瀬戸内寂聴さんが9日、京都市内の病院で心不全で亡くなっていたことがわかった。99歳だった。

 最近は体調を崩し、入院中だった。瀬戸内さんは週刊朝日で美術家の横尾忠則氏と『往復書簡 老親友のナイショ文』と題して連載をしていたが、今年10月15日号に<瀬戸内が風邪をひいてしまい、寝込んでいる>として、秘書の瀬尾まなほさんが代理で連載を執筆。その後、今週発売した11月19日号まで、6号連続で代理執筆が続いていた。

 近年の瀬戸内さんから自身の死を意識した言及が多かった。2020年6月19日号では<自分の死がいよいよ近づいてきたと感じる>と綴っていた。また、今年1月22日号では<私はたぶん、今年、死ぬでしょう。(数え年で)百まで生きたと、人々はほめそやすでしょう>と述べていたが、今年2月26日号のインタビューでは<死ぬまでにもう一本、長編小説を書きたいのよ>と抱負を語っていた。

 瀬戸内さんが休んでいる間は、連載中の『往復書簡』で秘書を通じて瀬戸内さんの様子が報告されていた。10月22日号では<瀬戸内の様子はおかげさまでだいぶよくなりました>と述べていたが、10月29日号では<風邪をひいて治りかけていた瀬戸内の体調がまたぶり返してしまった>と綴っていた。

 一方で<弱っている瀬戸内を見ると、最近特に不安になります。私にとっては「無敵」な存在だったからです。「100歳」という数字をみれば誰でも高齢者ということはわかります。けれど瀬戸内はそういう括りに入らず、いつも超人的に元気だったからです。しかし、この頃はそうではなく、風邪でもひかれるとそれが命とりになることもあるので、私はいつも怯えています。願いは、「無事に年を越せますように」「5月の100歳の誕生日を迎えられますように」それだけです>と不安も記していた。

 瀬戸内さんの様子が最後に紹介されたのは11月5日号で、そこには<だいぶ体調は良くなり、普通に冗談も言え、アイスクリームも食べ、いつもの瀬戸内に戻りつつありますが、しばらく寝ていたため体力が落ちており、書く気力がまだ起きない状況です。最近リハビリも開始し、体力を戻すために歩き始めたりしているので、ご安心ください>と書かれていた。

 その後は秘書も<時間が取れない>として、直近の11月12日号と19日号では編集担当が代理で連載記事を書いていた。

 訃報を受けて、親交のあった作家の佐藤愛子さんはこうコメントをAERAdot.編集部に寄せた。

「言葉にできないような気持です。私は98歳、瀬戸内さんは99歳。とうとう仲間がいなくなってしまったなあと。これから冥途の風を私が受けますね。瀬戸内さんは永遠に死なない存在というか、いつも元気でわれわれの前に立っていてくれて、その存在で安心させてもらっていました」

 瀬戸内さんは1922年5月15日、徳島市生まれ。21歳で結婚。長女を出産したが、夫の知人と不倫関係になり、娘を残して家を出ている。その後、本格的な文学活動を開始し、1957年に『女子大生・曲愛玲』で第3回新潮社同人雑誌賞を受賞。人気作家となる。作家・井上光晴氏との不倫があったことでも知られている。

 73年、51歳のときに平泉・中尊寺で得度。同年、週刊朝日11月30日号で手記を著し、表紙も飾ったことがある。2006年に文化勲章、17年度朝日賞を受賞している。

 不倫については井上氏の娘で作家の井上荒野(あれの)さんが、父と母、瀬戸内さんの三角関係を題材にした長編小説『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)を執筆。映画化も今月5日に発表されていた。荒野さんとは19年2月18日号の『AERA』で対談をし、話題を集めた。

 著書は『夏の終り』(新潮社)、『美は乱調にあり』(文藝春秋)、『寂聴 残された日々』(朝日新聞出版)、『寂聴 九十七歳の遺言』(同)など多数。

(AERA dot.編集部・吉崎洋夫)