1930年代、2歳で子役としてデビュー、日本の芸能界の歴史を知り尽くす中村メイコさん。現在は大きな家を引き払い、モノをごっそり捨て、夫の神津善行さんとスッキリ暮らしているそう。作家・林真理子さんとの対談では、新婚時代の思い出や著名人たちとの交流を明かしてくれました。

【中村メイコ 親友・美空ひばりの手紙、腕時計は捨てられず…「お棺の中に入れて」】より続く

*  *  *

林:私、大切な本はなかなか捨てられなくて、メイコさんの『メイコめい伝』という本もずっと持ってまして、今日お目にかかるんで持ってきたんです。

中村:うわっ、なつかしい。私、もう持ってませんよ。

林:これは今から40年ぐらい前に「週刊朝日」で連載されたエッセーをまとめた本ですけど、この中に「今だから話せる」的なお話がいっぱいあって、実はメイコさん、政治の世界に誘われたんですよね。夜、呼ばれて中曽根(康弘)さんたちに囲まれて、「参議院選挙に立候補してほしい」って。

中村:口説かれたんですけれど、「私、なんにもわかんないもん」ってお断りしたんです。

林:でも、話の切り返しはうまいし、頭の回転は速いし……。

中村:絶対ダメだと思いますよ、私。カンナ(長女・作家)があきれてます。「あなた、よく八十何歳までその知識で生きてきたね」って(笑)。

林:いやいや、そんなことはないでしょうけど。

中村:私、2歳のころから子役をやってたから、常識と言われることを何も知らなかったのよ。それで新婚のころ、神津さんに「おみそ汁の具は何にしたらよろしいですか?」って聞いたら、「ワカメか何かでいいよ」って言われたんだけど、ワカメがどこで売っているのかわからなくて。そのころはまだスーパーなんかなかったし、海のものだから魚屋さんかなと思って、魚屋さんで「ワカメありますか?」って聞いたら、「うちは魚屋だからワカメはねえよ。ワカメは乾物屋かな」って言われて。

林:あ、ちゃんと魚屋さんのしゃべり方になってる(笑)。

中村:だけど、麹町のお屋敷町だから乾物屋さんがないんですよ。やっと探して行ったら、乾物問屋さんだったんですね。「ワカメください」「はいよ」って幅が30センチぐらいあるワカメを一束渡されたんです。それを買って帰って、いちばん大きな鍋に水を入れて、ワカメをそのままバシャッと入れて火をつけたら、お鍋のふたが持ち上がって、ブリヂストンタイヤみたいなのが躍り出てきたの。

林:アハハハ、おかしい。

中村:びっくりしちゃって、神津さんに「これ、どうやって食べたらいいんですか?」って聞いたら、「スープ皿にふくらんだワカメを入れて、ナイフとフォークで食べよう」って(笑)。なんにも知らない奥さんだったの。

林:神津さん、優しいですね。

中村:そうかしらねえ。そんなことがたくさんあったわ。これも新婚のとき、旦那さまのお出かけの前は、コートを肩にかけて、「行ってらっしゃいませ」と送り出していたんです。でもあるとき、彼が帰ってきてコートを脱がせたら、なんだか硬いものが入っていたの。どうもハンガーを入れたまんま着せちゃったらしくて(笑)。

林:ほんとですか。洗濯の札はよくつけたまま着ますけど、ハンガーはさすがにないですね(笑)。

中村:そのまま着て帰ってくるっていうのもすごいでしょ。

林:いろいろ驚かされるけど、退屈しない楽しい日々だったんじゃないですか。ところで、『メイコめい伝』に書いてあった、作家の吉行淳之介さんとの交流も、とてもおもしろかったです。

中村:当時、「アルバイト」っていうのが新しい言葉で、カッコよく聞こえたんですよ。まだ10代のころかな、私は女優だけど、父に、「パパ、私、アルバイトっていうのやってみたい」って言ったんです。父は「それはおもしろい、いい経験になるかもしれない。でも、メイコにできる仕事、あるかなあ……」なんて言ってましたけど、作家(中村正常)ですから、知り合いの雑誌社に聞いてくれて、神田でアルバイトすることになったんです。そこは「読切倶楽部」と「実話雑誌」という大衆誌を出していて、編集者が若き日の吉行さんだったんです。なんてすてきな人だろうと思って一目ぼれしたんですよ。

林:私、昔、吉行さんに銀座のバーで一回お会いしましたけど、カッコよかったです。吉行さんから手紙をもらったんですよね。ラブレターですか。

中村:そこが吉行さんの頭のいいところで、「メイコ」とも「親愛なる」とも書いてないのに、私にはラブレターに思えました。

林:すてき。封筒に便箋ですか。

中村:「吉行淳之介」って名前が入った原稿用紙でした。

林:それは捨ててないですよね、さすがに。

中村:カンナにあげました。「あんた物書きなんだから、お守り代わりに持ってなさい」って。

林:三島由紀夫さんともおつき合いがあったんですよね。カンナさんは三島由紀夫さんに詩を見てもらったんでしょう?

中村:そうなんです。「噴水さん、噴水さん、あなたはどうしていつも飛び上がっていて、疲れないの? カンナがお空だったら、つり革をぶら下げてあげるのに」という詩でした。三島さん、詩を読んで涙をぽたぽたこぼし始めて、「いい詩だね。おじさんも今、つり革がほしいんだ」とおっしゃって、それから3日後ぐらいにあの事件(自衛隊市ケ谷駐屯地突入事件)が起きたんです。ああ……と思いました。何かにつかまりたかったんでしょうね。

林:すごい話……。メイコさんは森繁久彌さんとも親しくて、森繁さん、メイコさんのお尻をさわったって本当ですか。

中村:ハハハハ、しょっちゅうでしたよ。でも、「メイコのお尻に最初にさわったのは俺だぞ」と言った人がいて、池部良って俳優がいたでしょ。私が小さいころ、あの大二枚目が私のおんぶ係だったんですよ。はじめ池部さんは東宝の文芸部で使い走りをしてらして、それから役者になったんですけど、「メイコちゃん、第4ステージだよ」とか言われて、ちょっと遠いと、私が「おんぶ」って言うんですって。それでおんぶして連れていってくれたんです。

林:池部さんにもここ(※「週刊朝日」連載「マリコのゲストコレクション」)に出ていただきましたけど、まあカッコいいこと。80歳過ぎてらしたけど、ほんとにすてきな方でした。黒柳徹子さんとも仲良しなんですよね。

中村:お互い「変わってる人」なんですよね。私がまだ20代のころ、銀座を青い顔して歩いてたら、徹子さんとバッタリ会って、「あら、あなた顔色悪いわね。どうしたの?」って言われて。「じつは胆石っていうのがおなかにたまってるみたいで、取り出さなきゃいけないの。手術するかもしれない」って言ったら、「へぇ〜、胆石? 取ったら私にちょうだい。めずらしい石、集めてるの」って(笑)。そういう人なんですよ。

(構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)

中村メイコ(なかむら・めいこ)/1934年、東京都生まれ。父は作家の中村正常、母は女優チエコ。2歳8カ月のとき、映画「江戸っ子健ちゃん」のフクちゃん役でデビュー、天才子役と呼ばれ、テレビの草創期から活躍。NHK紅白歌合戦の第10回から3年連続で紅組司会を務めたほか、ラジオ、舞台など出演多数。57年に作曲家、神津善行と結婚。長女は作家のカンナ、次女は女優のはづき、長男は画家の善之介。自身がトラック7台分のものを手放した経験を書いた『大事なものから捨てなさい』(講談社)が発売中。

>>【自殺するつもりが“喜劇”に…中村メイコ「死のうと思っても溺れないの(笑)」】へ続く

※週刊朝日  2021年10月8日号より抜粋