「女が嫌う女」をめぐる状況が変化している。かつて、その代表格だった田中みな実(33)はいまや「女が憧れる女」だ。彼女がMC陣の一角を担う「あざとくて何が悪いの?」(テレビ朝日系)は今月からレギュラー番組となった。



 また、秋元康は現在最も力を入れている日向坂46の推し曲に「アザトカワイイ」を持ってきた。以前「ぶりっこ」として同性に敵視された要素がいまや「あざとかわいさ」として好感を呼ぶようになってきたのだ。

 そんななか、相変わらずなのが吉岡里帆(27)だ。じつは今年、メディア露出が減っているのだが、6月に発表された「嫌いな女優」アンケート(文春オンライン)でもしっかり19位にランクイン。「あざとい」「ぶりっこ」「華がない」といった声を集めてしまった。

 ちなみに、彼女のメディア露出のピークは2017年。ドラマ「カルテット」「ごめん、愛してる」(ともにTBS系)をはじめ、アニメ映画「名探偵コナン から紅の恋歌」のゲスト声優や「NHK紅白歌合戦」の審査員など引っ張りダコだった。CMでも、日清食品「どん兵衛」のどんぎつねシリーズが始まったほか、日本コカ・コーラの「綾鷹」資生堂の「エリクシール ルフレ」などに起用され、女王的存在に。「吉岡里帆『スッピン濡れ髪』で会いに行った佐藤健(さとうたける)宅」(女性セブン)というスキャンダルも報じられた。

 翌18年には、主演ドラマ2本の数字がいまいちだったことから失速してしまうが、それでも去年の今頃はドラマ「時効警察はじめました」(テレビ朝日系)にレギュラー出演中だったし、主演映画「見えない目撃者」と準主役の声優を務めたアニメ映画「空の青さを知る人よ」が公開中だった。また、12月にはアニメ「ちびまる子ちゃん」(フジテレビ系)の「まる子の孫がやって来た?」の回にゲスト声優として登場。神回として評判になり、筆者にとってもこれが彼女のベスト作品だったりする。

 それが今年となると、現時点でドラマ出演はなし。映画や舞台はあるが、それほど話題になってはいない。BS‐TBSのミニ番組「奈良ふしぎ旅図鑑」でふしぎ案内人をしている姿を見かけたりするにつけ、一時より地味になった印象を否めないものだ。

 にもかかわらず、依然として「女が嫌う女」の象徴的存在であり続けているのは、ブレーク時の流れも影響しているのだろう。

 彼女は16年、NHKの朝ドラ「あさが来た」でヒロインに心酔する黒ぶちメガネの少女を演じ、注目された。と同時に、それ以前からやっていた男性誌での水着グラビアの色っぽさが話題に。この、メガネっ子かと思いきや、脱いだらナイスバディーというギャップは男ウケしたが、世の女性からは反感を買った。

 そして翌年「カルテット」では男たちを手玉にとる悪女役。「どん兵衛」のCMでも「どんぎつね」というまさに男を化かす役をこなすようになったことで、女ウケの悪さがエスカレートしてしまった。多くの女性が、彼女に男を取られそうな危険をイメージするようになったのだろう。

 ただし、彼女にも女性ファンはいるし、アンチにしても関心は持っているわけだから、いつかファンになる可能性がある。かつての松田聖子も、最近の田中みな実も、アンチを味方にすることで強大化したのだ。

 実際、一昨年にはオトナンサーが「お手本は吉岡里帆! 悔しいけどマネしたい『あざかわ女子』の生態とは」という記事を配信。筆者も昨年、同サイトで「吉岡里帆が“田中みな実”になるとき 芝居の神様は、女性の嫉妬を憧れに変える!」という記事を書いた。根っからの演劇好きで、ストイックな自分磨きでも知られる彼女は、きっかけ次第で女ウケもよくなるのではと感じていたからだ。

 しかし、現実として、彼女は「あざかわ女子」のお手本にも、田中みな実のような存在にもなれていない。その一因は、自分のキャラやイメージをネタにできていないことだろう。田中にせよ、松本まりか(36)にせよ、前出の「あざとくて何が悪いの?」などで自分のキャラやイメージを面白おかしくネタにできている。笑いは安心につながり、世の女性も警戒を解くのだ。

 ではなぜ、吉岡がそれをできないのかといえば、こういう考えの人だからだ。

「私はそもそも自分の中に嫌われる要素があるなと思っていて。そういう部分はちゃんと受け入れて、それでもみなさんに真剣に作品を届けたいと思っているので。嫌われても、私は作品を見てくださる方が好きだから。(略)失敗する、嫌われるかもしれないと思っていてもやる。そういうことを生きていく上で大事にしたいんだと思います」(BuzzFeed Japan)

 これも役者としての真摯な仕事観である。ただ、問題は彼女が大事にしたい演技を続けていくにもそれなりの人気が必要なことだ。たとえば、前出の「嫌いな女優」アンケートでは、その演技への低評価も見られ、男性からのこんな声もあった。

「演技力ゼロ。嫁さんだったら最高なんだけど……」 

 個人的に、彼女の演技力がゼロだとは思わないが、よほどの大根でない限り、演技の評価なんて見る人の好き嫌いでしかない。彼女が嫌いだから演技も好きになれない、という女性も多いのだろう。また、男性にとって「女が嫌う女」をかばうのは得策ではなく、勇気の要ることだ。

 しかも、ドラマや映画はどちらかといえば、女性の人気に左右される。作り手も商売上「女が嫌う女」を使いたがらず、そういう印象がついたがゆえに活動が尻すぼみになっていった女優は珍しくない。かつての裕木奈江(50)や有森也美(52)しかり。吉岡にはそうなってほしくないのである。

 とまあ、ここまで読んできて、筆者が比較的、彼女を好きなことにお気づきの人もいるだろう。その理由を、自覚できた瞬間がある。2年前、彼女が「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」(日本テレビ系)で地方を旅したときのことだ。

 彼女は一般の中年男性から、新垣結衣(32)に間違えられてしまった。これは視聴者のあいだでも「たしかに似てる気がする」「わからんでもないな」と話題になったが、筆者にとっては別の意味で興味深いハプニングだった。

 というのも、筆者は新垣に対し、昔からほとんど魅力を感じないからだ。その万人ウケしそうなかわいさ、からっとした明るさ、健全で爽やかな雰囲気という、ガッキーをガッキーたらしめる要素が自分にはつまらない。そのぶん、そういう要素をやや希薄にしたような吉岡の陰りや屈折、ウエット感に魅力を感じるわけである。

 たとえるなら、太陽と月、ひまわりと月見草の違いとでもいおうか。どちらのタイプもいてこそ、芝居も芸能界も面白い。ところが「女が嫌う女」タイプは叩くと世の女性が喜ぶので、メディアもそういう扱いをしがちだ。それこそ、発言もネガティブな切り取られ方をされやすい。吉岡の場合も、水着グラビアをめぐる言葉が批判され、本人はこんな異議申し立てをした。

「初めは戸惑いもあったけれど、グラビアの仕事ができて、今思うとすごく感謝してて、この仕事をしてる人たちにリスペクトがあるという話をしたのに『嫌だった』ということばっかりバーッと書かれてしまって」(文春オンライン)

 これはある意味「女が嫌う女」タイプの宿命だ。彼女にはそれにめげることなく、持ち味を発揮していってほしい。そのうち、女ウケする役にもめぐりあえるだろう。

 ただ、本人はもとより、世間にももうちょっとわかっていてもらいたいことがある。それは「女が嫌う女」と呼ばれること自体、魅力の証しであり、芸能界では特に貴重な存在だということ。すなわち、どんぎつねの役が彼女ほどハマる女優はいないし、だからこそ、3年以上も続く人気シリーズとなっているという確かな事実である。

●宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など