いま、ペットの猫は年間16万匹超も流通している。なぜ、それだけの数を「増産」できるのか。ブームの陰には、過酷な状況を強いられる猫たちがいる。売る側にも買う側にも“猫バブル”の実態を直視してほしい。



「命をお金に換えることに罪悪感がありました。いまもその思いは消えません」

 関東地方で猫の繁殖業を営んでいた女性は、そう告白し始めた。

 たまたま入ったペットショップで、ある純血種の雌猫を衝動買いしたのが始まりだった。1匹だと寂しいだろうと、同じ種類の雄猫を続けて買った。2匹とも不妊・去勢手術をしないまま飼っていると、翌年から次々と子猫が生まれ始めた。困って近所のペットショップに相談すると「ぜひ出してくれ」と言われ、卸売業者を紹介された。それから、生まれた子猫たちを売るようになったという。

「1匹数万円で売った猫が、ペットショップの店頭では十数万円で売られていた。店頭に並ぶ子猫の姿を見ると、胸が痛みました」

 数年前に体調を崩し、廃業せざるを得なくなった。だが繁殖用の猫たちは手元に残り、管理が行き届かないまま増え続けた。糞尿の片付けも追いつかず、自宅の中は強いアンモニア臭が充満するようになった。追い込まれ、最終的に動物愛護団体に助けを求めた。女性はこう振り返る。

「最大40匹くらい抱えてしまい、餌が足りなかったのか、成猫に食べられてしまう子猫もいました。猫たちはもちろん、自分も家族も、誰も幸せにはなれませんでした。せめて、買われていった子猫たちは幸せになっていると信じたい」

 空前の猫ブームが追い風となり、ペットショップなどによる猫の販売数が右肩上がりになっている。朝日新聞の調査では猫の流通量は2016年度まで2年連続で増加しており、その数はいまや年間16万匹を超える。販売価格も高止まりしており、猫ビジネスの現場はバブル状態だ。だがその裏側には、猫たちを巡る過酷な現実があった。

 朝日新聞が、第1種動物取扱業に関する事務を所管する自治体にアンケートを行い、繁殖業者やペットショップなどが自治体への提出を義務づけられた「犬猫等販売業者定期報告届出書」の集計値を尋ねたところ、16年度の猫の流通量は16万5859匹に上っていた。動物愛護法が改正されて同届出書の集計が可能になった14年度は13万3554匹だったから、たった2年で2割以上も流通量が増えた計算になる。

 流通量が増えるということは、当然ながら生産量も増えている。猫ブームの裏側でここ数年、猫は「増産態勢」に入っているのだ。

「猫の販売シェアが年々増加しており、猫のブリーダーの皆さまにはたいへんお世話になっております。本日は、猫の効率の良い繁殖をテーマに話をさせていただきます」

 16年初夏、ある大手ペットショップチェーンが都内で開催した繁殖業者向けのシンポジウム。講師を務めた同社所属の獣医師は、そう語りかけた。

 獣医師はさまざまなデータを用いながら、猫は日照時間が長くなると雌に発情期がくる「季節繁殖動物」であることなどを説明。そのうえで、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあて続けることを推奨する。

「普通の蛍光灯で大丈夫です。ぜひ長時間にわたって猫に光があたるよう飼育していただきたい。そうすれば1年を通じて繁殖するようになります。年に3回は出産させられます」

 実は猫は「増産」が容易な動物なのだ。

 この獣医師が言うとおり季節繁殖動物である猫は、日光や照明にあたる時間が1日8時間以下だと発情期がこず、1日12時間以上照らされていると1年を通じて発情期がくる。だから日本で暮らす野良猫は、一般的に1月半ばから8月に発情する。

 そして猫は、交尾した日から67日目前後に出産する。子猫に母乳を与えている間は、ホルモンの影響で母猫の発情は抑制される。生後1カ月を超えたくらいで子猫が次第に離乳すると、その2〜8週間後に再び発情期がやってくる。

 つまり繁殖業者は、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあて続け、生まれた子猫をなるべく早めに出荷・販売すれば、年3回のペースで出産させることが可能になるのだ。発情が周期的に、およそ6カ月ごとにくる犬では、こうした「増産」は難しい。一般社団法人「日本小動物繁殖研究所」所長の筒井敏彦・日本獣医生命科学大学名誉教授はこう話す。

「積極的に子猫を産ませようと思うブリーダーがいれば、年3回はそう難しくはない。だが、繁殖能力が衰える8歳くらいまでずっと年3回の繁殖を繰り返せば、猫の体にとって確実に大きな負担となる。また子猫を長く一緒に置いておくと繁殖のチャンスが減るということを、多くのブリーダーが理解している。このことで、子猫の社会化に問題が出てくる可能性も否定できない」

 ブームによる旺盛な需要とともに、子猫の価格の高止まりが、「増産」を後押しする。競り市(ペットオークション)における子猫の落札価格は高騰しており、この1、2年は、5年前の水準と比べると3〜4倍の高値で取引が行われている。競り市に出入りしている繁殖業者によると、子犬よりも高い価格で落札される子猫も増えており、17年春には落札価格が20万円を超える子猫もいたという。

 こうした市場環境は、繁殖業への新規参入を促す。まず目立って増えたのが、「犬だけじゃなくて猫も」と猫の繁殖に参入する犬の繁殖業者だ。ある大手ペットショップチェーンの推計では15年度時点で既に、繁殖業者の3割以上が「犬猫兼業」になっていたという。

 ほかにも脱サラや定年退職して猫の繁殖業を始める人もいれば、「農家の人で、野菜を作るより猫を繁殖するほうが効率がいい、と始める人もいると聞く。安易に猫の繁殖を始める人が相当いる」(大手ペットショップチェーン経営者)といった状況だ。前出の筒井氏はこう憂える。

「犬と猫は全く別の動物です。たとえば、犬では感染症を防ぐのに有効なワクチネーションプログラムが確立しているが、猫ではワクチンで十分に抑えきれずに広がってしまう疾患がある。求められる飼育環境も、犬と猫とでは全く異なる。猫を飼育する際のさまざまなリスクを、犬のブリーダーがどれだけ理解できているのか心配です」

 猫の繁殖に参入したものの数年で撤退に追い込まれる業者も少なくない。関東地方で20年あまり犬の繁殖業を続けてきた女性は数年前、ブームに乗って猫の繁殖も始めてみた。だがしばらくすると感染症が蔓延した。「犬と同じようにいくのかと思ったら全然違った。感染症が一気に広まって、怖くなってやめました」と女性は振り返る。

 業者が廃業しても多くの場合、猫たちは繁殖から解放されない。廃業は第1種動物取扱業の登録が抹消されることを意味する。つまり、行政の目が届かなくなる。結果、繁殖に使われていた「台雌」と「種雄」の多くは、同業者に横流しされていく。こうした猫たちは、行政に把握されないまま闇へと消える。

 生産、販売ともに好調という事実は、ペットショップで猫を購入するという消費行動が普及してきたことを意味する。ブームは、消費者に衝動買いを促すという側面も持つ。衝動買いの結果が安易な飼育放棄に結びつきやすいことは、犬で証明されてきた。

 実際、純血種の野良猫が増えてきたという証言がある。

「アメリカンショートヘアやロシアンブルーなどと混血した野良猫はもはや珍しくありません」

 2月5日、超党派の国会議員で作る「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」の会合の場で、埼玉県内を中心に野良猫の保護活動を行っている保護猫カフェ「ねこかつ」の梅田達也代表はそう指摘した。

 昨年9月に埼玉県行田市内の公園で約20匹の野良猫を保護してみると、そのほとんどがスコティッシュフォールドやノルウェージャンフォレストキャットなどの純血種だった──というようなことも起きているという。

 このまま猫ブームが続けば、猫たちの過酷な状況は拡大再生産されていく。もちろんブームにはいつか終わりがくる。ただペットのブームは、終わった後にも悲劇が起こる。大手ペットショップチェーンの経営者はこう話す。

「高く売れるからとこの数年、各ブリーダーとも子猫の繁殖数を大幅に増やしている。そのため、繁殖用の猫をかなりの数、抱えてしまっている。ブームに陰りが見えて子猫の販売価格が下がり始めたら、増やしすぎた繁殖用の猫たちがどうなってしまうのか、行く末が懸念される」

(朝日新聞文化くらし報道部・太田匡彦)

※週刊朝日 2018年3月16日号