映画「MINAMATA」でジョニー・デップと共演を果たした俳優の美波さん。作家の林真理子さんとの対談で、自身のルーツや国際的に活躍していく意気込みを語りました。

【ジョニー・デップは「ほんとに気配りが素晴らしくて…」 美波の「共演秘話」】より続く

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林:いま美波さんは、ロスと東京と……。

美波:パリにおうちがあって、3カ所を転々としています。

林:三つおうちがあるんだ。

美波:このあいだも香港映画に出たんですけど。

林:どんな映画なんですか。

美波:ニコラス・ケイジがアカデミー賞の主演男優賞をとった「リービング・ラスベガス」で有名なマイク・フィギス監督の作品(原題「Mother Tongue」)で、香港のジョシー・ホーという女優かつ歌手の方がプロデュースしています。彼女と私がちょっと年の離れたレズビアン夫婦の役で、このあいだ完成版を見たら、すごく映像が美しくて、感激しました。

林:美波さん、女優として国際的に活躍していくんですね。

美波:そうありたいと思って、目指しています。

林:どのぐらい前からそう思ったんですか。

美波:フランスに留学した28歳のときですね。

林:文化庁の、若い芸術家を海外に研修に行かせる制度(新進芸術家海外研修制度)を使って、フランスに行ったんですね。

美波:はい。私は父がフランス人なんですけど、日本で育ったので、フランスに住んだことはなかったんです。それで自分のルーツを確かめたかったのと、身体表現の技術を学びたくてフランスに1年行ったんです。そのときに、自分にはフランスの血が流れているんだなと、はじめて実感したんですよ。フランスの空気と、心臓の鼓動が一緒だったんです。じつはもともと、日本では生きづらくて、ちょっと窮屈に感じることがありました。小さいときから「私は日本人じゃないから、日本人に合わせなくちゃ」と思っていたふしがあって、中学から日本の学校に通うことを、自分で決めたんです。

林:それまではインターに?

美波:日本にあるフランスの学校に通っていました。でも、日本の学校に行ってもやっぱり生きづらさは変わらなくて。そういう思いもあって、文化庁の研修制度でフランスに1年行ったあと、そのままフランスで4年過ごしたんです。

林:そうだったんですか。

美波:でも、お芝居の仕事が大好きだった私にとっては、フランスで過ごせばすべて幸せ、というわけにはいきませんでした。というのも、フランスでは、お仕事がないんですよ。私は、中身は日本人として育ってきましたが、アジア人にしてはアジア人らしい容姿ではないから、アジア人枠のオーディションにも受からない。フランスは生きやすいけども仕事がない。日本は生きづらいけども自分の情熱を傾ける仕事ができる。どっちを選ぼうかと悩んだんですが、やっぱり自分のパッションを選ぼうと思って、仕事をするために日本に帰る決断をしたんです。

林:ええ。

美波:そう思った瞬間に、人生が変わりました。日本に帰る決断をした直後に、いまのフランス人の夫と出会ったんです。そして、日本とパリとロサンゼルスを行き来する生活を始めるうちに、この映画の仕事が決まって、いまに至ります。一つ大きな決断をすると、人生がガラッと変わるんだな、と思いました。それまでフランスで暮らすか、日本で仕事をするか、ずっと悩んでいたんですけど、「日本に帰る」という決断をしたら、思いもよらない方向から人生が変わった。いまは、これが自分が本当に求めていたライフスタイルかもしれないと思っています。

林:そうですか。今後はアメリカかフランスを中心に活動をする予定なんですか。

美波 どこかを中心に、とは決めずに活動しようと思っています。じつは、いまアジア人は世界でけっこう需要があるんですよ。多様性を尊重しなくてはいけないので。

林:あらゆる芸術作品に、有色人種を出演させなくてはいけない、という時代なんですよね。

美波:はい。それに、日本を題材にする作品って、けっこう多いんです。ただ、たとえばアメリカに住んでいる英語が母語の日本人、いわゆるアメリカンジャパニーズの人たちと勝負しても、英語力において私は絶対勝てません。だから、アメリカやフランスを中心に、と決めるのではなく、国際的な女優になる道を選択しようと思っています。夫は映画関係の仕事で、カンヌにも毎年行っていて……。

林:美波さんもカンヌを?

美波 はい、カンヌこそ目指しています。

林:すごいな。ジュリエット・ビノシュ(世界3大映画祭のすべての女優賞を受賞したフランスの女優)とも共演したんですよね。

美波:はい、「Vision」(監督・河瀬直美、2018年)という映画で。私はジュリエット・ビノシュの背中を追って女優を続けてきたようなものなんですよ。「存在の耐えられない軽さ」のジュリエットがほんとに好きで、いつか共演したいという夢があったので、河瀬監督とスカイプで面接して、次の日「受かりました」と連絡が来たときに、主演がジュリエット・ビノシュだって聞いて「えっ、ウソでしょ!?」って号泣しました。こんなに早く共演できるなんて思っていなかったので。

林:ごめんなさい、私、その映画見てないんですが、どんな役だったんですか。

美波:私はジュリエットの通訳兼アシスタントの役で、河瀬監督は「撮影中はずっと役のままでいてほしい」という人なので、ふだんからジュリエットのアシスタントとしてずっと一緒にいて、すごく幸せな時間でした。

林:河瀬さんには2度ほどこのページに出ていただきましたけど、あれよあれよという間に世界的な監督になられました。

美波:フランスでもすごくリスペクトされています。

林:美波さん、「MINAMATA」がきっかけで、世界中からオファーが来るんじゃないですか。

美波:オファーはいただくんですが、オーディションをたくさん受けてもなかなか受からなくて、「なんでこの道に進んじゃったんだろう。無謀なことをやってるんじゃないか」ってときどき思います。でも、後戻りはできません。

林:野球の大リーグでも、パイオニアの野茂(英雄)さんは「なんでこんなつらい道を選んだんだろう」と思ったんじゃないですか。渡辺謙さんもたぶんそうだと思う。美波さん、頑張ってくださいよ。

美波:はい、頑張ります。でも、母語じゃない言葉で芝居をやろうとしている無謀さとか、課題が山積みなんですよね。先のことを考えると、果てしなく感じますが、「とりあえず2年はやってみよう」と夫も言ってくれているので、やるだけやってみようと思って。

林:素晴らしいです。世界を舞台にするのであれば、30代がいちばんいい年齢かもしれない。

美波:もっと言うと、40代という気がします。

林:日本からのオファーも、オッケーなんですか。

美波:もちろん! いい仕事は国を選ばないというスタンスなんです。私、心は日本だし、母語は日本語だし、日本語のお芝居のほうがやりやすいので、また林さんのご本でお芝居したいです。

林:私も、ぜひぜひご一緒したいです。

(構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)

美波(みなみ)/1986年、東京都生まれ。母が日本人、父がフランス人。「バトル・ロワイアル」で映画デビュー以降、舞台「エレンディラ」「ザ・キャラクター」、映画「乱暴と待機」など、舞台、映画、ドラマ、CMで活躍。2014年、文化庁「新進芸術家海外研修制度研修員」に選出され渡仏、ジャック・ルコック国際演劇学校に1年在籍。近年の出演作に映画「Vision」など。9月23日公開の映画「MINAMATA」では、ジョニー・デップ演じる写真家ユージン・スミスの相手役アイリーンを好演している。

※週刊朝日  2021年9月24日号より抜粋