作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、ロシア旅行から生きる上で大切なことを学びとったという。

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 サンクトペテルブルクとモスクワを、女友だちと5泊6日で旅した。白夜の夕焼けに赤く染まる大聖堂、鉄道の車窓から見る夏の森、地平線を意識できるほど巨大な広場、何より聖堂の建築が丸くて色鮮やかで可愛いことには衝撃を受けた。雪の世界で見たら、きっともっと可愛いのだろう!

 様々な国を旅したけれど、ロシアほど「絶対にまた来る」と誓いたくなる国はない。それは多分、私が冷戦時代に思春期を過ごしたことと無関係ではないだろう。“自由のない冷たい国”。そんなプロパガンダに、きちんと洗脳されていたわ、とぎょっとするほど、「私が知っていると思っていた国」と違う。私は今、「ロシア」を取り戻すように知りたいのだと思う。そもそも「自由がない」という時の「自由」とは一体何?というところから、やりなおしてみたい。ああ、核のボタンに恐怖していた子どもの私に教えてあげたい。あなたは21世紀に赤の広場で「かわいい〜!」って叫んでいるのよって。

 とはいえロシア初心者には驚くことも多い。例えば今回、ロシア大使館のミスで、私のビザの性別欄が空白だった。たったそれだけのために入国審査に1時間かかった。理由を教えられず、パスポートを取り上げられ、別の場所に連れていかれ、「ウエイト!」と私に命令し職員は消えた。あまりの不安に旅行会社に電話すると、彼は私を励ますように、こう言うのだった。

「大丈夫。きっと担当者は戻ってくると思います!」

 いや、そこは心配しねぇし……っていうか、戻ってこない可能性もあるのかよ!とさらに不安を深めながらも、こういうのがロシアの魅力なのだと笑うしかないのだった。

 だいたいロマノフ王朝の女帝たちもフェミとしては興味深い……が意味わからない。外国人の低い身分の女が皇帝になれる大胆さや、大酒飲みの女帝が若い愛人にあげた宮殿を眼の前にしても、桁が違いすぎて感想が浮かばない。ロマノフ、ぶっ飛んでる。旅行中に蓮舫の二重国籍問題が話題になっていたが、小粒すぎ。そりゃロシアじゃ革命が起きるし、日本では起きないんだろう。敵も味方も小さすぎる。

 今年はロシア革命100年。当時の日本からロシアはどのように見えていたのだろう。チェーホフの翻訳で名高い湯浅芳子は、留学先にアメリカかソ連かを迷い、ドストエフスキーを読み「これほど人間が自由に好き勝手に語る国の言葉を学びたい」とソ連を選んだという。湯浅が宮本百合子と二人でソ連へ向かったのは革命10年後の1927年だ。社会主義に未来を感じた当時の知識階層は、この街で何を見たのだろう、日本をどのように見つめ返したのだろう。

 たった100年前のことなのに、連続した歴史、社会を生きている実感を持てないほど、見えている景色が違っていて、心許ない。だから何かを取り戻すように、旅をするのかもしれない。ちなみに今回の旅で私が得たこと。生きる上で必要なのは、ロマノフの大胆さと、革命の熱、そして可愛さと“適度”な魑魅魍魎(ちみもうりょう)」。ロシア、おすすめです。

※週刊朝日  2017年8月11日号