親指〜薬指がしびれて痛む手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)。首からくる症状と間違われることもあり、一般にはあまり知られていないが、欧米のデータでは人口の数%いるとされ見過ごせない。早期治療に取り組むことが重要だ。

 手根管症候群は、てのひらの中央を通り、親指から薬指の親指側まで、3本半の指を支配する「正中神経(せいちゅうしんけい)」が圧迫されて症状があらわれる病気だ。

 正中神経は手首の近くにある手根管というトンネルを通って指に延びている。手根管の中には9本の腱も通っていて、この腱をおおう滑膜(かつまく)という保護膜がなんらかの原因で腫れてトンネル内圧が高くなると、神経が圧迫されてしびれや痛みが出てしまう。

 原因ははっきりわかっていないが、患者の男女比が1対2〜5と圧倒的に女性に多いこと、とくに女性の妊娠・出産期と閉経前後の時期に発症しやすいことなどから、女性ホルモンの関与が考えられている。手の使いすぎは症状を悪化させるが、発症の原因になるかどうかはわかっていない。

 また、20年以上人工透析を受けている人にも発症しやすい。人工透析によってアミロイドというたんぱく質が手根管内に沈着して内部が狭くなり、正中神経を圧迫してしまう。この場合は発症に男女差はない。

 手根管症候群の症状は特徴的だ。▼片手、あるいは両てのひらの、親指〜薬指の親指側半分にしびれや痛みが出る▼痛みは夜間から明け方に強くなり、眠れないこともある▼手を振ると症状がやわらぐ。

 通常はしびれから始まり、痛みがあらわれるが、しびれから痛みまでの期間は人によって異なり、1週間の人もいれば、1カ月、2カ月の人もいるという。

 とくに中年以降での手のしびれや痛みは、頸椎の加齢で起きる変形性頸椎症などと間違われやすい。横浜労災病院副院長の三上容司医師は次のように話す。

「変形性頸椎症の治療で症状が改善されない場合は、手の外科専門医を受診して、手根管症候群の可能性を探ってみてください」

 横浜市在住の倉本聡子さん(62歳・仮名)は2015年、右手の親指から薬指にかけてしびれを感じていた。そのうち、夜中に同じ場所の痛みで目が覚めるようになったため、近所の整形外科を受診。手根管症候群を疑われ、同年3月、横浜労災病院の手・末梢神経外科を紹介された。

 倉本さんは確定診断のために、圧迫された神経を打診する「ティネル徴候検査」や「ファーレンテスト」、神経伝導検査、超音波検査を受け、神経の障害の強さなどを調べた。その結果、手根管症候群と判明。ただ、神経の障害は軽度だったため、保存療法と手術の二つの治療法のうちの、保存療法をおこなうことになった。

 倉本さんを診た三上医師はこう話す。

「神経伝導検査で正中神経の障害が軽度なら、まず保存療法をおこないます。約半数は保存療法で改善されるのではないかと思います」

 保存療法では、手首を前後に曲げられないようにした装具をつけて、3カ月程度、安静を保つ。仕事や家事で昼間の装着が無理な場合は、夜間の装着だけでも効果が期待できる。

 同時に、神経の再生をうながす作用があるビタミンB12製剤と、神経障害性疼痛治療薬のプレガバリンを服用する。

 倉本さんは3カ月間、この保存療法をおこなったところ、痛みはなくなり、しびれもほとんど気にならなくなった。発症から2年たつ現在も症状はなく、ビタミンB12製剤を飲み続けている。少ししびれ感があると感じたら、早めに装具をつけてプレガバリンを服用し、自分でコントロールできているという。

 装具と薬で改善が十分でない場合、局所麻酔薬とステロイド薬を混ぜたものを手根管内に注射する方法がある。50〜80%の患者に、2〜3カ月効くといわれるが、根治療法にはならない。

「ステロイド注射では腱を傷めたり感染したりする可能性があるので、慎重に検討します。2〜3回やっても効果があまりみられないようなら、手術をおすすめしています」(三上医師)

 手根管症候群のもう一つの治療法として手術がある。手根管にある屈筋支帯という、トンネルの屋根に当たる部分を切離して神経の圧迫を取り去る手根管開放術という手術だ。手根管開放術には、従来法と鏡視下手根管開放術の二つがあり、いずれも根治が望める。

 従来法は皮膚を切開して屈筋支帯(くっきんしたい)を切離する。病院によっては全身麻酔であること、傷痕が3〜4センチ残ること、残った傷痕が瘢痕となって、手をついたときなどに痛むことがデメリットとしてあげられる。また出血量が多いため強い駆血帯(止血のために腕に巻くバンド)を用いなければならず、人工透析を受けている人のシャントの障害になることも問題だった。

 これらのデメリットを解決したのが、内視鏡による鏡視下手根管開放術だ。1〜2カ所、1センチ弱の切開ですみ、出血もきわめて少ないため、強い駆血は必要ない。手術時間は約30分で、外来でできる、いわゆる日帰り手術だ。術後の痛みも消炎鎮痛薬の内服で抑えられる程度だという。特別なリハビリも不要。ただし、神経や腱を傷つける合併症のリスクがあるため、手の外科などの専門機関での治療が必要だ。湘南病院手・肘の外科センター長の新井猛医師は次のように話す。

「手術をおこなうと、痛みはすぐにとれます。しびれはしばらく残りますが、ほとんどのケースで約6カ月たてば症状はなくなります。再発もまずないといっていいでしょう」

 しかし人工透析を受けている場合は、再発率が高いという。再発の場合、再度内視鏡による手術を受けられるが、3回目以降は従来法になる。

 痛みや出血が少なく、からだへの負担が小さいこと、仕事や家事に支障が出にくいこと、そしてなによりも根治治療であることで、保存療法より手術を選択する人も多いという。

 手根管症候群は症状を我慢して放置していると、親指のつけ根の筋肉(母指球筋)がやせてくる。正中神経は手指の感覚神経でもあり、この筋肉の運動神経でもある。正中神経が障害されると親指への刺激が伝わらず、筋肉の収縮が起こらなくなって萎縮してくるのだ。親指をてのひらに対して垂直に立てることができなくなって人さし指や小指と合わせられなくなり、物がつまめなくなる。

 母指球筋(ぼしきゅうきん)の萎縮が起きていると、手根管開放術だけでは改善が望めず、腱の再建術が必要なこともある。そうなると、入院して全身麻酔での手術になり、おおごとになってしまう。

「早めの治療で完治も望めるのですから、我慢せずに手の外科の専門医を受診して、適切な治療を受けてください」(新井医師)

※週刊朝日  2017年8月4日号