで学んだ表現者としての「魂」なのだ。(文/お笑い評論家・ラリー遠田)