『ありがとうって言えたなら』は、漫画家の瀧波ユカリさんが膵臓がんで余命1年の宣告を受けた「母の死」を正面から描いたコミックエッセーだ。実家の処分、闘病、最後の旅行、緩和ケア病棟へ──数々の体験をリアルに綴った瀧波さんに、同著に寄せる思いを聞いた。

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「母が亡くなってから半年くらいたった頃、細かなことを忘れはじめている自分に気づいて、『早く描(か)かなきゃ』と思いました。時間がたつと思い出が美化されて、うっかり、いい話として描いてしまいそうだったから」

 と、瀧波ユカリさん。決して仲が良いとはいえない間柄の母親が膵臓がんとわかり、「余命1年」と宣告された。

 そこから仕事や子育てをしながら、母親を見守る生活が始まった。

「大阪で看護師をしている姉が母を受け入れ、サポート役になってくれました。私もなるべく母のところへ行っていたんですが、最初に漠然と思っていた“母との和解や感動的なやりとり”にならないんですよね(笑)。あれは映画やドラマの中でのイメージなんだ、とわかりました」

 考えてみれば、病気になったからといって、その人本来の性格が変わるわけではない。むしろ病気による体調不良に、抗がん剤の副作用も出てくると、本人こそ余裕がなくなる。

 母親との距離感に悩み、不安を抱えながら情報を集めるなかで瀧波さんは「頼りにできる本がない」ことに気づく。

「エッセイストの横森理香さんが膵臓がんでお母さんを亡くした経験を書いた本は参考になりました。たくさん出ているコミックエッセーには、“娘が母親を看取る”までの本が見つからなかった。出産や育児エッセーはあるけれど、人が死んでいくときの情報が圧倒的に足りないな、と思って、自分の経験をまとめました」

「CREA WEB」で1年半、連載しているあいだ、SNSで大きな反響が寄せられた。

「『うちもそうでした』『私は今こうです』というリプライや、詳細な感想もたくさんいただきました。震災などもそうでしょうが、本当に大変な経験をしているからこそ、タイムラインにあがってこない声があるんだと思います」

 これまで描いてきた作品との違いは、「載っている情報が役に立つこと」だと言う。

「とくに親が入院してから亡くなるまでにどんなことが起こるか、見守っている家族の気持ちもあらかじめ知っておくのは大事です。葬儀のとき、私は死にたいくらい疲れたんですが、情報としてわかっていれば『ああ、疲労のせいだな』と客観的になれる。日本の葬儀は親族が休めないシステムになっていますから」

 さて、タイトルにもなっている「ありがとう」を、瀧波さんはどのタイミングでお母さんに伝えたのか。答えは本のなかで探してほしい。(ライター・矢内裕子)

※AERA 2018年5月14日号