医療の進歩で、延び続ける寿命。喜ばしいことだが、人生の最終段階(終末期)になると、必ずしも自らが望まぬかたちで生命を保つこともある。胃ろうなどの延命治療にどう向き合うか。どんな終末期の医療を望むかの思いを伝えるリビング・ウイルについて、家族と話し合っておく方法がある。



「食べ物をのみ込むと気管に入り、再び誤嚥性肺炎を起こす恐れがあります。『胃ろう』にしますか?」

 今春亡くなった東京都内の90代女性の家族は、医師からこう問われたときのことを思い出す。10年ほど前から認知症を患い、晩年は穏やかにグループホーム暮らし。誤嚥性肺炎を起こして入院し、いったんは容体が落ち着いた。ただ、のみ込む嚥下機能が衰えており、医師から今後の方針を相談された。

 腹部に小さな穴を開けて胃にチューブを直接通し、水分や栄養を補給する「胃ろう」。多くの命を救う医療技術である一方、高齢者の延命治療の代表例でもある。事故や治る見込みのない病気、老衰などで最期が迫ったとき、患者や家族はこうした延命治療の選択を迫られる。

 女性は胃ろうのほか、鼻からの管で胃に栄養補給をする経鼻経管栄養法や、点滴などで静脈から栄養を取る中心静脈栄養法などの選択肢もあった。ただ、家族はいずれでもなく、自然な死“尊厳死”を選んだ。迷ったが、女性から一通の書類を託されていたからだ。

 かかりつけ医だった、在宅緩和ケア充実診療所「ケアタウン小平クリニック」(東京都小平市)の山崎章郎院長は、こう振り返る。

「封筒に入った書類を、娘さんが僕に渡してくれました。表には“尊厳死希望”と書いてあり、中を開けると、終末期に希望する医療行為や過ごし方を明記した書類が入っていました」

 山崎院長は家族や施設の介護スタッフとの間で、女性の思いに沿えるサポート態勢を話し合った。胃ろうによる延命は、女性の望むところではない。それを選択すると、女性の思いに沿えなかったという家族の自責の念も残り続ける。

 山崎院長は「リビング・ウイルそのものに法的強制力はありませんが、繰りかえし話し合いの場を持つことで、本人や家族の迷いを払拭して本人の願いをかなえることができます」と話す。

 元気なときに、死の間際のことは想像しにくい。一方で、いざ死期が迫ると、判断能力が落ちている恐れがある。万一に備え、どんな治療を望むのかや、治療方針の判断を仰ぐ代理人を書面で記しておくと、自分も家族も困惑せずに済む。

 日本尊厳死協会(東京都)は会員向けに、「リビング・ウイル(終末期医療における事前指示書)」と呼ばれる書面の登録管理をしている。法的効力はないが、指示書は医師から尊重される。約12万人が登録しているという。

 女性は70歳のころに協会に入り、娘に指示書の写しを預けていた。さらに念を押すかのように、延命治療を拒む強い思いを毛筆でもしたためていた。

 協会の指示書は、

○不治かつ末期での延命措置の拒否
○苦痛を和らげるための十分な緩和医療の実施
○回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)での生命維持措置の取りやめ

 の3項目への意思表示が柱だ。

 自分の意思を伝えられない状態になったときに代わりに意思確認してほしい人の名前や連絡先も記し、書類にサインする。病院に行ったときにこれを示すと、患者の意思として尊重される。

「お母さんの死期が迫ったとき、協会のリビング・ウイルがあったため、ご家族はあまり迷わず済みました。なかったら、命を延ばす医療を選択して悩んでいたかもしれません」(山崎院長)

 延命治療しても、自分らしく生きられる可能性が少ない。そんな状況のとき、家族と病状を共有しつつ、本人の望む生き方を支えるのが、かかりつけ医の役割だ。「ホームに戻って自然な死を迎えたい」という女性の希望をかなえるため、山崎院長は医療・介護スタッフや家族と話し合い、看取りの態勢を整えた。

 例えば、2時間に1回の「たんの吸引」が施設に戻る際の足かせだったが、点滴の水分量を減らし、1日1回で済むように。医師か看護師が毎日訪問し、介護スタッフはおむつ交換や体を拭いてケアするなど、チームで女性を支え続けた。やがて眠る時間が少しずつ増え、退院の約2カ月後、枯れるように亡くなった。

 親や配偶者が元気なうちに死に際の話をすることは、「不謹慎」と感じるかもしれない。しかし、生命の危機が差し迫ると、自らの意思を伝えるのは困難。家族が医師と相談し、判断を迫られるケースが多い。

 厚生労働省が3月にまとめた「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」によると、最期を迎える際に重要と思うことは、「家族等の負担にならない」「体や心の苦痛なく過ごせる」などが多かった。一方で、回答者の9割超は意思表示の書面を作成していなかった。

 本人の意思を示す書面がない場合、家族が重い判断を迫られる。本人の思いに沿ったつもりでも、延命治療を拒否すれば、苦しみ続ける人が少なくない。

「本当にこれでよかったのか、随分と苦しみました」

 2年前、夫を83歳で亡くした妻(78)は、こう振り返る。夫は70歳でパーキンソン病となり、認知症、前立腺がんなど次々と病に襲われた。要介護5の寝たきりの状態となり、在宅介護が限界に。特別養護老人ホームに入居した。妻は夫の代わりに、延命治療を一切求めない旨を伝え、施設での看取りを希望した。

 その後、夫は誤嚥性肺炎で入院することになり、妻は病院の医師から「気管切開」の提案を受けることになる。悩んだ末、医師の提案を断ることを決意。数日後、静かに最期を迎えた。妻はこう振り返る。

「病気になるのが早かったので、夫は延命治療を受ける・受けないという明確な意思を示していませんでした。ただ、病気で十分苦しんできて、『周りに迷惑をかけたくない』とも話していたので、苦痛を伴うだけの延命は避けたかった。命を延ばしただけで、食べてもおいしいとわからない状態だと、きっとうれしくないと思いました。延命治療はやめようと決めたのです」

 夫の死後、早く死なせてしまったのでは、とかなり悩んだ。「あれで正解、後悔することはない」。子どもたちからそう声をかけられ、少しずつ過去と向き合えるようになったという。

「子どもたちには自分が死ぬときに悩んでほしくない」と、妻は日本尊厳死協会に入会。会員の会合に参加して看取り経験を話せるまでになった。

 協会は各地の支部で、リビング・ウイルや終末期に関する勉強会や講演会を開いている。東京都内で7月に開かれた会合に記者が参加すると、20人以上の会員らが意見交換していた。

 なぜ尊厳死を選ぶのか。会員の話を聞くうちに、「尊厳死とはどういうものなのか」を感じ取れる。夫の尊厳死を選んだ妻は、看取った後の揺れた思いを吐露。10年以上、夫をつきっきりで介護した経験を伝えるとともに、「今日は夫のことを話せてよかった」と、はにかみながら語っていた。(村田くみ)

※週刊朝日 2018年9月14日号