ベルリン国際映画祭金熊賞にノミネートされた新海誠監督「すずめの戸締まり」。興行収入100億円を超えたこの作品が持つ魅力に迫った。AERA 2023年3月13日号から。

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 新海誠監督によるアニメーション映画「すずめの戸締まり」が、第73回ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞にノミネートされた。日本のアニメ映画が同映画祭の金熊賞を争うコンペティション部門に出品されたのは、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」以来21年ぶり。賞は惜しくも逃したが、「新海誠監督にとって(世界に名を知らしめた)名刺代わりの一本だと思っています」とアニメ評論家の藤津亮太さんは言う。

「欧米の映画市場で言うと、新海監督は『君の名は。』で売り出してからまだ7年。1980年代後半から海外のクリエイターたちの間で支持され、2002年に金熊賞を受賞した宮崎駿監督のバックボーンとは異なります」

■復興まだのところも

 新海作品といえば、美しい背景に情感を乗せて語ることが得意技だ。「すずめの戸締まり」ではさらにキャラクターの演技の面白さや、「君の名は。」や「天気の子」で踏襲したハリウッド的な構成メソッドを崩してでも物語を押し進める推進力が感じられると藤津さんは言う。

「題材に合わせて語り口を変えてきたことも大きな進化だと思っています」

 主人公は九州の小さな町で暮らす17歳の岩戸鈴芽(声・原菜乃華)。ある日、災いをもたらす扉を閉めることを家業とする閉じ師・宗像草太(声・松村北斗)と出会い、日本各地の廃墟を巡りながら、災いの元となる扉を閉めていく。ベルリン国際映画祭の会見で新海監督が、

「12年前に起きた東日本大震災という出来事がいまだに日本人の心の中に残っている、復興していないところもあるということを皆さんに知ってもらえる、とても貴重な経験になった」

 と語ったように、映画は2011年の東日本大震災がベースとなっている。

「東日本大震災という実際に起きた大変な出来事を扱いながら、それに対する『想像力』を中心に据えた話を作り上げたことが本作の一番の魅力」と前出の藤津さん。

「災害の中心から遠ければ遠い人ほど想像力を使わないと、そこで何が起きていたか理解することは難しい。だからこそ、想像する力が大切になる。そこに作品の価値がある」

■強い普遍性がある

 昨年11月11日から全国で公開された本作の観客動員数は1048万人超、興行収入は139億円を突破した(2月27日現在)。新海監督は前2作に続き、3作すべてで興行収入100億円以上を叩き出した。

 筆者は映画祭の賞発表後の2月26日に東京・TOHOシネマズ日比谷を訪れた。もともと若者層に人気の高い新海作品だが、日曜日の夕方ということもあって、劇場内は10代から20代前半と思しき若者たちや家族連れでほぼ満席。同映画館の支配人・若林亮太さんによれば、老若男女を問わず、幅広い年齢層が鑑賞しているという。

「ただ、重いテーマを扱っているにもかかわらず、ファミリーでご鑑賞されている方も見受けられます。『天気の子』『君の名は。』とはまた違った震災の記憶をとどめてほしいという目的で鑑賞される方も多かったのではないでしょうか」

 小学生くらいの子どもには確かに難しいテーマだ。だが、「震災を知らない人がこの映画を見たら、まず災害でお母さんを亡くした少女の話です。たとえ親を亡くしていない人であっても、鈴芽が考えたり感じたりしていることは伝わる。そういう意味では、この物語には強い普遍性がある」(藤津さん)に違いない。

 本作は世界199の国と地域で配給が決定。3月から本格的にアジア各国で封切られた。トルコ・シリアの大地震の余波が今なお続く現在だけに、ますます世界を揺るがす一作になっていくだろう。(フリーランス記者・坂口さゆり)

※AERA 2023年3月13日号