お笑い事務所と言えば、誰もが知っているのが最大手の吉本興業。それに続くのが、松竹芸能、太田プロダクション、プロダクション人力舎といった老舗事務所。さらに、ホリプロ、ワタナベエンターテインメントといった芸人以外の所属タレントも多い総合芸能事務所もある。



 そんな中で、一般にはあまり名前が知られていない1つのお笑い事務所が、近年急速に勢力を拡大しつつある。それが「Sony Music Artists(SMA)」である。

 SMAのお笑い事務所としての歴史は浅い。もともとは奥田民生、CHEMISTRY、木村カエラなどのアーティストが所属する音楽系の芸能事務所だった。お笑い部門が立ち上げられたのは2004年のことだ。

 お笑い事務所としては後発だったため、優秀な人材を確保するのは簡単ではなかった。だが、コウメ太夫が『エンタの神様』出演をきっかけに大ブレークしたのを皮切りに、少しずつ結果を出す芸人が現れ始めた。

『キングオブコント』王者のバイきんぐ、『R−1』王者のハリウッドザコシショウ、アキラ100%、歌ネタ芸人のAMEMIYAなど、数多くの売れっ子を輩出している。最近では『M−1グランプリ』ファイナリストの錦鯉、自衛隊芸人のやす子などをテレビで見かける機会も増えてきた。なぜSMAの芸人がこれほど活躍しているのだろうか。そのポイントは、ハングリー精神を鍛える独自の育成環境にある。

 大手お笑い事務所の多くは、自社で芸人養成所を運営している。そこでは、ネタ見せなどの授業が行われ、芸人志望者たちが切磋琢磨して芸を磨いていく。そして、その中で結果を残した者だけが正式に事務所に所属できることになる。

 一方、SMAには養成所がない。間口が広いのでいろいろな人が気軽に入ってくることができる。SMA芸人の中には他事務所からの移籍組も多い。ほかの事務所をクビになったり、事情があって辞めたりした芸人がSMAの門を叩く。だから、芸歴が長い人や年齢が高い人も大勢いる。

 彼らは「ここを辞めれば、もうあとがない」と思っているため、真剣に芸に取り組む。また、そのような事情があるため、新興の事務所の割には芸人同士のつながりは深く、経験知も蓄積されている。

 また、SMAは「Beach V(びーちぶ)」という自前の劇場を持っている。大手事務所でも自前の劇場やライブハウスを持っているところはそれほど多くない。SMAの芸人はここを拠点として自らの芸を磨いている。

 SMA芸人は年齢層が高いし、会場もアクセスしやすい歓楽街から離れているため、観客にも若い人が少ない。私も何度か足を運んだことがあるが、新宿などで行われている一般的な若手芸人のライブとは明らかに客層が違う。一般に、若い観客ほどよく笑うし、リアクションもいい。年齢層が高いとどうしても空気が重くなりがちだ。

 また、びーちぶはもともと音楽のライブハウスだったため、壁が音を吸収しやすくなっている。だからこそ、芸人の声も聞き取りづらいし、たとえ観客が大笑いしても笑い声が芸人に届きにくい。お笑いライブの会場としては過酷な環境なのだ。

 だからこそ、彼らは「ウケた」という手応えを得るために、より大きな笑いを起こそうと必死になる。そのことでSMA芸人は鍛えられるので、声も大きくなるし、どんな手を使ってでも笑わせたいという意欲も高まっていく。

 コウメ太夫のような絶叫系の芸人、バイきんぐの小峠英二のような力強いツッコミを放つ芸人、ハリウッドザコシショウ、アキラ100%のようなハダカ芸人がSMAから輩出されているのは偶然ではない。

 さらに、ソニーの芸人は他事務所より厳しい環境に置かれている。吉本興業のような大手事務所では、自社で番組を制作していたり、先輩芸人がテレビでMCを務めたりしている。だから、そこに同じ事務所の若手芸人が出演するチャンスがめぐってくることがある。
 
 しかし、SMAの芸人にはそのような優遇措置がほとんど期待できない。そのため、彼らは、『M−1』『R−1』などの賞レースをテレビに出るための唯一のチャンスと考えて、そこに全精力を注ぎ込む。事務所としても賞レースに力を入れている。だからこそ、そこで結果を出す芸人が続々と出てきているのだ。

 かつてはSMAは「芸人の墓場」と揶揄されることもあったが、今ではもうそんなイメージはない。現在のSMAは、過酷な環境で芸を磨き抜いた本物の実力者が揃っている「お笑い界の梁山泊」なのだ。(お笑い評論家・ラリー遠田)