大河ドラマ「麒麟がくる」で注目を集めた門脇麦さん。デビューの経緯や家族、名前の由来など、作家の林真理子さんとの対談で明かしました。



*  *  *
林:私、「まれ」(NHK朝ドラ、2015年)で初めて門脇さんを見たとき、単に可愛いだけじゃなくて、すごく個性的で強く印象に残ったんです。そのあと映画の「二重生活」(16年)を見たら、なんか不思議な役で、これも印象に残りました。今度はNHK大河(「麒麟がくる」)で、駒という大きな役をなさいましたね。着実に階段を上ってきたという感じで、すごいですね。

門脇:ありがたいです。

林:「麒麟がくる」では、1回目に駒が「きっと麒麟が来る」って言うんですよね。このドラマの始まりを告げる重要なセリフを。

門脇:そうですね。台本を読んだとき、ドキドキしました。

林:市井の人を代表するような感じで、光秀にいろんなことを言ったり、戦国の世のふつうの生活を見せてくれるのが駒でしたね。

門脇:脚本の池端(俊策)さんも、たぶんそこを描きたかったんだと思います。
林 そして今度公開の映画「あのこは貴族」(2月26日全国公開)ですけど、私、山内マリコさんの原作は読んでいて、本のオビも書いたんです。小説は田舎から上京してきた子の視点で描かれてたけど、この映画は門脇さん演じる華子が中心に描かれていますね。

門脇:筋書きはそうかもしれないですね。

林:東京生まれの東京育ちで、今どきの子とちょっと違って、全体的にもっさりした雰囲気の良家のお嬢さんを、よく表現してるなと思いましたよ。

門脇:アハハハ、ちょっと古風ですよね。

林:私、“仲人おばさん”で、いろんなお嬢さんにお見合いさせてるんだけど、いまどきあんなふうに着物を着て、お座敷でお見合いってまずないですよ。大体みんなカジュアルなジャケットで、食事したりお茶飲むぐらいじゃないかと思うけど。

門脇:そうなんですか。私は東京出身で、幼稚園から大学まで一貫の学校に、中学のときだけ通っていたので、華子みたいな家柄の子は、わりと身近にいたんです。条件に合わない人を家に連れてきても、親が「ダメ」って言うから、その辺りは割り切ってお見合いしてるという子がいるのも聞きます。

林:へぇ〜。門脇さん自身は、華子ちゃんタイプ?

門脇:どっちかっていうとそうかもしれないです。わりと苦労知らずなほうで、ぬくぬく育ってきてると思います。

林:品って演技で作られるものじゃないので、華子ちゃんの歩き方とか照れるしぐさとか、ちょっとお辞儀するしぐさとか、お雛様を並べるシーンとか、お嬢さまってこういう感じなんだよなってよく出てました。

門脇:私、わりと奔放に育てられてきたんですけど、おばあちゃまはすごくきちっと所作とかを教えてくれる人で、今回おばあちゃまを思い出しながら演じましたね。しぐさとか表情とかを思い出しながら。お箸の持ち方とか置き方とかは、私はおばあちゃまから教わりました。

林:そうなんですか。それにしても華子ちゃんのウェディングドレスのきれいだったこと!

門脇:いいウェディングドレスでしたよね。私、プライベートで記念写真撮ってもらいましたもん。しかもその記念写真、いま父の待ち受け画面になってます(笑)。

林:アハハハ。本当にお嫁に行くとき、お父さま泣いちゃうかもしれない。

門脇:泣くでしょうね、たぶん。うちの父は間違いなく、ティッシュ一箱使い切るくらい泣くと思います(笑)。

林:「まだ嫁に行かないでくれ」って言ってる?

門脇:そういうことは一切言わずに、「誰かもらってくれるやさしい人がいるといいね」みたいな感じですけど、いざ結婚するとなったら、絶対泣くと思います。

林:親心ですね。話を戻すと、華子は突然、結婚相手と別々の道を選びますけど、あの重苦しい雰囲気に耐えきれなかったのかしら。

門脇:華子にとっては「結婚イコール幸せ」だったんでしょうね。だからお見合いして結婚という夢をつかまなきゃいけないと思ってたのを、一回全部まっさらにして、本当の意味で「幸せになる」ってどういうことかを考えてみたかったんじゃないでしょうか。結婚だけがすべてじゃないというのは、このストーリーの中にあると思います。

林:それが結婚してわかったというのはいいことですよね。それにしても、麦ちゃんのプロフィルを見てびっくりしたんだけど、「麦」って本名なんですね。

門脇:はい、そうなんです。

林:ご両親、センスありますね。私、「麦」っていう人に会ったの初めてですよ。

門脇:私もまだ会ったことないですね。ワンちゃんとかではいるみたいですけどね。柴犬で「麦」って(笑)。母が小学校のとき、「麦子ちゃん」だか「小麦さん」だったか、そういう名前の方がいて、「麦って名前、カワイイな」とずっと思ってたというのが、「麦」ってつけたきっかけの一つみたいです。

林:麦ちゃんは、小さいころアメリカにいらしたんですね。

門脇:生まれて5歳ぐらいまで、アメリカでしたね。

林:そのあとクラシックバレエを習って、かなりいい線まで行ったんでしょう?

門脇:うーん、ただ、私がやってたぐらいの線まで行く人は山ほどいるので、いい線と言えるかはわかりません。でも、プロになろうと思って真剣に取り組んでいました。

林:プロのバレリーナを目指していた女優さんって、意外と多いですよね。

門脇:そうですね。蒼井優さんとかマイコさんもそうですし、石橋静河ちゃんとかも。

林:バレエから女優さんに転身したのがいくつですか。

門脇:バレエは14歳ぐらいまでやってたんですけど、厳しいスクールに通ってたおかげもあって、自分がプロになれる人間かそうじゃないかを察知できる瞬間がたくさんあったんです。もともとの身体的な能力もそうですし、自分の成長具合とかを見て、プロになるのは難しいなと思いました。子どものときから、やりたい目標があるというのがあたりまえだったので、早く次にやりたいことを探さなきゃと思ってました。

林:ふつうの学生に戻ろうとは思わなかったんですか。

門脇:まったく思わなかったですね。部活も入るつもりはなかったです。私はバレエで挫折してしまったという気持ちが強くて、早く「何者か」になりたかったんですね。周りの子が海外に留学に行ったり、バレエ団に所属したりする姿を見て、自分だけ取り残されてるようなあせりがありました。そんな中でミニシアターの映画とかを見るようになって、私と同い年ぐらいの女優さんが仕事してるのを見て、「芸能界ってこんなに若いときから仕事ができるんだ、私も早く仕事をしたい」と思って、事務所に履歴書を送り始めたんです。

林:その「何者か」が女優さんだったんですね。歌手とかコンテンポラリーのダンサーじゃなくて。

門脇:はい。歌手になる能力はなさそうだし。ただ、舞台はバレエの発表会とかコンクールでなじみがあったので、舞台から攻めて徐々に壁を崩していこうと思って、ボイトレ(ボイストレーニング)もやったり、ミュージカルで使えるようなシアター系のダンスやタップダンスを、高校の3年間は幅広く練習してました。

林:芸能界に入ることを、ご両親は許してくれたんですか。

門脇:ものすごい反対でした。愛情をかけて大切に育ててくれましたけど、わりと厳しい家ではあったので。特に父親は厳しくて、うち、壁にいっぱい穴開いてます。父が怒って開けた穴が(笑)。

林:ひえ〜。どうやってご両親を説得したの?

門脇:大学も受験するつもりでいたんですけど、このままズルズルいくと親にも認めてもらえないだろうし、女優さんってみんな10代でデビューしてるじゃないですか。だからやるなら今、踏ん切りをつけないと間に合わないなと思って、「大学は受験しません。塾もやめてきました。反対するんだったら、このままニートになります。だから許してください」と言って。

林:わっ、すごい! でも、逆にご両親は「頼もしい」と思ったんじゃない? そこまで言うなら、手放しても大丈夫だろうって。ちなみに、お勉強はできたんですか。

門脇:勉強はそこそこですね。そんなに好きではなかったです。探求心で勉強するというよりは、効率よくテストの点数を稼いでいこうという勉強スタイルでした。もし興味ごころをくすぐられる科目があったら、大学も受験してた可能性はありますけど、あんまり魅力が感じられなくて、「べつに大学行かなくてもいいかな」と思いました。

(構成/本誌・松岡かすみ 編集協力/一木俊雄)

門脇麦(かどわき・むぎ)/1992年、東京都出身。2011年、女優デビュー。13年、大河ドラマ「八重の桜」出演。15年、NHK連続テレビ小説「まれ」出演。同年、「愛の渦」などで第88回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞を受賞。18年、第42回エランドール賞新人賞、19年、第61回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。20年、大河ドラマ「麒麟がくる」で“麒麟”の存在を信じる戦災孤児・駒を演じた。最新主演映画「あのこは貴族」が2月26日、全国映画館で公開。

>>【後編/門脇麦、芝居の話より「魚」が好き さかなクンに「会ってくれないかな」】へ続く

※週刊朝日  2021年3月5日号より抜粋