歌手・小林幸子が今年で歌手生活55周年の節目の年を迎えた。



天才少女歌手として脚光を浴び、10歳でデビューしたのはちょうど前の東京五輪が開催された1964年のこと。

 それから55年、芸能界の最前線で活躍し続けているのもスゴいことだが、会うたびにいつもその若い感性、エネルギッシュさに驚かされる。

 小林といえば、「おもいで酒」や「雪椿」など数多くのヒット曲を世に放ち、「NHK紅白歌合戦」に34回出場するなど演歌歌手として類まれる実績を持つ一方、近年はコミケやニコニコ動画などでも活動している。

抜群の歌唱力を活かし、初音ミクなどボーカロイドが歌う楽曲、いわゆる“ボカロ曲”に挑戦するなど新境地を開拓し、若い世代からは“ラスボス”の愛称で支持されている。

■米津玄師の「Lemon」にピンと来た

 先日も、最近の音楽業界の話題から昨年大ヒットを飾った米津玄師の「Lemon」に話が及ぶと、「あの曲をたまたま初めて聞いた時、『何だか“ボカロP”が作るようなメロディーの曲だな』と思ったんですけど、後になって元々はボカロPをなさっていた米津さんの曲だと知って『やっぱり!』って……」と明かしていた。

「ボカロP」とは、ボーカロイド技術を駆使して作曲や編曲など音楽プロデューサー的な創作活動を活動を行うクリエーターの総称で、近年では音楽業界のメジャーシーンで活躍する者も増えている。

 小林以外のベテラン歌手の中にも、そうした「ボカロP」の存在を認識している者はいるだろうが、とはいえ、そうした他の歌手が「Lemon」を耳にした瞬間、前述のようなイメージがすぐに頭をよぎるかとなると話は別だ。

 実際に、プロの歌い手として人気ボーカロイドの初音ミクの名曲「千本桜」「みくみくにしてあげる♪」をアレンジした「さちさちにしてあげる♪」など多数の「ボカロ曲」を歌唱した経験のある小林ならではの感覚なのだろう。

「はじめは『面白そうだな!』と思って歌ってみたんですが、『ボカロ曲』はコンピューターで作成した曲ですからね。これまで演歌や歌謡曲、スタンダードナンバー、ジャズ、シャンソンと色々と歌ってきましたけど、あり得ない音階やメロディーラインが出てきたり、ブレスする所がなかったりするんですよ。初音ミクさんは36節ある曲でも1回も息継ぎなしで歌っちゃう。でも、人間は息をしないといけないですからね。私もプロの歌い手として、『ここでは切れない!』と思って最後まで歌いましたが、呼吸困難になりそうになりました(笑)」

 数年前、小林に初めて『ボカロ曲』に挑戦した時の印象を聞いた時の会話が思い出される。

 それと同時に、「面白そう!」という前向きなチャレンジスピリットこそ、まさに歌手生活55年を支えた「幸子イズム」の原点なんだと改めて感じた。

 その“攻めのスタイル”は、何も近年のコミケへの参加やニコニコ動画への投稿、『ボカロ曲』に始まったことではないからだ。

小林といえば、97年から「ポケットモンスター」シリーズのテレビ版や劇場版のエンディング主題歌に参加しているが、他にも映画ファンの間でも名作の呼び声が高い「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」(01年公開)のエンディング主題歌を歌うなど、「アニソン」との縁も古い。


■常識を覆してきたキャリア

 振り返れば、83年には米ロサンゼルス、ブラジルでの海外公演を開催、94年には女優として映画「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様」に出演、99年には覆面歌手「Satchomo(サッチョモ)」として「アイフル」のCMソング「お地蔵サンバ」を発表、01年には福岡・博多座で女性歌手初の座長公演を上演、03年には歌手・美川憲一とともにパチンコ機種「華王」のキャラクターを務め、15年には「ニコニコ超会議2015」でプロレスデビューするなど、その挑戦は枚挙にいとまがない。

 今でこそ、大物アーティストが海外公演を行ったり、「アニソン」やCMソングを歌ったり、パチンコ台とタイアップしたりするのは至極当たり前となっているが、そうした“常識”が希薄だった時代、他のアーティストに先駆けて “常識”を覆してきたのが小林なのだ。

25歳の時にリリースし、再ブレークのキッカケとなった「おもいで酒」で70年代では異例のWミリオンを達成するなど、類まれるなる実績やキャリアを誇りながら、過去の栄光に捉われず、常にポジティブに未知の領域にもチャレンジし続ける。

 こうした「幸子イズム」が、歌手生活55周年を迎えた今なお現役バリバリの歌い手として世代を超えた支持される要因なのだろう。

 もっとも、当の小林本人にそうした思いをぶつけても、「元々の性格なんですよ。単純に楽しんでいるだけなんです。『自分はこうでなくてはいけない』とか、『演歌を何年も歌っているんだから』とか…、そういうことを考えるよりも、『人生楽まなきゃ!』って。自分の許容量を超えていくというか、色んなことをやらせて頂くのは楽しいですしね」

 とはいえ、浮き沈みの激しい芸能界、“楽しむ”だけで長きにわたる活躍を続けられるほど甘い世界ではない。

■「紅白出る!」を笑われた

 天才少女歌手として若くして売れた小林だが、『おもいで酒』のヒットまでの低迷期には、まさに自身が「寅さん」で演じた売れない歌手さながらの低迷期も経験している。
 
 かつて小林は不遇の時代を振り返りこう語っている。

「クラブやキャバレーでお客さんに合わせて一緒に曲を歌ったこともありましたし、米軍キャンプで洋楽を歌ったこともあります。『おもいで酒』は元々B面に収録された曲で、有線チャートから徐々に人気に火がついてヒットし、おかげさまでその年の『紅白』に出場させて頂きましたが、その前年の大みそかは熱海のホテルで温泉旅行に来たお客さんを前にステージをして、楽屋のテレビでスタッフと一緒に『紅白』を見ていました。『来年こそ紅白に出る!』って言ったら、みんなに笑われましたよ」

 周囲の笑いをよそに、小林は翌年その言葉を現実のものとするわけだが、くしくも今夏に上梓した『ラスボスの伝言 小林幸子の「幸」を招く20のルール』には、『思い込みを捨て、思いつきを拾え』や『強がってみようよ 苦しい時こそ』、『ライバルは常に過去の自分』、など、紆余曲折あった長い歌手生活の中で培った「幸子イズム」を彷彿とさせる“ルール”が多数出て来る。

そんな中でも、とくに個人的に心に引っ掛かった『自分の機嫌は自分で取りなさい』というルールについて話を聞いてみると…。

「私だって人間ですから、そりゃあ機嫌が悪い時はありますよ。でも、どんなに周りの人が機嫌を取ってくれたり、持ち上げてくれたりしても、その理由は自分が一番よく分かっていますからね。最後は、自分で自分の機嫌を取るしかないんです。男性の方はあまりないかもしれませんが、女性、とくに私みたいな仕事をしていると、よく鏡を見る機会があるんです。すると、分かるんですよ。不機嫌な時は、どんなに取り繕ってもやっぱりひどい形相をしている(笑) だから自分にエールを送るんです。『あなたは大丈夫!』とか…」

 どんなにキャリアや実績を重ねても時には自分に発破をかけて、己を鼓舞し、ポジティブな気持ちを持ってエネルギッシュに新たなステージに挑んでいく。

 卓越した歌唱力は言うに及ばず、そうした挑戦の積み重ねが、歌手生活を55周年を迎えた今なお現在進行形で進化し続ける“ラスボス”の原動力なのだろう。 (芸能評論家・三杉武)