「あずさ2号」での鮮烈なデビューからもうすぐ45年。「狩人」結成のいきさつから兄弟の不仲説、CMで話題の「夢グループ」との意外な関係、コロナ禍でのライブ活動再開にいたる経緯まで、高道さんが真相を明かした。

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 1977年、17歳の時、兄・加藤久仁彦さん(65)とのデュオグループ・狩人でデビューした高道さん。「あずさ2号」を大ヒットさせ「レッツゴーヤング」(NHK)などの人気番組で活躍した紅顔の少年も、今では61歳の堂々たるベテランシンガーだ。

 狩人結成のきっかけについて高道さんは「歌手を目指して兄と一緒に上京した頃は貧乏のどん底でした。初めはお互いソロ志向だったんですが、レッスン代が払えなくて先生に『もう辞めたい』と言うと『兄弟一緒にやるなら1人分のレッスン代にまけるから』と提案されてデュオになったんです」と語る。

 思いがけずスタートしたデュオ活動だが、二人で歌ったデモテープは当時、ピンク・レディーなどを手がけ絶頂だった作曲家・都倉俊一氏の耳に留まり、とんとん拍子でスターへの道が開かれていった。「あずさ2号」が日本レコード大賞新人賞を獲得し、続く「コスモス街道」「若き旅人」もヒット。憧れだった「NHK紅白歌合戦」にも2年連続で出場する。

 しかし歌手としての成功は必ずしも精神的な充実にはつながらなかったようだ。「あの頃の兄弟仲は最悪でしたね。ささいなことでしょっちゅう言い合いになって、一緒に取材を受けていても机の下では蹴り合っていたりね。元々、お互いソロ志向だったこともあって、本当にやりたいことができないというフラストレーションが常にありました」(高道さん、以下同)

 確執は周囲にも伝わっていたようで、メディアではたびたび兄弟の不仲説が報道された。「歌手、ミュージシャンとしての兄は本気で尊敬してるんです。兄がいなかったら僕もこの道に進んでいなかったと思うし、喧嘩がしたいわけじゃない。それまでも徐々にソロ活動は増えていたのですが、お互いやりたかったことに思い切り取り組めるよう2007年に一度デュオを解消しました。これがお互いにほど良い距離感を作るいいきっかけになりました」

 クールダウン期間を経て狩人は12年に復活。今では仕事以外に会う頻度は少ないものの、関係はいたって良好なのだという。「この間も仕事で会って9時間一緒にいましたけど、なごやかなもんですよ。プライベートで電話するのは年に1度あるかないか、どこに住んでいるかさえ知らないけど(笑)。でも男兄弟って普段はそれぐらいの関係性でいいんじゃないですか。何か肝心な時に力を合わせられたら」

 現在、高道さんはソロや狩人としての活動のほかにも、元フォーリーブスの江木俊夫さん、あいざき進也さん、元フィンガー5の晃さんとで結成した「TASTE4(テイストフォー)」で活動。所属事務所の夢グループが主催し、大勢の歌謡スターが出演する歌謡コンサート「夢コンサート」の中心メンバーとして全国で積極的なコンサート活動を展開している。

 通販のテレビCMで注目を集める夢グループだが、そもそもは狩人のマネジメントをするため芸能プロダクション「有限会社あずさ2号」として設立された。「社長の石田重廣さんは元々、友交流通グループという通販会社をやっていたんですが、新たに『歌がうまい歌手と芸能プロダクションをやりたい』ということで僕たちに声をかけてくれたんです。狩人が所属しているだけの小さな会社だったので、設立当時は石田さんとはよく一緒に地方営業に行きましたね。11年に夢コンサートを始めてからいろんな人が所属を申し出てくれるようになって、今では小林旭さんや黒沢年雄さんも所属アーティストになりました」

 石田社長のちょっと間延びしたトークと“昭和感”あふれる演出で話題のCMについては「石田さんはあれがカッコいいと信じてやってるんです。初めの頃はいろんなアドバイスをしましたが、変わりませんでした。所属アーティストとしてのイメージにも関わるし『勘弁してくれよ』と思っていましたが、結果的にウケてるのですごいですよね。石田さんは昔から福島弁丸出しの、あのまんまのキャラクター。『あえてダサくしよう』と思っていないからいいんだと思いますよ(笑)」

 高道さんはコロナ禍がひとまずの沈静化を見せた今年9月から毎月、東京、大阪、神戸のライブハウスで定期ライブを始めている。

「配信ライブも全国津々浦々の人が見てくれるという点でたしかに面白いです。でもやっぱり僕の音楽は同じ空間で生の歌声で聴いてもらうのが一番だと思うんです。生のライブにはコメント機能では再現できないコール&レスポンスがありますからね」

 ライブは狩人、ソロの楽曲に加え、沢田研二、西城秀樹、美空ひばりなど月替わりのテーマでカバーも披露するバラエティーに富んだ構成だ。

「過去のヒット曲ばかりじゃなく、その時々で新鮮だと感じる曲を多めに盛り込むようにしています。若い人たちの音楽もしっかり聴いているので、歌いたい曲はたくさんあるんです。米津玄師くんの曲は好きだし、最近は『紅蓮華』や『香水』なんかもカバーしましたよ」

 高道さんのライブには長年のファン以外に、若い世代の観客も訪れている。「THE夜もヒッパレ」(日本テレビ系)やものまね番組にも出演してきた高道さんだけに、時代の求める音楽や楽しさをキャッチするセンスは人一倍のものがあるのだろう。

 来年でデビュー45周年を迎える高道さん。なにか記念イベントなどの予定はあるのか尋ねたところ「この前、兄と会った時に『狩人でなにかできたらいいね』という話は出たんですが、実際どうなるかはまだわかりません」ということ。こればかりは兄弟の気持ちが一つになるよう願いたいものだ。紆余曲折を経ながらも歌手、ミュージシャンとして唯一無二の地位を築いてきた高道さんが、今後どのような活動を見せてくれるのか楽しみでならない。(中将タカノリ)

※週刊朝日  2021年12月3日号