生活習慣、思考様式、味覚……普段は意識しなくとも、ふとしたときに表れるのが「東」と「西」の違い。巨人と阪神を例に出すまでもなく、永遠のライバル関係でもある。では、その「境界線」は一体どこなのか。本誌は、地質、方言、名字などの分野別、また、食品メーカーや自治体への取材などにより、その境界線を探った。

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 まず、起源を日本列島誕生までさかのぼると、東日本と西日本の境界は「糸魚川─静岡構造線」(糸静線)という大断層付近になる。

 ざっくり説明すると、約2600万年前から始まった地殻変動によって、日本列島は少しずつユーラシア大陸から分離。その際、二つに分かれた形で大陸から分離したので、日本列島は「東北日本」と「西南日本」の二つに分断され、中央部は一時、海底に沈んでいた。その後、約300万年前までに中央部は隆起して陸化し、現在の日本列島が形成された。隆起した中央部はフォッサマグナと呼ばれ、その西端が糸静線である。

 糸静線は、新潟県糸魚川市にある断崖絶壁の親不知から長野県の諏訪湖西岸を通って静岡市の安倍川付近まで走る大断層だ。糸魚川市や山梨県早川町では、地表の表面に断層が現れる「露頭」を見ることができ、観光地化している。

 ことし6月には、断層の南端地域の静岡市でも巨大露頭が発見されて話題となった。南北約30メートルで、高さは最大6メートル。初報した「静岡新聞」(6月15日付)は、県内最大級の露頭で、学術上も極めて貴重な発見だとしている。

 現地調査に同行した静岡大学理学部の北村晃寿教授(古環境学)は言う。

「日本には多くの大断層があるが、実際の断層面に触ることができる露頭は、国内でも珍しい。周辺にある粘土質の『断層ガウジ』は、触ってみると軟らかい。断層ガウジがあるということは、静岡側の糸静線が過去には活断層として動いていた証拠。断層が動いたのは、約500万年前以降と考えられます」

●「境界線」は軟らかい

 新たに発見された「日本の境界線」を一目見てみたい! 北村教授にアテンドしてもらい、7月末、記者とカメラマンは現地に向かった。

 静岡市市街から、郊外へ車を走らせること1時間。木々に覆われたデコボコの山道を進むと、中腹のワサビ農園に着いた。

「ここからは徒歩で露頭に向かいます。渓流を上るので転ばないように注意してください」

 そう言うが早く、北村教授は軽快に渓流を上がっていく。その背中を見失わないように、息も絶え絶えでついていくアラフォー記者と60代カメラマンの2人……。途中、こけむした川石に足をすべらせながら上ること、約40分。突然、ぱっと開けた空間の先に、巨大な断層が現れた。

「ここが、日本の境界線……」

 静謐な空間の中に、ぴしゃぴしゃと水滴が落ちる音だけが響く。そびえ立つ断層は、何千万年もの時間を刻んだ重厚さをまとい、眼前に迫ってくる。見ると、確かに向かって左側の岩体と間の粘土層(断層ガウジ)、右側の地層ではまったく色や硬さが違う。粘土層は水を多く含んでいて、触るとブニブニしている。

「断層が動いた摩擦熱で岩石が砕けて溶け、粘土状になった。そこに水が浸潤するので、軟らかいのです」(北村教授)

 ここは、現在は活断層ではないが、過去、確かに大地が動き、日本が形成されたのだという歴史が感じられる場所だった。(編集部・作田裕史)

※AERA 2017年8月14−21日号