元朝日新聞記者でアフロヘア−がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 そんなわけで「実はリッチかもしれぬ江戸の貧乏長屋」に先行き不透明な退社生活の光明を見いだしたアフロは、その実物大見本が江戸東京博物館にあると知り、これは見ておかねばとトコトコ出かけたのでありました。

 いやーもうね、参った参った。その狭さはわかっていたつもりだったんだが、実際に見るとさらに凄まじい。

 中でも驚いたのは収納設備ゼロということ。「押し入れ」って庶民の家の標準装備と思ってたら実は贅沢品だったのね……。布団はたたんで隅に置き、衝立で隠さねばならぬ。着物は衣紋掛にかけて壁に下げる。いわば「見せる収納」だけど、こんなとこまで見られちゃうなんて! これじゃあ断捨離もなにもモノの増やしようもありゃしない。

 そして、この少ないモノたちを動かしながら、ただ一つの部屋を、夜は寝室、昼は居間、場合によっては仕事場にと、クルクル用途を変えながら暮らしていたわけですな。いやいやこれは相当な「片付け力」が必要です。

 そしてもちろん風呂もトイレもない。トイレは長屋の一角にある共同便所。再現されたそれを見て、これが汚かったらここで暮らすのはイヤだなーと想像してしまいました。すなわちこれを美しく保てるかどうかが暮らしのキモなんだが、じゃあ一体誰が掃除をするのか。行政や業者に頼るなんてのは現代の発想です。ご近所で掃除当番を決めていたに違いない。しかし普通に考えてサボるやつとか絶対いたはずで、しかしモメながらも何とかするしかないわけで。そう思うと当時の人々のコミュニケーション能力の高さにも驚かざるをえません。

 なるほど貧乏長屋で暮らす人とは、それだけでもう並大抵の人間じゃないのです。すなわちそれは惨めさに耐えるなんて次元の話じゃない。自分もその「並大抵じゃない人間」になれるかどうかが問われていたのであります。

 そう思ったらですね、俄然やる気が出てきた(笑)。うじうじ後ろを向いてる場合じゃないよ。これぞ人生後半のビッグチャレンジである。

※AERA 2017年7月31日号