映画「ターコイズの空の下で」に主演する柳楽優弥さん。「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞してから17年。新たな世界へと、また大きな一歩を踏み出した。

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 映画「誰も知らない」で鮮烈なデビューを飾ったのは14歳のときだ。カンヌ国際映画祭で史上最年少、日本人で初めて最優秀男優賞を受賞し、一躍注目を集めた。

「ちゃんと演技ができる状態で獲れたのならカッコいいんですけど、あのときは『やばい、どうしていいかわかんない!』という感じでした。プレッシャーももちろんあったし、かなり特殊な状況で周りにもなかなか理解してもらえなかった。『ほかに似た状況にいる人はどうしているんだろう?』と思ったとき、トニー・レオンさんのことを思ったんです。若くしてテレビスターになって、20代後半でウォン・カーウァイと出会って、30代になってから『恋する惑星』や『花様年華』などで国際的な俳優になった。僕とはもちろんまったく違うけれど、『カッコいいなあ!』と勝手に心の支えにしていました」

 振り返れば20代は気分的にも不安定だったと話す。20歳のときは一度、俳優を離れてアルバイトもした。転機になったのは2012年、22歳で出演した蜷川幸雄演出の舞台「海辺のカフカ」だ。

「僕がまだバイトしていたときに、いきなり家にマネジャーさんが台本を持ってきてくれたんです。『え? ホントに?』と驚きました。蜷川さんはその前に僕が出たテレビのゲスト役が印象に残っていて、オファーをしてくれたみたいでした。嬉しかったですね。見てくれている人がいるんだな、とわかったというか」

 厳しい現場だったが多くを学んだという。以降も主役にこだわらず、さまざまな役に挑戦することで着実に階段を上ってきた。それに、アルバイト中も決して悲観はしていなかった。

「バイトは本当に強がりでもなんでもなく、社会経験としてやってみたかったんです。車のディーラーと飲食店のホールスタッフをやったんですが、飲食店では何回もお客さんにビールをかけちゃって、オーナーから『お前、全然向いてない!』って言われていました。でも19年にニューヨークに語学留学したんですけど、パンケーキ屋さんで手伝いをしたとき、この経験が生きました。もうビールをこぼさなかった!(笑)」

 コロナ禍はさまざまなことを思う時間にもなった。

「ずっとお仕事をさせていただいてきて、ありがたい半面、自分に向けた時間を実は取ってなかったな、と思ったんです。昨年は少し余裕ができて、じっくり自分と向き合うことができたし、なんか『焦らなくてもいいや』と思えるようになりました。10代からこの仕事をしてきて、やっぱりどこかずっと追われている感じ、ずっと走っている感覚があったんです。階段でいうと“踊り場がない”という感じ。それが『ちょっとずつでいい』と思えてきた。30歳になったからということもあると思います。もちろん厳しい状況に身を置くことも大事なんですけど、もうちょっとそのバランスを整えられたら、というのが理想です」

 今後は30代ならではの役にも挑戦していきたい、という。

「『花様年華』のような大人の恋愛をテーマにした作品もやってみたいし、お父さん役や家族の物語……いろいろやってみたいです。これからどういう役に出会えるのか、楽しみです」

(中村千晶)

柳楽優弥(やぎら・ゆうや)/1990年生まれ。東京都出身。2004年にスクリーンデビュー作「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭史上最年少・日本人初の最優秀男優賞を受賞。主な出演作に映画「ディストラクション・ベイビーズ」(16年)、「銀魂」シリーズ(17、18年)、「夜明け」「泣くな赤鬼」(ともに19年)、ドラマ「ゆとりですがなにか」(16年)などがある。主演映画「HOKUSAI」「太陽の子」が21年公開予定。

※週刊朝日  2021年3月5日号より抜粋