温かいまなざしで市井の人々や家族の情景を描いた作品の数々…。ドラマの脚本家で直木賞作家の向田邦子さんが台湾での飛行機事故で亡くなって今夏で40年になります。向田作品の魅力を小説家・道尾秀介さんにお聞きしました。



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 亡くなった小林亜星さんに、何度か夜の銀座を連れ回してもらったことがある。メンバーは久世朋子さんと3人だったり、亜星さんとサシ飲みだったり。

 いつも亜星さんは、最初にゆっくり和食を楽しんだあと、常連店をつぎつぎ廻りはじめる。どの店でも、30分くらいわーっと喋ってお札を1枚置いて、「釣りはいらないよ」と言いながら見送られ、つぎ、つぎ、つぎ、とはしごしていく。タクシーでワンメーターだけ移動するときも、「釣りはいらないよ」とお札を1枚ぽんと渡すのだけど、「こんなにいただけません……」と運転手さんに困惑顔で断られたことがある。よく見たら千円札だと思って渡したのが五千円札で、そのときの亜星さんの慌てた顔はいまでも憶えている。

 そんなこともあって、毎回非常に楽しい夜を過ごさせてもらっていたのだけど、飲みながら必ず話題に出てくるのは向田邦子さんの名前だった。

 あるとき亜星さんが言った。

「あの人ぁ、ずっと脚本ばっかり書いてりゃよかったんだよ。最初の小説作品を読んだとき、俺ぁ本人にも言ったんだけどさ、ぜんぜん面白くないんだもん」

「いやいや亜星さん──」

 亜星さんに反論したのは、たぶんその1回きりだ。僕はずっと前から亜星さんのファンで、アルバムもエッセイ集もみんな持っていたし、出演したドラマもほぼ見ていたし、何より人生の大先輩だ。でもやっぱり言いたかった。

「向田さんの小説は最高に面白いですよ」
「そうかねえ」
「ドラマではできない、小説ならではの表現がいっぱいで」

 たとえば『あ・うん』の中で、禮子というグラマラスな女性を描写するとき、“英語のBという字そっくり”なんて書いたり、生まれたばかりの赤ん坊を“頭が長く格好が柿の種子に似ていた”と書いたり。

『思い出トランプ』の中で華奢な女性を登場させたときなんて、こうだ──“ポパイの恋人で手足が針金細工のようにひょろひょろ長いオリーブ・オイルという女の子がいるが、あれを二廻り小型にしたようであった”

「こんな表現、ぜったいドラマじゃ無理じゃないですか」
「まあねえ」

 ほかにも『隣りの女』では、素子という主人公の恋人を“ゆっくりと無感動に、牛が草を食むように仕事をし、牛が反芻するように素子を抱いていた”と描写したり。

 それこそ亜星さんの代名詞でもある『寺内貫太郎一家』の小説版だって、文章ならではの表現がいっぱいだ。花くまさんの人物紹介からして“見事な胸毛がある。その代わりテッペンが薄いから、神様は公平でいらっしゃる”とか。

 もちろん向田さんが文章作品に込めた空気というか、まなざしというか、活字でしか捉えられないものは、もっともっとある。でも、飲みながら説明するのは難しかった。いやシラフでも難しい。

「とにかくそういう、ドラマではなかなかできなかったことを、向田さんは小説でやってたんだと思うんです」

 勢い込んで言うと、亜星さんは急につまらなそうな顔で目をそらした。調子に乗って喋りすぎてしまったかと、すぐに反省し、いま思い出しても非常に恥ずかしい一幕だった。

 でもたまに、違ったのかもしれない、と思うこともある。

「まあ、ドラマもよかったよ」

 ウィスキーのグラスを傾けながら、亜星さんはぽつりと言った。

 偉人たちがみんな亡くなっていく。誰も死ぬ前に自分の気持ちをひとつ残らず説明なんてしてくれないから、あとに残された人間は、想像するしかない。

※週刊朝日  2021年9月3日号